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赤い月の下で  作者: 黒猫館長
第一章「白い一室での物語」
44/55

第44話「精一杯生きる事」

 母が迎えに来てくれるまでの間、俺は病院入り口の近くにあるベンチでうなだれていた。別に疲れたというわけではない。いや、精神的には少々まいってしまっている気はする。

「はあ。」

 ため息は幸運を逃すというけれど、一緒に胸の中のもやも払ってくれていると思う。とはいえすぐに新しいもやがかかって大して変わらないかもしれない。咲が移行期に入って以来、みるみるやせ細り弱っているのがよくわかる。日によっては普通に過ごせるときもあるが、酷いときは口もきけない時も出てくるほどだ。彼女に暗い顔は見せまいと努力してはいるけれど、内心あまりにも荒れてしまって誰もいないところではこうしてため息をついてしまうのだ。

「…。」

 近くで富士山も見えるこののどかな病院は昔結核病院として使われていたこともあるらしい。当時不治の病だといわれていた結核にかかった患者はこの場所で療養するしかなかったのだろう。きっと医師も看護師も最善を尽くしたはずだ。だが多くの人が死んでいった。咲も彼らと同じになってしまうのだろうか?工藤先生に「許さない」だの言ったってあの人だって神じゃない。俺がどんなに泣いてすがろうともどうしようもないことがあるのだ。分かっている。分かっているけれど許せない。なぜあんな人を人とも思わない奴らが生きて、旭が、咲が死ななければならないのか?この国にはたくさんの神がいるはずなのにどうしてあいつらを助けてくれさえしないのだろう?

「どうかしたのかい?」

 ぼーっと空を眺めていると、桑田先生が声をかけてきた。どうやら帰る途中らしい。

「どうもしませんよ。ただぼーっと迎えを待っていただけです。」

「そうかい?」

 すると桑田先生は俺の隣に腰かけた。

「たぶん、千明君は咲さんのことを考えているんじゃないかい?そしてとても悩んでいるんだと思う。」

「まあ容体がよくないですからね。心配位しますよ。」

「そう。心配していてそれ以上に無力感に苦しんでいるんじゃないかな?」

「エスパーですかあなたは?」

「僕も似たような経験があったからね。」

 確かにそれは当たっている。俺は何もできない。病気を治す方法など知らないし、特効薬を作ることもできない。咲を助けるということについて俺は何もすることができないのだ。無力を感じるのは当然だろう。

「考えて考えてそれでも自分じゃ変えられない未来があるなら、僕はこうした方がいいと思うんだ。明日のことは考えない。」

 また突飛な話をしてきたものだ。今日のことだけ考えろということか、いったいどうしてそんな話をするのだろうか?

「今をよく見て今できる最善のことをするんだ。君の望む結果にはならないかもしれないけれど、君のまたは君以外の人のためになる一番のことを捜してやるんだ。今だけを見て。」

「…望む結果にならなかったらどうしようもないじゃないですか。その一番のことさえ無意味になる。」

「確かに未来にとっては無意味なことかもしれない。でも、今は良くなる。それはほんのひと時のものかもしれないけれど、幸せな時間が増えることはいいことだと思わないかい?」

「まあそうかもしれませんけど…。」

「結局未来なんて僕たちにはわからない。だからいつもおびえてしまうけれど、だからこそ今を大切にしなきゃいけないんだ。今しかないことだってあるから、今を精一杯生きなきゃいけないんだ。まあ大学時代殆ど引きこもってた僕が言うのは変だろうけどね。」

 つまり、くよくよしてんなって言いたいわけか。あいつらは近い未来いなくなってしまうかもしれないけれど、今は生きている。だから今あいつらを精一杯幸せにしてやれ、そうすれば今より少しは幸福だろう。正しい意見だと思う。けれどそれは強者の意見だ。どうしたって未来のことは頭をよぎるし、精いっぱいやった分だけなくしたときの喪失感はとてつもないものだろう。もっと前に逃げてしまえばよかったと思うほどの絶望感だろう。

「たぶん、俺はそれができると思います。今だけを考えて精いっぱいやって、それでもし最悪の結果だったとしても頑張ったと割り切って…でも、できるから嫌なんですよ。それをするってことはあいつらを忘れるってことですから、とても不義理な気がして。」

「その時はその時だよ。どんな結果があったとしても僕たちは進まなきゃいけない。別に頑張ることは忘れることの免罪符じゃないよ。君のできる一番の愛情だと思う。」

「愛情…ですか。」

 俺に愛情などわからない。結局あいつらのためにしたいと思うのは愛情からではなくもっと醜い欲望からだろう。こうして悩んだ振りしたことだってきっと俺の保身の為だろう。こんなに悩んで苦しんだんだから俺は悪くないと言い訳したいんだ。…確かに俺のやっていることは本当にくだらない。桑田先生がこうしてアドバイスをしたくもなるだろう。俺が悩んだところで意味はない、彼女のために行動すれば少しでも彼女の幸せにつながるかもしれない。ならばどちらをすればいいかなんて自明だ。本当に正論すぎて、ぐうの音も出ないなあ。

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