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赤い月の下で  作者: 黒猫館長
第一章「白い一室での物語」
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第4話「純白の妖精 前 」

 最近夢を見る。ネコと話す夢。口元と手足の先が白い変わった黒猫。

「さて、今日はどんな話をしようか?…ならそうだ、私と君の違いはどこで判断できるんだろう?」

 知るかよ。人と猫なんて見た目から違うし、自分じゃないなら他人だろ?

「そうだね。見た目で判断できるし、自分以外は異なる他人だ。では見た目でわからなければ?自分以外は異なるとどう判断する?」

 性格とか話し方とか?

「まったく同じ話し方だったら?」

 そうなるとよくわからなくなってきそうだ。見た目も性格も同じならば、それは自分ではないだろうか。感覚的にとらえてきたけれど、自分という確固とした何かをとらえたことはないかもしれない。

「結構わからないものだろう?」

 そうかもしれない。

「ほかにも自と他を分ける方法はあるかもしれないよ?例えばこうして話していること。君と私が言葉を交わすことで新たなことを知る。水と水が混じっても何も起きないけれど、水と何かが交われば何かが起こるように。」

 でもそれは自問自答でもいえることじゃないか?自分で質問して自分でこたえて新しい発見があることだってあるじゃないか。

「ふふっ…。ならやはり、自分も他人も曖昧な存在なわけだ。区別なんてできないのかもしれない。」

 猫は笑う。分かるような分からないような答えに笑う。

「これから君は数えられるくらいには多くの他人と自分を捨てていく。その果てで君は君でいられるのか、それとも他人になってしまうのか、私は「私」に期待しているよ。「私」がどんな楽しい物語を紡いでゆくのかを。


 朝はけだるい。咲ほどではないにしろ、目は半開き。けれど非情な鶴田さんはいつものように高いテンションで起こしに来るのだ。

「おっはよー!元気にしてるー!?」

「…元気ですね。いつもですが。」

「いつも適度にサボ…じゃなくて適度に休ませてもらってるからね!」

「今サボってるって言いましたよね。」

「い、言ってない。」

 焦ったふりしているが完全にわざとだ。

「きょう午前中に診察だからねー。」

「…わかりました。」


 自分のかかりつけというよりも、担当医は工藤先生という。四十台で凄腕の外科医でありながら精神科も担当しているとか。今日は真新しい顔を連れてきた。

「おはよう千明君。」

「おはようございます。」

「こちらは桑田清志君。今日から来た新米の医師だ。」

「お、おはようございます…。」

「おはようございます。」

桑田先生はとても背の高い男の人だが、おどおどして頼りない印象だ。

「たまにこちらに来ると思うが、よろしく頼むよ。」

「は、はあ…。」

 その後診察を受けた。特に異常はなかったのだが、二人の医師にまじまじと診察されるのは変な気分だった。

「もう車いすでなら動いても大丈夫だろう。」

 あの後長い検査とともに出た結論らしい。結構回復が早いらしく、とても驚いていた。工藤先生は桑田先生を先に戻らせると耳打ちをしてきた。

「すまないけどこのまま少々付き合ってくれないかな?一つ頼みたいことがあるんだ。」

「僕にできることなら構いませんが、鶴田さんにも伝えておいてください。」

「わかったよ。」

 頼みたいこと?自分のようなけが人に何をさせようというのか?


 連れていかれたのは地下にある場所だ。病院の地下など初めて入るが、薄暗くお化けなんて出てきそうな雰囲気もある。特に非常階段など定番だろう。ドアの白く重々しい感じは外部の人間を隔離しようと必死に見える。つまり自分は完全に場違いなのだ。

「ここ立ち入り禁止って書いてありましたけど、僕が入ってもいいんですか?」

「まあ、今日から君も関係者だからね。構わないよ。」

 いきなり病院の身内になってしまった。給料などは出るのだろうか?

「ここで僕にどうしろと?人体実験とか嫌なんですけど。」

「大丈夫そういうんじゃないから。一日一時間でいいから、ここにいる子と話してほしいんだ。そういうやつさ。」

「…あの、僕別に社交性高くないんですけど。」

 何?重病患者のメンタルケア的な何かですか?俺がそんなことやったら患者が自殺するだけでなく、俺も精神やむ可能性まであるんですけど。若干の引きこもりなめんなよ!若干でもフェータルなんだぞ。けれどそんな自分の思いを知らず、工藤先生は笑顔で、

「ほら、咲ちゃんとすごく仲良くなっただろう?」

「本読んでるだけですよ。」

「それだけじゃないさ。彼女と仲良くなれるくらいの人物で、誠実で、年の近い子は今のところ君しかいないのだよ。」

「はあ…。」

 そういってほめてくれるのは嬉しいが、大丈夫なのだろうか?適当にほめていいように使おうとかされてないよね?いざとなったら労働組合にでも訴えよう。

 

 地下室の階段から一番奥、赤いランプに照らされた重々しい扉が開く。そこには確かに自分と同じくらいであろう女性がいた。

 彼女への第一印象、それを一言でいうなら「妖精」だった。雪のように白い髪、光が溶けたかのような青い瞳、西洋人ではないが恐らく今まで見たどんなアイドルよりも整った容姿と姿。綺麗、美しい、どんな称賛の言葉も彼女には似合う気がした。妖精はこちらに微笑む。

「こんにちわ。初めまして。」

「…初めまして。」

 だからこそ、最初にこみあげてきたのは嫌悪感だった。


 部屋にはすでに昼食が用意されていた。ここで食べろということらしい。先生は後で戻ると出て行ってしまった。

「あとで戻るって…。」

 具体的な説明をされずに出ていかれると困るんだけど…。白髪の女性はにこにことこちらを見てくる。正直話しかけづらい。彼女は、ただ立っている。

「ごはん、食べないんですか?」

 彼女は昼食を指さして言う。抑揚のある鈴のような声。だがそこには妙に乾いた何かがあるように感じる。

「私のことはお気になさらず。」

「はあ、わかりました。」

「敬語じゃなくてよいですよ?先生が言うには私たちは同い年だそうです。」

 落ち着いた声だ。きっと初対面の人間と話すことには慣れているのだろう。その顔は笑っているというのに全く感情を感じない。機械的な会話によってますます攻撃的な口調になってしまう。

「ならあんたもやめろ。フェアじゃない。」

 じっと睨むように彼女を見る。ただでさえ目つきが悪いというのに、さらににらむとなるとたいていの人は臆してくるのだが、彼女は全く表情を変えずにこにこして言う。

「私はこれから覚えます。敬語しか習ってきませんでしたから。」

「なんだそれ…。」

 観念して食事の席に着いたものの、なんとなく食べづらい。

「あんたの食事はないのか?」

「はい。今はないです。」

「ちっ…。空気読んで用意しておけよ使えねえ。」

「口、悪いですねー。」

 思はず本音が出てしまった。

「そうかよ。」

 だがその言葉はやはり本音だ。誰がこの食事を用意したかは知らないが、そいつは本当に空気が読めていない。なぜなら自分は彼女にこの食事を分けることはできない。食い意地が張っているからでも、彼女がこの食事を食べられないからでもない。自分たちの間にはまるで水族館にでもあるような大きく透明な壁が隔てられていた。つまりこの地下に展示された美しい妖精は、また同じように展示された醜い自分を眺めて微笑んでいたのだった。

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