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赤い月の下で  作者: 黒猫館長
第一章「白い一室での物語」
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第5話「純白の妖精 後 」

 食事の様子をじっと見られることはあまり良い気はしないが、あっち向いてろとも言いづらい。あきらめて食べることにしよう。日本で一番おいしいと評判の病院食だが本当に味がよくわからない。温野菜に手を付けていると、白髪の女性はまた口を開いた。

「そういえば、名前は何というのですか?」

「千明。白矢千明。あんたは?」

「ないです。番号は37624番です。」

 何を言っているのかと思うが追及する気にはならない。

「そうかよ。」

「淡白な返答ですね。」

「あんたの口調と同じくらいにはな。」

 どうもこの女性とは合わないようだ。どうしても攻撃的な口調になってしまう。相手の無感情さに番号のみの名前がよくあっているように感じてしまう自分は意地悪だろうか?その後、何が面白いのか白髪は自分が食べ終わるまでその様子をずっと見続けていた。彼女の後ろにはパソコンらしきものがある。ネットさえつながっていればなんでもできるというのに。

 食事が終わった食器はどうしようもないので放置した。工藤先生はまだ来ない。

「千明君。」

「なんだ?」

「私に名前を付けてください。」

 突然すぎる言葉に反応が遅れる。当然脈絡もない。言いよどむ自分に彼女は続ける。

「前に先生に頼んだら「私にそんな資格はない。」って断られまして。」

 先生とは工藤先生だろうか?物まねのつもりか何か知らないが、少し声を低くしただけの物まねは似てないうえに不快感を覚える。意図が読み取れないのだ。

「自分でつければいいだろ?」

「普通は自分以外からつけてもらうものでしょう?」

 自分以外からつけてもらうもの、確かにそうだ。生まれたときに両親からつけてもらった。だが、初対面の相手にそれを求めるのはどうかと思うが…いや、赤ん坊も生まれた時が親との初対面か…。ここで言い争っても仕方がない。もともと疲れることは嫌いなのだ。素直に考えよう。

 数分考えて一つ思いついた。


「旭ってどうだ?」


 彼女はぱちくりと硬直した。

「朝日?朝のお日様ですか?」

「まあそうだけど、そのままじゃつまんないから旭川の「旭」。九に日のほう。」

 彼女のイメージ、第一印象は「夜の白い妖精」だった。月光に照らされて青い湖で飛んでいるような。(実際はかごの中の鳥だけど。)ならば名前くらい反抗精神があっても良いだろう。最初は「元気」とか男の名前じゃんかーとふざけようかとも思ったが、なんとなくするっとその名前が出てきたのだ。

「旭。いいですね。ありがとうございます。これからは「旭」と名乗りましょう。」

 その言葉に全く喜べない。彼女が自分にあてた感謝の言葉はその笑顔と裏腹に何の喜びも不満も感じない。ふつふつとした言葉には表せない感情が心にのしかかってくる気がした。

 その後、旭にはずっと質問をされ続けた。自分に対し「好きな食べ物は?」「嫌いなタイプは?」「友達はいるのか?」「趣味は何か?」まるで自分という存在を完全に理解しようとするかのように。体内時計では完全に一時間をオーバーしていたがだんだん時間の感覚がわからなくなってきた。

「恋人はいるんですか?」

「いねえよ。」

「高校生くらいには皆作るのでしょう?」

「どこ情報だよ。そんなわけないだろ。」

「作る気はないんですか?」

「ない。今作っても限りなく無駄だろ。」

「冷めてますねー。」

「そうかよ。」

 すると自分の背後にある扉が開いた。工藤先生だ。

「すまない遅くなったね。」

「先生、絶対一時間越えてますよね?」

「すまないすまない。仕事が急に入ってね。」

「はあ、まあ別にいいですけど。」

「では戻ろうか。」

「はい。」

 工藤先生が車いすを引いて外に出ようとする。なんとなく後ろを振り向いてみると、旭はこちらに手を振っていた。

「また明日。」

「…ああ、また明日。」

 先生に椅子を押されて部屋から出た。することもなくなったので思考を巡らせる。彼女がなぜあの場所にいるのか?一見健康そうではあったが、話からして外界との接点は極めて薄いようだ。その理由を聞くべきか、今でも悩んでいる。最終的には結論は先送りになるのだが。工藤先生が頭の上から話してくる。

「ありがとう。あの子も喜んでいたよ。」

「感情らしきものは全く感じませんでしたよ。」

 自分の発した皮肉を工藤先生は笑って返す。

「ははっ。すぐにわかるさ。彼女はすごく演技がうまいけど、とても感情豊かな女の子だよ。」

 そういうものだろうか。工藤先生の大人の話術でごまかされている気もするが。そう感情を隠す必要などあるのだろうか?その意味は?それに、なぜ彼女は手を振ったのだろう?


 病室に戻ってみると、母が来ていた。後先と鶴田さんも。咲がすごくにらんでいて怖い。

「よっ。」

 そうあいさつすると咲は怪訝そうに

「何してたの?…。」

 というので

「工藤先生によくわからん場所で5時間放置されてきた。」

「ちょ、千明君!?」

「事実じゃないですか。」

 何食わぬ顔で真実を言った。こういう時にくだらない嘘をつくと後々面倒になることはラノベで学習済みだ。工藤先生が親の前で体裁が悪いのかひどく動揺している。なんか危なそうな個所は隠しているし、別に構わないだろう。

「ふーん。」

 いまだ咲は不満そうだ。半眼で見つめてくる。どうにか機嫌をなおしてもらいたいが…。先生も母に謝っているし、仕方がない。

「悪かったよ。今度何か埋め合わせするから。」

 埋め合わせといっても何か良い案があるわけではないのだけど。

「なら命令二つ。」

「ん?」

「私の命令を必ず二つ訊くこと。いい?」

 ビシッと人差し指を向ける咲。結構かわいい。じゃなくて、必ずってあれか…?どっか(小説)にそんなシーンあったな。主人公はたいていろくな目にあっていなかったような…。咲に事だしそんなにハードな命令は…いや、ガキだからとんでもないこと言うかも…。だがこのまま断るわけにも…。

「わ、わかった。それで許してくれ。」

「ん。」

 なんだかんだでダメって言えないよなー。良いとも悪いとも言えないグレーな部分が一番判断が難しい。ここは相手を信頼するしかないだろう。もしこの相手が今超絶笑顔な鶴田さんとかだったら、絶対できない話だ。

「じゃあ咲ちゃん。今日は帰ろっか。」

「えー。」

「また明日もあるんだから、ね。」

「んー。」

 そのまま鶴田さんに抱っこされて帰る咲。見た目お母さんと子供みたいだ。さすがに鶴田さんもそんな年ではないだろうけど。工藤先生もこれに便乗して逃げるように退出していった。

「かわいい子ね。」

「咲のこと?」

「あの子、チーが来るまでずっと待ってたのよ。遅い遅いって。」

「そうなんだ。」

 今はすでに午後の五時を過ぎている。いつも先が来るのは二時ぐらいだから3時間、よく待つものだ。悪いことしてしまったな。(基本的に悪いのは工藤先生な気もするけど。)

「顔色悪かったけど、何の病気か聞いた?」

「たしか、悪性貧血だってさ。」

「悪性貧血?そうは見えなかったけど。」

 母は元看護婦だ。なんとなくわかるのかもしれない。素人の知識ながら咲はどう考えても悪性貧血ではないのだ。それについてはまた後日。ただこの病院にはいろいろな秘密が隠されているらしい。どうしようもないがそれがどうか悪い方向のものでないことを祈るばかりである。本当にどうしようもない。

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