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赤い月の下で  作者: 黒猫館長
第一章「白い一室での物語」
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第33話「不幸の意味」

『あんたは旭の死と引き換えに咲の快方とその後の生活を保障した、そういうことでいいんですね?』

 憤怒と憎悪を秘めた目は子供というにはあまりに恐ろしく、大人というには幼いものだった。

『咲まで助けられないなどとぬかすなら、俺はあんたたちを許さない。』

 彼と私は決して対等ではない。図に乗るな、約束などできるものか、そういってしまえばよかった。そうすればすぐにでもこの身に罰が下ったことだろう。だが多くのしがらみに立ち向かえない愚かな私はその言葉を紡ぐ勇気さえなかった。うなずくしかなかったのだ。いまだ咲の容態に改善に兆しはない。時がくれば症状が急激に悪化するだろう。ドナーの検討もしなければならない。なぜこんなことになってしまったのだろう。

「37624番はまだしぶとく生きていたか、案外あんな所でも人はいきれるものだな。」

 本当の意味でこの病院を支配しているものがつぶやく。

「はい。千明君が支えになっているようです。」

「はは、奴隷に歌を覚えさせれば長生きすることと一緒かな。滑稽なことだ。」

 この者の気まぐれだ。旭がここにいるのも、咲がここにいるのも、千明君が一生の障害を持つこととなったのも、すべてこの者の気まぐれで起こったことに過ぎない。この者にはそれだけの力がある、逆らうことなどできはしない。

「ああ早く、早くラストゲームをしよう。もっともっと追い詰めて最高のゲームにしよう。」

 恍惚とした表情でつぶやく姿は人格破綻者のそれだ。どうしてここまで狂ってしまったのか、最初から?それとも彼という月によって狂ってしまったのか、違うことなど私が一番よくわかってる。ただ、この者は最狂だとしても最悪の悪役はきっと私だ。


 千明はその光景に目を見張った。その部屋いあまりにもいつもと違っていたから。布団やまくらが床に散乱し、こちらとを隔てる透明な壁にはたたきつけたような手跡が無数についていた。 手跡はこちら側のものではないようだ。つまり、旭が暴れつけたことになる。本人は無造作に打ち捨てられた部屋中央の布団の上にうずくまって座っていた。

「どうした?何かあったのか?」

 こちらが問いかけると旭は絞り出すような声で言った。

「…嫌な奴にあった。一番会いたくない奴にあってヒステリックにわめいてしまったよ。」

 へえ、彼女がヒステリックにわめくなんて想像もできないが、現状を見るに真実味のある話だ。

「そうか、そりゃ災難だったな。」

 透明な壁に背を向けて座り込む。さすがに傷心の女性をずっと見降ろしていられるほどドSではない。すると旭がトコトコとこちらに来て座る音がした。

「…久しぶりにいらいらしちゃった。こういう時は何やっても気分が晴れないんだ。千明君にでもぶつけていい?」

「どんな事前確認だよ。ま、いいよ。聞いてやるさ。」

 確かに本当にむかついたときはしばらく気分が晴れないのはわからなくもない。理不尽に関係のない怒りをぶつけられるのは嫌だが、ここまで潔いとつい許してしまった。

「千明君はかわいそうな子が好きだよね。」

「…は?」

 てっきり会いたくなかった奴の愚痴かと思ったのに、え?もしかしていやな奴って俺のことなんですかね?

「なんでそんな話になるんだよ?」

「気晴らしついでに疑問の答えを出そうかと思ったんだよ。」

「疑問ね…。」

「君は大して学校とか他人とかっていうものに興味がない。他人がどこで何をしていようとどうでもいいし、関わろうともしない。」

「そう見えるか?」

「見えるとも。だから君はボッチなんだよ。」

「まあ否定はしないが最近そこまでボッチじゃないだろう?」

「でも、その関係をずっと続けようなんて毛ほども思っていないじゃないか。多分小学校の時も、中学校の時もそうだったんじゃない?一時仲が良くてもすぐにその絆を捨ててしまえるんだ。」

 確かに中学の友人だと全くと言っていいほどいないが、その発言に俺は一種の違和感があった。

「絆ね、そんなものあんのかね?」

「何だい?言いたいことがあるなら聞こうじゃないか。」

「俺にとって絆ってのはそうそう簡単にできるものじゃないんだよ。一期一会を大切にしなさいっていうのはわかるけど、一度会っただけでかけがえのない絆なぞできるわけがない。そんな単純なものじゃないだろ。」

「なら時間をかけなきゃ絆はできないって?今まで十六年は生きてきただろうけど、いつになったら絆ができたのさ?」

「さあな、でも俺は別に孤独にはなんなかったから大して頓着しなかっただけかもしれん。」

 たとえ学校で独りであったとしても家では孤立しなかったからか一人でも大して孤独を感じることはなかった。だからこそだろうか、客観的に見る学校の彼彼女らの絆例えば友情とか恋とかそういうものがとても薄っぺらに見えている自分がいたのだ。これは捻くれていたからもあるかもしれないけれど、そんなものを欲しいとは思わなかった。

「でもそんな絆に頓着しない君は唯一可哀そうな奴には興味を惹かれるんだ。自分より不幸な人間に。」

「…。」

「自分が不幸と思いたくないから、もっと不幸な奴を捜してる。」

「…まあ不幸な奴に興味があるっていうのは間違ってないな。」

 咲に興味を持ったのも、咲があまりに悲劇性を帯びている気がしたからだった。彼女の言っていることは半分正しい。

「だけど、俺は自分が幸福だと思いたいから不幸を捜しているわけじゃない。」

「…ならどうして?」

「そうだな、ふざけていると思われるかもしれないけど、きっと物語の中に入りたいんだよ。」

「…?」

 きっと壁越しの彼女は困惑した表情をしていることだろう。だが、俺の行動原理を表すとすればそれが適当だと思った。

「みんな誰かと触れ合って自分の物語を作っているけれど、俺はそれができない。理想が高くてさ、これじゃないこんなものはいらないっていつも一線ひいて傍観者を気取ってしまう。ほかの奴らからすれば代替のきくモブAに過ぎないんだよ。」

 俺にとって、友情も、絆も、恋も、愛も、俺が見てきたものより尊いものだと信じていた。いや、今も信じている。だがそのせいか俺は誰からも必要とはされていない、そんな感覚がいつもあった。

「代えの利かない、唯一のものに俺は憧れている。だけどきっと幸福の中にそれはないんだ。すでに満たされているなら俺はいらない。だから俺だけを必要としてくれる、そんな不幸を求めているのかもしれないな。俺の物語が欲しい、かけがえのない俺だけの物語がさ。わけがわからんだろ?」

「うん。でも少しわかった。君は不幸の先のものが欲しいんだね。不幸を乗り越えた先にある、かけがえのない何かが。」

「そうかもな。」

「ありがとう。ちょっと嫌な言い方したのに話してくれて。」

「別にそのくらいでおこりゃしないっての。」

 いつの間にか彼女はガラス越しにこちらを見ていた。横眼からは彼女がどんな表情をしているのかわからない。けれどきっと今振り返ればその顔に仮面をつけるのだろう。

「うん。でもなら、ボクじゃだめだね。君のヒロインにはなれないもの。」

「そうだな。俺じゃお前を救えやしない。」

 ほとほと自分の思い上がりが嫌になる。誰かに必要とされたいならば、それ相応の力があるべきだ。何も持っていないくせに自分だけを必要としてほしいなど傲慢も甚だしい。この明確な不幸を乗り越えることすらできないのだ。ならこの不幸は何の意味があるというのか。

「でも、死ぬまで位一緒にいてよ。君のせいで僕は寂びしがり屋になってしまった。」

「…気が向いたらな。」

「ふふっ…なんだそらー。」

 所詮俺は傍観者だ。何もできない、何もしない。きっとこのまま一緒にいれば別れはつらくなる。少なくとも俺はそうだ。旭はその道を選んだ。それが強さなのか弱さなのかはわからない。でも故に俺は最低なのだ。何の意味もないというのに自分の中のぬるい不幸に浸かって今も無様にここにすがっている。

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