『ミモザ色の風』8
他人と接する事無く、ミモザは成長して
いきます。ブルーに恋心を抱きつつ――
ミモザは当然ながら高等卒業資格試験には、すんなり合格した。
しかしコルクはブスッとしたままで、以降、会話も無いままに、1年が過ぎた。
「コルクさん、いい加減になさいな。
いつまでそんな顔してるんだい?」
畑に向かうミモザの後ろ姿を見送りながら、クラレが窘めた。
「次に進めば、もうこんな山になんか住んじゃいられないんだよ?
そんな顔で見送るつもりなのかい?」
「……怒ってるとか、拗ねてるとかじゃないんだ。
ここを出て暮らせるように、これ以上、何がしてやれるのか……誰に頼めばいいのか、って、あの試験の前の日に、ふと思ってな。
それからずっと悩んでるんだよ。
もう本当の事を話すべきか、って事もな……」
「いっそ、ブルー先生に相談したらどうだい?」
「しかし……」
「ブルー先生も狙われてるんだろ?
だけど元気に飛び回ってるじゃないか。
それにアンタよりずっとず~っと賢いんだよ。
何かいい方法を思いついてくれるさ」
「しかし、接するなと――」
「誰がミモザちゃんに相談させろと言ったんだい?
コルクさんが相談すりゃいいじゃないか」
「あ……そうか……そうだよな!」
「どこまでバカなんだろうねぇ、このヒトは」
「確かになぁ、バカだよなぁ」
コルクが頭を掻きながら苦笑していると、向かいのエルムの家の扉が開き、サルビアが内に向かって手招きして、ブルーが出て来た。
「ほらほら、みんな気がついてるんだよ。
サッサと相談しなよ」
洗濯籠を持って家に戻ろうとした。
「おい、俺ひとりでか?」
「仕方のないヒトだねぇ。
アンタ! ちょっと出て来ておくれよ!」
結局、オーカー夫妻とエルム夫妻も同席して、コルクの家で話す事になった。
「実は……2つ悩んでるんだ」
お茶がすっかり冷めた頃、悩みに悩んでいたコルクは、やっとそう切り出した。
「1つは、ミモザのこれからなんだよ。
上の学校に行きたがってるんだ。
看護師になりたいんだと。
しかし、ここを出ていいもんかどうか……」
「それでしたら、ここよりも強い結界の内に在る学校ならどうですか?」
「そんなトコがあるのか?」
「はい。王都の外れですが、移動技を使えば通えますよ」
「いつも先生がお使いの技ですね?」
「はい。
俺が接するのは好ましくありませんので、技を覚えてから進学という事は出来ません。
ですので進学後、他の方の指導で。
技を覚える迄は、こちらには戻れませんが、ミモザさんなら1、2ヶ月程で修得出来るでしょう。
鍛練も特級修練並みに受けられますよ」
「そんな……夢みたいな学校があるのか?」
「学校に関しては一般にも開いていますので。
鍛練に関しては、俺が手続きします。
そこと、ここを技で往復するなら、魔物に遭う事もありませんし、お許し頂けませんか?」
「それなら、お願い致します!」
「ほ~ら、先生に相談すりゃあ一発だろ?」
「もしかして、ずっと悩んでたのか?」
「ひとりで? 不機嫌に? バカか?」
「あの試験の前の日からだってさ。
ホントに困ったヒトだよ」
「そう言うなよぉ。
しかし、そんな凄い学校、難しいんじゃないのか?」
「ミモザさんなら大丈夫ですよ。
次回受験しますよね?
あ、願書を持って来ますね」
ブルーが消え、すぐに戻った。
「その技……なのか?」
「はい。曲空という移動技です。
願書です。それと入試の為の問題集です」
封筒を受け取ったコルクが中の紙を出した。
「「「「王立煌麗山大学!?」」」」
「何だっ!? ビックリするだろ、大声で」
「だってヤマ大だよぉ?」
「まさか知らないのか?」
「どこまでバカなんだ?」
「まぁまぁ、みなさん♪」ふふふっ♪
「ミモザさんなら大丈夫です」にこにこ♪
「コルク、マジで知らないのか?」
「大学なんて眼中になかったからなぁ」
「いや、大学の方がコルクを眼中に入れてくれなかったんだろ」
「その通りだよな」女性達も苦笑しつつ頷く。
「いいから教えてくれよ」
「この国でイチバンの大学だよ」
「医学部看護学科なんて、お城の病院勤めしようってエリートしか行かないよ」
「えええっっ!?!?」
「ほら、そうなるだろ?」「なぁ」
「ま、ミモザちゃんなら心配してないよ」
「そうですね。賢い子ですもの」
「きちんと指導はしますよ。添削ですが」
「そ、そうか……」
「卒業後はヤマの病院に勤める事も可能ですので、そのまま結界の内で暮らせますよ」
「先生は、その……同じ大学なのか?」
「俺は卒業しますので、会う事はありません」
「そうか……」
「ホッとしてるのかい? 残念なのかい?」
「まぁ……どっちも、だな。
ミモザの気持ちはイヤと言うほど知ってる。
だから残念っつーか、可哀想だな、と……」
「でも、近づけば危険だからホッとしてるのか?」
「そうだな……先生には悪いが……」
「解っていますので、近づきませんよ」
「先生は、ミモザの事――」
「俺には恋愛をする資格なんて無いと思っていますので」
「そんな……」
「相手をも護れなければ、その資格は得られないと考えています。
今は、それ以上は……すみません」
沈黙が支配してしまったのをオーカーが破った。
「で、学校の事は解決したろ?
もう1つって?」
「まさか、コルク――」
「いや。それはもういいんだ。
ミモザが、ここを出るんなら、と考えてただけだからな。
出ないんなら、今はまだ、いいんだよ」
「そうですか。
では、そろそろ患者さんが来ますので」
「先生、いろいろとありがとうな」
「いえ……直接には何も出来ず、すみません」
ブルーは頭を下げたまま暫く留まり、寂しさを滲ませた微笑みを残して出て行った。
エルム夫妻が慌てて追う。
「おい、コルク、もう少し言い方ってモンを勉強しろよ」
「どういう意味だよ?」
「あの先生だって、まだまだ子供なんだぞ。
魔物に狙われてて友達すらも作ってなさそうじゃないか。
ミモザちゃんの事だって、わざわざ聞かなくても分かるだろ?
なのに気遣いの欠片も無い言葉で突き刺しやがって。いい加減にしろよな」
「そうか……ミモザと同じなんだよな……」
「ミモザちゃんも、学校に行っても友達は作らないと言ってたぞ。
お前、親なんだから、もう少し優しくしてやれよ。
ひとりで悩み抱えて不機嫌になんかなってる場合かよ。
励ますとか、包み込むとか、そういうの覚えろよな。
行くぞ、クラレ」
「あいよ、アンタ……」
オーカーは何か言いたげなクラレを連れて帰った。
「優しく……かぁ……」天井を睨んだ。
「ただいま。何か居るの?」天井を見る。
「あ? いや、何でも。
あ、そうだ。先生がミモザにって」
「お父さんの声、久しぶりに聞いたわ♪
これ何?」
「見れば分かるよ」
「うん♪ え……? ええっ!? 大学!?」
「そこなら、この山より強い結界で護られてるんだとよ」
「結界!? 神様の御加護って結界!?」
「神様の結界なんだとよ。
で、受けるのか?」
「でも……ここ、王都よ? いいの?」
「先生が使ってる移動技で通えばいいってさ」
「じゃあいいの? 行ってもいいの?」
「合格すればな。
入学してから技を覚えろだとよ。
まずは受験勉強だ。
畑は俺がやる。集中しろ」
「うんっ♪ ありがとう、お父さん♪」
「でも……畑なんて初めてなんだよなぁ」
「すぐ覚えられるわ♪
こだわると果てがないんだけどね♪」
「食えりゃいいよぉ。
でも、どうして畑なんか始めたんだ?
村に買い物に行ってもいいって言ったら、イキナリ始めただろ?」
「野菜を買う分、貯金したかったのよ」
「だが、種とか肥料とか買ってるんだろ?」
「そう言って貯めてたの。
種も肥料も先生から貰ってたわ。
先生、農業も詳しいのよ♪
美味しくて育て易いのを選んでくれるの♪」
「お前なぁ」
「でも、けっこう貯まったわよ♪
あら? 手紙? 先生の字だわ♪
お父さん、見て! 受験料免除ですって!」
「おい、授業料も成績優秀なら免除だとよ。
貧乏人優遇な学校なんだな」
「ここに決めたわ! これが問題集?」
適当に開いた。
「えっ……? 凄く難しくない?」
「俺なんかに見せて分かるかよ。
ミモザなら大丈夫だとよ」
「だったら頑張るわ!」
―・―*―・―
それから半年、ミモザは黙々と勉強に励んでいた。
その様子が必死なようでいて楽しげなのは、文字だけとは言え、ブルーと接する事が出来るからに他ならなかった。
「ミモザちゃん、先生からだよ」
エルムが来た。
「先生、まだ居る?」
「もう帰ったよ」
「残念っ」
「聞きたい事があったのか?」
「うん。ちょっとね」
「明後日なら診察日だから聞いてみたらどうだ?
診察が途絶えた時に呼んでやるから」
「でも……手紙にするわ」
「ミモザちゃんも、もう俺達じゃあ相手にならないくらい強いのに、まだ駄目なんだな」
「先生は、きっともっともっと強いわ。
でも、まだまだだって思ってるのよ。
私なんて、もっとまだまだよ」
「そんなもんかなぁ」
「エルムおじさん、心配しないでね。
私、この宝物で幸せに浸ってるんだから♪」
「その箱?」
「この手紙も入るの♪」
「そうか。先生からの手紙か」
「うん♪
勉強にもなるし、何度も読んでるの。
私の字も綺麗になった気がするわ♪」
「先生の字は整ってて、遠くから見ても芸術的だよなぁ」
「でしょ♪
私、先生おすすめの学校に行って、鍛練も受けて、強い看護師になるの。
強い名医に相応しい看護師になりたいの!」
「その後で医師になるのか?」
「それは……そうしないと先生に近づけないなら……目指すかなぁ……」
「やっぱり女の子だなぁ。
娘さんな考え方になったな」にこにこ♪
「揶揄わないでっ!」真っ赤!
エルムが笑いながらコルクの家から出ると、コルクが芋の籠を抱えて来ていた。
コルクもエルムに気付き、手招きするので行ってみた。
「また手紙の配達か?」
「そうだよ。
どっちも真面目で律儀だよなぁ」
「ミモザも……あの先生から直接指導して貰えてたら、看護師なんて回りくどい事せずに医者になれたんだろうな……」
「コルク……」
「俺がミモザの幸せを奪ってるんだよなぁ」
「いや、魔物だよ」
「魔物も、だよ。
一生懸命なミモザを見てると、フォレスだったら、もっといい未来に向かわせてやれたんじゃないかって思うんだよ」
「コルクは、父親として頑張ってるよ。
そういや、あれからライラ君、来ないな」
「そうだな……」
生きているんだろうか?
コルクもエルムも、ライラだけでなく、ミモザの本当の家族皆に対して、そう思ってしまったが、口には出せなかった。
杏「あら? ここは……?」
瑠「起きたのか。まだ夜中だ。寝ていろ」
杏「お兄様? じゃなくて、お姉様ね♪」
瑠「アオの代わりに夜勤中だ」
杏「私……また寝曲空してしまったのね……」
瑠「サクラの所にな。
ミモザ同様、本体が恋しいのか?」
杏「そんなこと…………わからないわ……」
瑠「アオで我慢しておけ。
許容出来るのは、私のような出来損ない女
だけだからな」
杏「そんなことないわ!」
瑠「声が大きい。看護師が仮眠中だ」
杏「ごめんなさい。
でも、出来損ないだなんて……お姉様は
私の憧れ。目標なのっ」
瑠「えらく低い目標だな」
杏「高すぎて見えないくらいの目標なのっ」
瑠「低いのに気付かず、上ばかり探して
いるのだろう?」
杏「もうっ」
瑠「今夜は、ここで寝なさい。
曲空してしまわぬよう相殺する」
杏「……はい。
あ、お兄様は? また探しもの?」石とか?
瑠「そうだな。探している」己を、な。