『ミモザ色の風』7
コルク・ミモザ父娘の隣がオーカー・クラレ
夫妻の家で、向かいがエルム・サルビア夫妻の
家です。
日が暮れ、ミモザは剣と本を持ったまま窓際に戻って来た。
「クラレおばさん、どう? 終わった?」
「いいや。まだやってるよ」
「サルビアおばさん、大丈夫かなぁ」
「大丈夫、大丈夫よぉ。
おや、先生達、動いたよ」
「あ……でも、やっぱり背中だわ……」
「やっぱり気になるんだねぇ」
「そんなんじゃないってばっ」真っ赤っか。
「まぁ、可愛いこと♪」
「もうっ!」
「さてさて食事を運ぼうかねぇ♪」
「あっ! 待って!」
―◦―
「暫く通うつもりなのであろう?」
「はい。経過を診なければなりませんので」
「ふむ。儂も可能な限り来るとしよう」
「命懸けなんですよね?」
「それでも重要な事だ」
「そうですか……あ、これを」
「仙竜丸か?」
「はい。コリョウ様にも効くと思います」
「見えたのか?」
「これだけ長時間に渡って気を合わせていれば、気づかない方がおかしいですよ」
「ふむ。では、有り難く頂く。
して、今夜は見守るのか?」
「そのつもりです」
「では、儂は天亀に話しを着けておく」
「ありがとうございます。
お願い致します」
「明日は儂が来よう。
確と休息を得る事も又、医者の務めだ」
「あ……はい」
「治療も戦いだ。存分に戦えるよう備えよ」
「はい!」
「では、明朝だ」ニヤリとして消えた。
「ありがとうございました!」礼!
コンコン。『開けてもいいのかねぇ?』
「あっ、はい。どうぞ」
「食事の支度ができたんだがねぇ。
おや? 大きい先生は?
帰っちまったのかい?」
コルク達が頷く。
「あっ! 放ったらかしで、すみません!
皆様、どうぞ!」
「先生は? 食べないのかい?」
「ここの浄化を続けなければなりませんので、申し訳ありませんが、他のお宅でお願い致します。
俺の事はお気になさらないでください」
「そうかい?
なら、アンタ達、サッサと済ませておくれ。
先生にはサンドイッチにしようかねぇ♪」
「俺達が食べ辛いから、先生も食べてくれよ」
「そうですよぉ、変に心配になるじゃないか」
「あ……」エルムを見る。「そうですね」
「エルムも食え」「そうだよ、エルムさん」
「治療は成功しました。
ご心配なく、お召し上がりください」
「ほら、行くぞ」「エルム、立てよ」
「ミモザちゃん家にしようかねぇ♪」
「そういや、ミモザは?」
「あそこだよ」
オーカーの家から、大きな盆を慎重に運んで出て来た。
「ミモザちゃん家だよ!」
「は~い!」そろりそろりと運んで行く。
コルクが慌てて家の扉を開け、ミモザを手伝いに行った。
「それじゃあ先生、ちょいと待っておくれよ」
クラレは、にこにこと扉を閉めた。
―◦―
「あれ? 先生は?」
「先生は、まだ付いとかなくちゃなんないそうだから、サンドイッチ持って行っといたよ」
「ええ~っ」
「ミモザ、まずは対等になれ。
今のお前では話なんぞ無理だ」
「そんなぁ……」
「コルク、その言い方じゃあ――」
「そうだよぉ、可哀想じゃないか」
オーカー夫妻が『もっと上手く言え』と視線を送る。
「駄目なモンは駄目なんだっ」
コルクの目は『俺だけを悪者にするな!』と言っていた。
静かにしていたエルムが顔を上げた。
「サルビアは元気になるよ。
だから勉強を見てもらったらいい。
鍛練は俺達も協力するから、頑張ってみないか?」
「エルムおじさん……」うるっ――
「泣かなくてもミモザちゃんなら、あの先生と対等になれるよ。
コルクは口下手だからな。
そう言いたかったんだよ。
期待してるんだよな? コルク」
「あ……ああ」
「私、がんばるぅぅ」
―◦―
ブルーがサルビアに回復の光を当てていると――
「ひとつ言い忘れておった」現れた。
「何でしょう? コリョウ様」
「窓から覗いていた子供には接触するな」
「俺が魔物に付き纏われているせいですね?」
「そうだ。ここの大人達は、接しても構わぬ。
皆、元軍人だ。それなりに戦えるであろう。
怪我をしたならば、お前が治せばよい。
しかし、子供は攻撃を受けたならば即ち死だ。
お前が間に合わぬからな」
「はい。解っています」
「ここの夫婦は看護師をしていたそうだ。
お前が来た時だけでも、この家を診療所としてもよかろうな。
此程に人里から離れておれば、お前が医師をしていようが、とやかく言う者は居らぬ」
「あ……はい!」
「それと、あの子供は医療に興味を持っておる。
しかも治癒も持っておる。
医療関連の教科書を用意し、この夫婦を介して、いずれ医療に携われるよう、教えてやったらどうだ?」
「はい♪
あ、でも、よくご存知なんですね」
「思いを拾うのが得意なだけだ。
基本教育の教科書は、お前が配布しておるものを持っておる」
「こんな山奥まで……」喜びが溢れた。
「地道な努力が実を結びつつあるようだな」
「はい♪」
「置換の進み具合を見てもよいか?」
「もちろんです」
―・―*―・―
翌朝、妖狐王が交替に来て話していた時、サルビアが目覚めた。
「回復が早いな。時短したのか?」
「いえ。『時短』とは?」
「この術だ」掌を向け、闇を放った。
「応用範囲は広い。使い熟せ」
「ありがとうございます♪」
「家族を呼んで来よう」出て行った。
「あの……」
「もう大丈夫ですよ。
禍黒は全て除去しました」
頭部をすっぽり覆っていた頭巾を取り、微笑んだ。
「ありがとうございます。
私……生きているのね……」
「もう少し回復すれば普通に生活できますよ」
扉が勢いよく開き、エルムが飛び込んで来た。
「サルビア!」
「あなた……」
ブルーは、抱き合う二人から離れた。
「先生、サルビアさんの食事は、どうしたらいいんだい?」
クラレは二人を見て、目を潤ませている。
「今日はスープのみで、明日は消化の良いものなら何でも。明後日以降は普通にお願いします」
「あいよ♪ すぐ作るからね♪
ミモザちゃん、手伝っておくれよ♪」
クラレは、後ろでスカートに隠れてブルーを見ているミモザを連れて行った。
途中で振り返ったミモザに、ブルーは小さく手を振った。
「では、コリョウ様、夕方までお願い致します」
「うむ。確と休め」
―◦―
「クラレおばさん、小さい先生って子供?」
「そうだねぇ。
ミモザちゃんと同じくらいかねぇ」
「でも、お医者さんなの? 本当に?」
「ああそうだよ。名医なんだよ」
「私……ただの子供だわ。
お父さんの言う通りね。
こんなんじゃあ、お話しなんてムリよね」
「だから頑張るんだろ?
ミモザちゃんなら大丈夫さぁ。
頑張りなよ、ねぇ」
「そうね。がんばらなくちゃ!」
「もう、ここはいいよ。勉強しな」
「うん!」
こうして、ミモザはブルーに憧れ、目標として、勉強と鍛練に勤しんだ。
ブルーは月に1、2度エルムの家を診療所としていたが、ミモザは窓から見るだけだった。
―・―*―・―
ミモザは覚えも早く、確かで、65歳を迎える頃には、高等までの教科書を隅々まで覚えてしまっていた。
医療に関する勉強も少しずつ進めており、サルビアから習いつつ、ブルーの添削指導も受けていた。
「おい、壁に何貼ってるんだよ?」
「先生からの励ましの言葉♪」
「『希望は『これが限界』と諦めなければ、ずっとある』……ふぅん。
ま、頑張れ」
「うん♪」
次第に、ブルーからの課題の裏を使って話すようになり、高等卒業資格の取得方法を知ったミモザは、1年コルクを説得し続け、ようやく受験に漕ぎ着けたのだった。
「お父さん! 付いて来るんなら早く!」
その試験の朝、少し離れた街まで行かなければならない為、夜明け前に支度し終えたミモザが、家の前でプンプンしている。
コルクが護衛すると言って聞かず、それを条件として受験の承諾を得たのに、いざ当日になって、コルクがグズグズしていた為である。
「遅れちゃうでしょっ!
そんなに妨害したいの!?
もう剣では負けないんだから、お父さんを倒して行っちゃうわよ!」
「ミモザちゃん、どうしたんだい?」
クラレが出て来た。
向かいからサルビアも出、駆けて来ている。
少し遅れて、オーカーとエルムも出て来た。
「今日、試験なのに遅れそうなの!」
「コルクさん、往生際が悪いよ!」
「ミモザちゃんの努力を認めてあげてください」
「お父さん! いい加減にして!」
「だったら、俺達が付いて行ってやろう」
「そうだな」
「ありがとう! 行きましょ♪」
「何の騒ぎだ?」
「あらあら、クラウドさんこそ、こんな早くから、どうしたんだい?」
「罠を仕掛けに行ってただけだよ。
そろそろ親父が起きるから飯の支度しに戻ったんだ」
「こっちはミモザちゃんの試験の日でねぇ。
みんなで見送りさ」
「そうかい。頑張りなよ」
「はい♪ ありがとう、クラウドおじさん」
「あ、クラウドさん。ちょうどよかった。
お父様の薬です」
エルムの家からブルーが駆けて来た。
「先生、えらく早いじゃないか」
「ちょっと用が有って。
薬だけエルムさんに預けようかと来たんです」
「初めて……声……」
「ミモザちゃん、急がないと。ほらほら」
「あ……」
「急いでいるのなら俺なんかに構わず」
「街は遠いんだからねぇ」
「あ、だったら送りますよ。
他に何方か同行されますか?
同行される方、俺に触れてください」
オーカーとエルムがブルーの肩に手を置いた。
「失礼」ミモザの手を取り「行きます」
「消えちまったよ……」
「先生、いつもあの技でいらっしゃるのよ」
「だからエルムん家から出て来たのか。
で、コルクは?」
「出て来ないんだよ。困ったヒトだよ」
「あのバカ、またミモザちゃんが離れるとか思ってやがるな」
「そんなトコだろうねぇ」
「あ……先生には会わせないとか、結婚なんかさせないとか言ってたのに、連れてったぞ!」
バンッ!!「なんだとっ!?」
「なんて言えるモンかねぇ」
3人の冷ややかな視線を受け、コルクは家に引っ込んだ。
ミ「ねぇ、とっくに解いているのに
どうして動かないの?」
青「……うん」
ミ「私が解く前に殆ど解いていたでしょ?」
青「そうだね」
ミ「そんなに嫌だった?」
青「いいや」
ミ「怒った?」
青「いや。そうじゃなくてね……」
ミ「……ごめんなさい」
青「いや。謝らなければならないのは俺だよ。
追い詰めて、ごめんね。
でも……どうしても壁を壊したかったんだ。
その理由を考えていたんだよ。
どうやら俺の壁も弾け飛んでしまった
みたいだからね」
アオはミモザと向き合い、微笑むと、
ふわりと抱きしめ、額に口づけを落とした。
ミ「ぁ……」
ミモザが小さく驚きを溢すと、
優しい感触は、すぐに離れたが、代わりに
額が合わさり、至近距離で赤褐色の瞳が
月明かりに揺れていた。
青「もう少し俺自身を試してみてもいいかな?
自分でも、よく分からないんだ。
ただ……俺という奴は、存外、自分が
好きらしい」
ミモザは返事の代わりに瞼を閉じた。