『ミモザ色の風』5
三界に於ける『禍黒』は、
不治の病の代名詞的な病気です。
翌朝、食卓で父娘は向かい合っていた。
「ミモザ、話がある」
「どうしたの? そんな怖い顔で……」
「暫く、この山から出るな」
「え? 買い出しは? 炭売りは?」
「そんなもん、俺がやる。
昨日、魔物に追いかけられたのを忘れたのか?
昨日は運良く無事だったが、次もそうだとは言えないだろ?
だから山から出るな。
これからは勉強と鍛練を頑張れ」
「勉強って? 鍛練って?」
「教科書は、これだ。
昨日、買い出しに行く途中で魔物に遭ったんだろ?
だから俺が買い出しに行ったんだ。
その途中で行商人に会ってな。
これを買ったんだよ。
子供ひとりでも勉強できるんだとよ」
棚に並んだ本の背を叩いた。
「すごい数……」
「下の段から順に読めばいい。
上の段に手が届く頃には、それなりに賢くなってるだろうよ」
「ちょっと空いてるのは?」
「オーカーが面白いからと借りて行ったんだ。
ま、とにかく読め。
午前中は勉強だ。午後は鍛練をする。
魔物と戦えるくらい鍛えてやるからな」
「お父さんが?」
「俺は軍人をしていたんだ。
だから軍人学校並みに鍛えるぞ。いいな?」
「いたた……」
「どうした? 頭も打ってたのか?」
「私……昨日、森の中を逃げてて……そこから思い出せないの……」
「後ろから攻撃されたんだろうよ。
背中に傷を受けてたよ。
それで気絶してたんだ。森の中で。
喰われなくて……良かったよ……」
「お父さん……うん。ごめんね。
私、山から出ないから、泣かないで」
「すまんなぁ……不自由だろうが我慢してくれ」
「うん。勉強……してみたくなったの。
だから大丈夫よ♪」
「そうか……すまんなぁ」
「いいよぉ。
あれ? でも背中、痛くないよ?」
「ああ、それか。医者が治したんだ」
「お医者さん!? こんな山奥に!?」
「街に偉い医者が来てたんだ。
クラウド達も毛皮を売るのに村に向かってて、魔物に遭ったらしいんだ。
ミモザが帰らないから探しに出て、ボロボロで倒れてるクラウド達を見つけたんだよ。
で、村医者を呼びに行ったら、街に王都から医者が来てるって聞いたから、頼みに行ったんだ。
ま、いい医者でな。
クラウド達も、その後で見つけたミモザも治してくれたんだよ」
「みんな運が良かったのね♪」
「確かにな。
とにかく、こんな思いは二度と御免だ。
おとなしくしていてくれよ」
「うん。
この山にも、お医者さんいればいいのにね。
サルビアおばさんも、ずっと寝てるもん」
「今朝は起きてたよ。
その医者がサルビアさんも診てくれたんだ。
って、おいっ! どこに行くんだ!?」
「サルビアおばさんとこ♪」駆けて出た。
「病人なんだぞ!」ミモザを追いかけた。
―◦―
「サルビアおばさん♪ おはよ♪」
「あら、おはよう、ミモザちゃん」
「ホントに起きてた♪」
「今日は気分が良いのよ」
「お医者さんって、すごいね♪」
「そうね。良いお医者様に巡り会えたのね」
「お父さん♪ 私、お医者さんになる♪」
「物凄く勉強しないとなれないんだぞ?」
「じゃあ勉強する♪」
「おいおい、そんな簡単に……勉強してみてから言ってくれよぉ」
「じゃあ今からするっ♪
サルビアおばさん、また後でねっ♪」
手を振って家に駆け戻った。
「元気いっぱいね」
「サルビアさんも、すぐに元気になるよ」
「ありがとう、コルクさん。
でも、いいのよ。慰めなくても。
……私、看護師だったから、この病気が何なのか判っているの。
今日は奇跡の日よ。
お別れの挨拶をなさい、と神様が目覚めさてくださったのよ。きっと」
「そんな顔しないでくれよ。
昨日サルビアさんを診た名医がな、禍黒は治せると断言したんだよ。
だから大丈夫だ。
昨日、クラウド達も魔物に襲われたんだ。
全身、骨折と深い傷だらけで、こりゃあダメだ。夕方まで保てば御の字だな、と諦めてたんだが、その医者が、すっかり治しやがったんだ。
あれは本物の医者だ。
だから大丈夫なんだよ」
「サルビア、ただいま。
サルビアの大好物、買って来たぞ」
「あなた……どこに行ったのかと思ったら」
「街まで行ってたんだ。
朝には起きるって言ってたからな。
あの先生は凄い名医だよ」
「あなたまで……」
「明日、本治療してくれるんだ。
そしたら元気になれるぞ。
前祝いに食ってくれ」
「確かに、お腹が空いてるわ」うふふ♪
「じゃあな。退散するよ」
「コルク、居ていいんだぞ」
「無茶言うなよ」笑って出て行った。
―◦―
コルクが自宅に入ると、ミモザは真剣に勉強していた。
「解るのか?」
「うん♪ 楽しいよ♪」
「ま、最初だからな。
簡単なのは最初だけだぞ」
「うん。最初のは、とってもカンタンだった。
だって私、お買い物できるのよ?
数えるのなんてカンタン♪
だから2冊目よ♪」
「算数なんだな?」
「うん♪」
「読み書きは?」
「明日♪ 今は算数が楽しいの♪」
「好き嫌いするなよ」
「うん♪」
「じゃあ、昼までは炭焼き小屋に居るからな」
「いってらっしゃ~い♪」
見送るミモザの明るい笑顔を見て、どういうわけだか、強烈な寂しさに襲われたコルクだった。
―◦―
「おっ♪ やってるなっ♪
楽しいだろ?♪」
コルクが仕事に出て、少しすると、今度はオーカーが来た。
「オーカーおじさん♪ おはよ♪
とっても楽しいの♪」
「そりゃあ良かった♪ 俺と競争だなっ♪」
「負けないわ♪」
「よ~し、じゃあ俺も全部読むぞ♪」
「お仕事は?」
「もちろんやるぞ♪
今朝は暗いうちから、その本棚を作ったぞ♪」
「お父さんじゃなかったの?」
「一緒に作ったんだ♪
で、木工小屋も大きくして、家具を作って売ろうって話になってるんだよ♪」
「楽しそうね♪」
「ああ。楽しいな♪
ヤル気ってヤツが久しぶりに湧いたんだよ♪」
「おんなじ♪ 私、勉強するの♪
いっぱい勉強して、お医者さんになるの♪」
「えっ?」記憶……あるのか?
「サルビアおばさんが起きてたの♪
お医者さんって、すごいって思ったの♪」
「そうか」そっちかぁ~。ホッ。
「でも、医者の勉強は、この本よりずっと難しいんだぞ?
こんな解り易い教科書なんか無いだろうし、医大なんて大きな街にしか無いんだぞ?」
「イダイ?」
「高校って分かるか?」
「うん。街にあるのよね?
村の学校の次に行くとこよね?」
「そうだ。この上の段の勉強する所だ。
その高校の更に上の学校が大学だ。
医者になりたいヤツが勉強しに行くのが医大なんだよ。
メチャクチャ難しいんだ」
「この本、ぜんぶ覚えたら行ける?」
「それは最低限ってヤツだろうなぁ」
「ふぅん?」
「まぁ、とにかくだ。まずはコレだろうよ」
「うん♪
また、お医者さん来るかなぁ」
「明日、サルビアさんの治療に来るぞ」
「どうやったらお医者さんになれるのか聞く!」
「ええっ!? あっ、いやいやダメだダメだ!」
会わせたら狐の神様に殺される!!
「ええ~、どうしてぇ?」
「明日はマジな治療しに来るんだ!
子供は行っちゃダメなんだ!
サルビアさんの命が懸かってるんだからな!」
「サルビアおばさん元気なのにぃ」
「だが、まだまだなんだ。
病気を全部、すっかり退治しなきゃ、また寝込んじまうんだよ。
だから明日はダメなんだ」
「ふぅん」
「サルビアさん、看護師してたらしいんだ。
元気になったら勉強教えてもらったらいい」
「カンゴシ?」
「医者の助手だ」
「うんっ♪」
「医大は金がかかるらしいからな。
まずは看護師になって、稼いでから医者を目指したらどうだ?
コルクは貧乏だから、そうしてやれよ」
「お金かぁ……うん♪ そうする!」
―・―*―・―
「いいかげん手を止めて飯食えよ」
昼食の向こうでコルクが呆れている。
「もうちょっとだけ~」
「そんなに勉強が気に入ったのかぁ?」
「うん♪ 私、お医者さんになるんだから♪
でも、その前に看護師さんになるの♪」
「んあ?」
「サルビアおばさんに勉強教えてもらって、看護師さんになって働いて、それから医大に行くの♪」
「はぁあ!? んな事、誰から聞いた!?」
「オーカーおじさん♪」
「あンのバカヤロー……」
「お医者さんに、お医者さんのなりかた教えてもらおうと思ったんだけど、明日はマジなチリョーだからダメって。
だからサルビアおばさんに習うの♪」
「そうか……」そういう事か。
「とにかく食え。鍛練もするんだからな」
「それも、お医者さんに必要なの?」
「死んだら医者にはなれんだろ」
「そっか♪ うん♪ 食べる♪」
―・―*―・―
「まず鍛えるのは体力だ。
この剣を背負って走れ」
「飛ばずに?」
「人姿で走るんだ。ほら」
「重っ!?」
「ミモザと同じくらいの子でも、もっと大きな剣を背負ってる奴もいるんだ。
そのくらい問題ない。
夕方まで、ひたすら走れ。
山からは出るなよ。
この山は、神様の御加護があって、魔物が出ない場所なんだ」
「そんな所だったの!?」
「そうだ。
この山だけは一度も出た事がないんだ。
行っていいのは中腹までだ。
行けっ!」
「はいっ!」
杏「お兄様……」ぴとっ♡
虹「ええっ!?」
桜「ほえっ!?」
杏「だぁい好きっ♡」ぎゅっ♡
桜「アンズ!? 俺はサクラだよっ!」
虹「サクラ、お部屋に戻してあげなくちゃ」
桜「そぉだね。困ったアンズだねぇ」
虹「サクラだって、ルリお姉様が何度も
お連れくださっているわよ♪」
桜「ふええっ!?」
虹「お兄様方の所にしか現れないから慣れて
って仰ったの♪」うふふっ♪
桜「俺……寝言も?」
虹「楽しいわ♪」
桜「どぉしたら治るんだろ……」
虹「楽しいから治さないでね♪」
桜「アンズまでこんななんて……」ため息。
虹「結界とか、どうかしら?」
桜「そっか。せめて曲空だけでも防いで
あげないと、女の子だもんね。
うん♪ そぉするよ♪
ラン、ありがと♪」
アオ兄は――あらら~。
じゃあルリ姉だねっ♪
桜「ルリ姉に相談してみるよ。
ランは寝ててね」
虹「ルリお姉様に? アオお兄様は?」
桜「ルリ姉が夜勤してて、アオ兄は寝てるから」
虹「じゃあ、待ってるわ♪」
桜「ムリはダメだよぉ?」
虹「うん♪ 行ってらっしゃい♪」
桜「うん♪」抱えて曲空。