08 武道大会に向けて
中央広場を走り抜け、声が聞こえた方角へと走った。
大きな広場から枝分かれしている路地だ。
そこにもお店がたくさん並んでいるが、どの店にも客はあまりいない。
ここで売れた店だけが表に出られるとか...?
って、今はそんなことを考える暇はない。早く泥棒を捕まえないと!
少し走ると、誰かから逃げているような男がこちらへ走ってきた。
なんか手にめっちゃ強そうな日本刀を掲げている。え?この世界にも日本刀ってあるの..?
日本刀はロマンの1つだ。日本では法律で禁止されているから身にまとうことができないけれど、この世界では剣を持って歩いている人も多い。
買えば日本刀を持つことができるのかっ!?って、お金があればだよな。
そんなことを考えつつ、刀を抜いて無鉄砲に振るってくる男をよけ、刀を持っている右手を捻る。
男は刀を手から落とし、その場で蹲った。その刀を足で蹴り泥棒の動きを封じる。
これでこの男は何もできないだろう。
男は
「あわわぁぁ...ボス様にあげるはずの刀がぁぁぁ。ここっ殺されてしまうっ!」
などとよくわからないことを言っている。
すると後から、頑固一徹の職人といった雰囲気の男が出てきた。
おぉぉ!!これがドワーフの鍛冶職人って奴かな...!!
すげぇ。見た目は案外筋肉質だけど、初めて見たときの感動は忘れられない。
そこそこイケメンだし、年は多少とっているけど案外モテるんじゃないのか?
まぁ声は完全におっさんなんだけどね。
その銀色の髪は、刀の刃と同じように輝いている。
「すいません、泥棒を捕まえていただきありがとうございました!」
とても礼儀正しいドワーフさん。
きちんと30度の礼をしていて...マジで尊敬する。俺なんて、猫背で上手く礼ができなかったからなぁ。
それにしても、やっぱりこいつが泥棒だったのか。まぁこれを見て泥棒だってわからなかった人はどうかしているだろうが..。
相手は礼儀正しいドワーフさん。ならば俺も謙遜の態度で会話しなくては。
「いえいえ、俺はそこまでの事してませんよ。泥棒を捕まえただけです。
それにしても、この刀はすごく綺麗に輝いていますね。さすがはドワーフさんです!」
決まった!この謙遜具合なら変に嫌がられることもないだろう。
しかしドワーフさんは首を僅かに傾け、俺の言葉を理解していないようだ。
え?日本とこの世界では人への接し方が違うの?もしかして謙遜しちゃいけなかったパターン?
俺は小さな声で
「しまった...」
とつぶやいた。
するとドワーフさんは言葉の意味をようやく理解したらしく、俺に向けて話し出す。
「すいません、私はドワーフではないんです。鬼人です。
その証拠がその刀。ドワーフはロングソードやレイピアなどしか作りませんが、私は刀を作っております。刀を作るのは鬼人だけですから。」
へぇ~。ドワーフは刀を作らないのか。よし、覚えておこう。
それよりも..鬼人?ドワーフじゃない?
あらいけない私ったら...恥ずかしい..!///
確かにこの人は「自分はドワーフです」なんて言っていなかった。
でもさぁ、ファンタジー世界の鍛冶職人と言ったらドワーフって思うじゃん。
見た目はドワーフじゃなかったけれど...うぅん...、鬼人も鍛冶職人がいるなんて反則だろ!それに角が生えてないし...。
恐らくこの世界の鬼人は、角が無いのだろう。
ヤバイ、顔が赤くなってきた。益々恥ずかしくなってしまうっ!
よし、平常心だ平常心。ゆっくり呼吸をして...吐いて...
吸って...吐いて...吸って...吐いて...
「吸って...吐いて...吐いて...もっと吐いて...」
「ゲホッゴホッウェェ!!」
誰だよずっと吐いてって言ってたの。死ぬだろうが!
俺は耳元で呟かれたちょっとえっちぃ声に怒りの感情が湧いていた。いつもなら絶対湧かないだろうけど、人前で惑わせるとかマジありえない。マジパない!
平常心を保つために呼吸を整えていたのにその声でもっと顔が赤くなっちゃったし。
いったい誰がこんなに酷いこと...
俺はそっと後ろを向いた。
するとそこにいたのはーー
「レ...レミアさんじゃぁないですか。ご機嫌いかがお過ごしでーー
「ご機嫌いかがお過ごしでーーじゃないわよ!良いバイトを聞くって言って人が多い武器屋に走り出したと思ったら、今度は逆の方向に走り出すんだからっ!
恐らく声がした方向に走って行ったんだろうなとは思ったけど、私たちに何も言わないで出ていくなんてひどいっ!」
すっかりレミアとクロンのことを忘れていた。
でも、人助けが優先だよね?そりゃぁレミア&クロンとほかの人全員を天秤にかけたらレミアの方を助けると思うけど...
そしてレミアから一方的に説教を受けたのであった。
クロンはレミアの隣で眠そうにしている。もう夕方だし、早く寝かせてあげたいなぁ。
すると、この場所からすっかり忘れ去られていた鬼人さんが話し出した。
「あのぉ、お金が欲しいのですか?よろしければ私ががっぽりお金を稼げる方法を教えてあげましょうか?」
「マジですか!?」
俺は人を疑うことを知らない。
蹲っていた泥棒を騎士に預けると、まるで親ガモについて行く子ガモのように鬼人さんの工房へ足を運んだ。
その鬼人さんは、名前をシルビスと言うらしい。
シルビスさんの工房は、路地の一角にあった。
話が少し長くなるからということで、シルビスさんが運営する武器屋の奥の部屋へと移動する。机やイスなどがあり、生活感溢れる部屋だった。
シルビスさんの話を聞くに、どうやらさっきの泥棒は盗賊の下っ端の1人らしい。
騎士たちは何とかして盗賊の本拠地を攻めようとしているらしいが、相手の中でも数名ずば抜けて強い奴らがいるらしく、全く歯が立たないらしい。
そんな訳で順調に数を伸ばすその盗賊軍団「絶対王者」だが、所属しているだけではつまらないという人も増えてきた。
絶対王者のアスバルク部署はこの国に張り付いてから数年がたつため、娯楽が欲しい時期になったのだ。
そんな訳で、一回目の娯楽である武道大会をすることにしたんだとか。
力比べもできるし、賭けだってできる。そして賞金も用意すれば強者も集まってくるので、自分たちの力向上も試みることができるという訳だ。
正しく一石三鳥。
アスバルク周辺の市場も、明後日行われる武道大会のために作られた活気づけの物なのだとか。すごいお金持ちの盗賊集団だ。っていうか武道大会は明後日なんだ..。
この話と俺たちの大儲けがどう関連してくるかと言うと、武道大会での賞金である。
大会は明後日だが、一般申し込みは明日まで行っているとのこと。
支部長である「アサジン」もこの大会に参戦するらしく、賭けはみんなその人に行っている。
そのアサジンが強すぎるせいで、一般申し込みはほとんど人数がゼロ。ほとんど人がいないので、申し込みの締め切りを延長しているらしい。
優勝者しか賞金をもらうことができないが、その分賞金額は50000000G(五千万G)。しかも優勝者が絶対王者以外の人間ならば今までした罪を全て認め、この都市から立ち去るんだとか。これを狙い、この国の騎士たちも張り切っているらしい。
この盗賊軍団、どんだけ自信があるんだよ...。
まぁ名前が絶対王者なだけあるよな。
俺が何も武器を使わず1級の刀を持った敵を相手に怯まなかったことに驚いたらしく、その大会に出てみてはどうだろうかという話だった。
あんなの、そこら辺の騎士じゃできないことが当然らしいしな。
でも、普通助けてもらった人にけがする可能性がある武道大会をお勧めはしなくないか?
なんかあからさまに裏がありそうな言い方だったし...
でもその時はその時だ!今はこの人を信じても別にいいだろう。
大会までの間は、刀を取り返してくれたお礼にこの家の2階に泊めてくれるらしく、食事もついてくる。
どっちにしろ支部長アサジンを倒さないとクロンの仲間を解放できないと思っていたし、話は良い条件だと思う。やられたとしても自分が死ぬことはないし、相手の能力を確認することだってできる。
レミアが言っていた張り込みも良いとは思うけど、こっちの方が確実性がある。
「はい。わかりました。よろしくお願いします!」
俺はそういうとシルビスさんと握手をし、協定(?)を結んだのである。
♦♦♦
「それにしても、なんで1級の刀を作っているのに、こんなに外れの場所に店を構えているんですか?」
1級の物を作れるのならば、表の広場に店を構えていてもおかしくはない。不思議なのだ。
「あぁ、それは武器の値段にあります。どれも1000000G(百万G)を超えていますし、買ってくれる人がいないのです。」
なるほど。それなら、もしも優勝したら刀を1本買ってあげよう。
アレ?
ここでふとさっきの泥棒が話していたことを思い出す。
ボス様にあげる刀..?
ボス様っていうのは、絶対王者支部長のアサジンのことだよな?
つまりアサジンはシルビスさんの刀鍛冶の腕前を知っていて、大会の時に自分が使う1級の刀を配下に盗ませたってこと...!?
っていうか、こんなに端のほうにある店をなんでアサジンが知っているんだ?
アサジン、恐ろしい。
そんな訳で武道大会に出ることとなった俺は、一般申し込みを終わらせ、武道大会当日の朝を迎えたのである。