『ミモザ色の風』9
ミモザの天性は、治癒・神眼・掌握・供与・
光明で、属性は光と水です。
ミモザは、ブルーが太鼓判を押した通り、難なく合格した。
そして入学式の朝――
「ミモザちゃん、行ってらっしゃいな」
「少しの間、会えないけど元気でなぁ」
「コルクも一緒に行くのか?」
「入学式くらいは見たいからな」
「曲空を修得するまでの住居は用意しています。
コルクさんもご一緒にお住まいください」
「先生……そこまでしてくれてたのか?」
「俺にとってヤマは家のような場所ですので。
では、掴まってください」
「行ってきま~す♪」
―・―*―・―
入学式を終え、宿舎へと飛んだ。
「こちらに並んでいる家は全て宿舎です。
学生だけでなく教員など大学の関係者がご家族で住んでいます。
ですので、コルクさんもどうぞ」
「お父さん、まだ泣いてるの?」
「ちょっと目にゴミが入っただけだっ」
「鍛練場は、あの山です。
明日からですので、今日はごゆっくりなさってください。
では、失礼致します」
「あのっ」
「はい?」
「個人授業って……どういう?
私、授業って教室に集まって受けるのかと思ってて、ビックリしちゃって」
「この大学は王族や貴族も多くてね、教師と一対一の個人授業も普通にあるんだよ。
教室の方が良かった?」
「ううん。接する人は少ない方がいいわよね。
いろいろとお気遣いと手続きまでして頂いてしまって、ありがとうございました」
「気にしないでね。
このくらいしか出来なくて申し訳ないくらいだよ。
後で世話係の蛟が来るからね。
明日は、その蛟が案内するからね」
ブルーはコルクに頭を下げると、サッと出て行った。
「行っちゃった……」
「もう来る気は無さそうだな」
「……そうね」
「ミモザ――」
「うん。解ってる。
どうしてだか私、魔物に狙われてるから、魔物と戦えるくらい強くならなくちゃ、誰とも友達にもなれないのよね」
「……あの先生も、そうらしい」
「そっか。だったら私が護れなきゃ、よね。
鍛練も頑張るわ」
―・―*―・―
勉強と鍛練に明け暮れるミモザの大学生活は瞬く間に過ぎていた。
曲空を修得しても、宿舎は卒業までの契約になっていたので、そのまま利用していた。
ブルーが姿を見せる事は無かったが、手紙だけは世話係の蛟が運んでいたので、この為の受け渡し場所なのだとミモザは理解していたのだった。
そんな大学生活も10年を越え、ミモザは80歳になっていた。
この日も、日課となっている掲示板の確認をしようと向かっていると、そこには人集りが出来ていた。
どうしよう……これじゃあ近寄れないわ。
こういう時は神眼よね♪
ミモザが受けている鍛練は、体を動かすだけでなく、気も鍛えており、天性も属性も随分と使えるようになっていた。
勿論それはブルーの指示での指導であった。
ブルーは直接には関わらないものの、ずっとミモザを見守っていたのだった。
掲示板前の女性達が一斉に動いた。
どうやら事務室へと急いでいるらしい。
何なのかしら?
視線が集中していたのは、こっちだから、
授業の連絡辺りだったわよね?
あ……ブルー……王子様なのね。
私と誕生日が同じな王子様よね♪
王子様の特別講義かぁ。
私には無縁――え? 医学部限定?
『科』じゃなくて『部』って……
無縁じゃない……のね?
医学部医学科でなくてもよくて……
天性、治癒か神眼か掌握か供与を
持っている事が条件なのね。
少人数……それで慌てて行ったのね。
あ、講演会もあるのね。
こっちなら会場も広いし、誰でもなのね。
事務室に行ってみようかな♪
普段は人を避けているミモザだったが、どうしても『ブルー』という名を無視できず、事務室に向かった。
―・―*―・―
「ミモザ=ラムレスさん、医学部看護学科、天性有り、治癒と神眼が◯、掌握が△、と。
はい。受け付け完了です。
複天性だなんて、凄いですね。
どうして医学科を受けなかったんですか?」
「授業料免除とか知らなくて……貧乏だから、先に看護師になって働いてから進もうと考えていたんです」
事務室は、ごった返していたので、最後になるまで隅で待ったミモザは、やっとホッとした事務員に話し掛けられた。
「転科とかも可能ですよ?
もちろん試験は有りますけどね」
「そうなんですか!?
あ、でも、もう少し考えます」
「資料をお渡ししましょうか?」
「えっと……お願いします」
「こちらが特別講義と講演会の資料です。
こちらは転科の資料ですよ」
「ありがとうございます。
王子様の講義って、よくあるんですか?」
「いいえ。初めてですよ。
やっと首を縦に振ってくださったそうです」
「じゃあ今後も有るかどうかなんて……」
「そうですね。最初で最後かもしれませんね。
だから、学びたい学生も、王子様を見たい学生も殺到したんでしょうね」
「見たいって……」あははっ。
「あ……参考文献が、たくさん載ってる……」
「全てブルー王子様の著書ですよ。
お名前を出していないものが殆どですけどね」
「そうね……医司省監修ばかりだわ」
「この大学に入ってすぐに医司長補佐に就いて、そこから出版したそうですからね」
「よくご存知なんですね」
「小さな王子様が本を抱えて歩いていたのが可愛くてね、それでまぁ、『追っかけ』していたんですよ」
「小さな、って?」
「30歳で入学したんですよ。
ニュースとかも凄かったのに知らなかったんですか?」
「私、ブルー王子様と同じ日に孵化したから」
「若そうだとは思っていたけど、そうですか。
それなら看護師として経験を積んでから、医師の道を目指しても、まだまだ若いんですね」
「私、山奥で育ったから、知らない事だらけなんです。だから何でも頑張りたくて。
欲張りだとも思うけど……」
「そういう欲張りは素晴らしい事ですよ。
どんどん頑張って吸収してくださいね」
「はい♪ ありがとうございます!」
―・―*―・―
ブルー王子の特別講義は、受講希望者が多過ぎた為、複数回に分けられた。
ミモザは、その最終回に受講が決まり、講演会の方が先になっていた。
講演会当日、ミモザも早く行ったのだが、既に会場は学生が犇めき合い、その熱気で眩暈を感じる程になっていた。
凄い……闘技場みたいに広いのに……
前になんて行けないわね。
後ろは高くなってるから見易いかもね。
真っ直ぐ最後列に向かうと、事務員達が凍鉱石を入れた箱を後ろの通路に並べていた。
「ああ、君は」
受け付けてくれた事務員が寄って来た。
「こっちが見易いよ」
事務員について行き、ぐるりと移動した。
「真正面より、この辺りの方が、画面も王子様も、よく見えると思うよ」
「ありがとうございます♪」
学内の図書館からも書店からも、すっかり出払ってしまっていて、サルビアに参考文献を写し書いて、どうにか入手してもらったブルー王子の著書を読みながら待っていると、鐘が鳴り、学生達が静かになっていった。
擂り鉢を1/3ほど縦割りに切り落としたような会場の底にブルー王子が姿を見せた。
遠くて、お顔なんて見えないわ。
あ♪ こんな時こそ神眼よねっ♪
えっ……まさか……先生なの?
『お集まり頂き、ありがとうございます』
この声……間違いない。先生だわ。
『ブルー=メル=シャルーナです』
悲鳴にも似た歓声が上がる。
王子様……だったのね……先生って――
ミモザは読んでいた本を抱き締めた。
とてもとても遠い……近寄れない方――
涙が頬を伝っていた。
会場が再び静かになっていく。
『今日は2つのお話をしたいと思っています。
1つは、地方に於ける医療と教育の現状。
もう1つは、天性と属性の医療への活用です。
では、地方の現状から――』
優しくて、解り易くて……
まるで、あの教科書のような――
想いが膨らんでいくのを感じた。
ずっと心の奥底に押し込めていた想いが、抑えようもなく、その殻を破ろうとしていた。
こんな想いが溢れてしまったら……
そんなのダメ!
お願い! 萎んで! 出てこないで!!
『王都の人口と、三都市の人口合計が、ほぼ等しい事は、よく知られていますが、その他の地域の人口合計も王都に匹敵しているのです。
その他の地域の人口は、確かに希薄です。
しかし人材の宝庫なのです。
それなのに医師と教師の不足に因り――』
声だけでも、私の心が抑えられなくなる。
神眼も止めないといけないのに……無理だわ。
ずっと見ていたい……聞いていたい……
近づきたい!
こんな……こんなの……
悲しい思いをするだけなのに……
でも、もう――
ミモザの中で何かが弾け飛んだ。
心の中で光が飛び交い、輝きを増していった。
そして想いと共に、封じられていた記憶が溢れ出た。
これは……何? どうして? こんな……
先生には、この記憶は有るの?
お父さん達は?
どうしてこんな――
思いに囚われ、想いに翻弄されてしまったミモザには、ブルーの声から逃れる事も、内容を理解する事も出来なくなっていた。
ミモザが聴いていると想定し、ミモザが歩もうとしている未来への道標とすべく、ブルーが語り続けている事に気付く事も無いままに。
―・―*―・―
「お父さん!」
その夜、曲空で帰るなり、ミモザは父を捕まえた。
「いきなり何だ? どうしたんだよ?」
「あの教科書! 私が貰ったのよねっ!
小さな壺に入ってたのよねっ!」
「お、おい、何を――」
「もう誤魔化さないで! 隠さないで!
私、思い出したのよ!」
「え……まさか……」
「私が先生と初めて会った時の事よ!
思い出したのっ!」
「落ち着け! 静かにしろ!」
逆に、ガシッとミモザの両肩を掴んだ。
「また封じられるぞ!」
「えっ? 封じ、られる?」
コルクは神妙に頷いた。
そして自分の口の前に人差し指を立てた。
「騒ぐなよ。見つかったら、また封じられる」
ミモザは口を両手で塞いで頷いた。
「ミモザとブルー先生は、魔物の元締に命を狙われてるんだ。
元締だから、とんでもなく強いんだ。
その元締から、互いが互いを護れるくらいに強くならない限り、近寄っちゃあダメなんだとよ。
だから、その記憶は封じられたんだ」
「じゃあ、先生も?」
「そうだ。
その記憶が大事なら、まだ近寄るな。
声にも出すな。いいな?」
「ぅん……うっ……」
「おいっ!?」
「苦しいよぉ……こんなの……酷いよぉ……」
必死で声を抑えて泣くミモザを、コルクは抱き締め、ただ背を撫でる事しか出来なかった。
杏「お姉様は、お兄様を独占したいとか
思わないの?」
瑠「しようと思えば出来るからな。
望む必要も無い」
杏「凄い自信……」
瑠「そうではない。
アオの心の中で生きているのだから、
望む必要が無いだけだ。
だから私の感情は普通ではない。
アオの影響も多分に受けている。
だからこそミモザもアンズも可愛く
思えるのだろうな」
杏「え? だからこそ?」
瑠「アオ自身が気付いていない感情も
私には、よく見えてしまう。
アオは間違いなく二人の事が好きだ。
私に対する罪悪感が小さくなれば
名実共に妻にしてくれる。安心しろ」
杏「その罪悪感が小さくなるなんて
永遠になさそうよ……」
瑠「そんな事は無い。
既にミモザが少し破壊したようだ」
杏「えっ?」
瑠「ミモザはアオの複製だったのだから
悩みも同じだ。
各々、『己』を探している」
杏「いいなぁ……ミモザ……」
瑠「アオと私は、サクラの育ての親だ。
だから愛おしくて仕方がない。
ミモザが壁に穴を開けられたなら、
次はアンズとも向き合うさ」
杏「私って……やっぱり『娘』なのね……」
瑠「確かに今は『娘』だ。
成長途上なのだから当然だ。
だからこそ未来のアオを支えられる。
私より200歳も若いのだからな」
杏「あ……」本当に『娘』だわ。
瑠「解ったのなら寝ろ」
杏「はぁい♪」