『ミモザ色の風』4
アオイが山奥の集落を訪ねたのは、
アオが孵化した数年後だったようです。
スオウは、この事を40年程後にずらしたんです。
「待ってくれ! 先生!」
「おい、エルム」
「俺のカミさん、ずっと臥せったままなんだ。
医者なんて、こんな山奥なんかに来やしない。
街に連れて行こうが、診せる金なんか持っちゃいないし……でも、家に有るモン全部で払うからっ!」
「お金なんて……とにかく診ます。
お宅は……ああ、向かいですね。
行きましょう」
「ありがたい!」
「おい、コイツらの治療費は?」
「要りませんよ」
ブルーとエルムが駆け出し、コルクとオーカーが慌てて追った。
「クラレ、そいつら頼む!」
「あいよっ、アンタ!」
―◦―
「おい、サルビア。医者だぞ」
クラレの妻は眠ったままだった。
ブルーはサルビアの呼吸を確かめると、また薬液入り光球を作り、次々と胸元に込め、左手で強い光を当てつつ、右手で患部を探していた。
「かなり前からですよね?
症状が出始めたのは50年程前ですか?」
「やたらと風邪ひくようになったのは、そのくらいだ」
「そうですか……強い光を当てます。
下がっていてください」
すっかり暗くなるまでブルーは輝き続けていた。
窓の外では、漏れる光に何事かと集まった男達が犇めき合っていた。
輝きが収束する。
「ひとまず、命は保てました」
ブルーが振り返った。
「ありがとう! 先生!」
「そんな……」弱く微笑む。
「先生、こっちに座ってくれ」
「ありがとうございます」
「で、サルビアさんの病気って……?」
「それは……俺が半人前で……すみません」
「先生……禍黒なんだろ?」
エルムの無理に笑おうとした顔が歪んだ。
コルクとオーカーが驚きで息を呑む。
「それは……」
エルムは大きく息をついた。
「俺とサルビアは軍医の助手をしていたんだ。
治癒を持っていなくてな。
助手しか出来なかったんだよ。
軍だから治すのは怪我ばっかだったが、それでもな、病気の知識は経験から多少は有るんだ。
サルビアは何も言わず、静かに痛みを堪えていたんだろ?
もう手遅れなんだろ?」
「俺は禍黒を不治の病だとは思っていません。
その治療に関する研究も大きな課題なんです」
「だったら、これからの為に、先生の研究にサルビアの身体を使ってくれ。
禍黒に絶望しなくていい未来を作ってくれ。
俺は……もう何年も前から、そうなんだろうと諦めていたんだ。
だからもういい。
家族が、こんな思いをしなくていい世に早くしてくれ。
出来るなら、あまり苦しまずに逝かせてやってくれ……お願いします」
「そのお申し出は、とてもとても有難いです。
ですので、半分だけ……受けさせてください。
俺はサルビアさんも治したいんです。
治療法確立の為に、試させてください。
その部分だけ、お願い致します。
禍黒は治せます。
ただ……魔人の協力が必要なんです。
地下界に行けなければ進まないんです。
ですので大至急、地下界への道を探します。
少し猶予が出来ましたので、その間に――」
「儂も魔人だが、協力とは如何な事だ?」
「えっ!?」「あっ!」
声に振り返ると窓際の壁に凭れて、初老の男が立っていた。
声で気付いたコルクは、その男の視線に射竦められていた。
「魔人……?」
「人姿では信用出来ぬか?」
「いえ。その闇の気、確かに魔界の方ですね」
「儂はハザマの森から天界に入った。
強い光を見付け、ここに来たのだ」
「神眼と掌握はお持ちですか?」
「持っている。
魔人には珍しく治癒もな。
基属性は闇。
助けられるか?」
「十分過ぎる程です。
どうかお願い致します」
「儂も、その治療方法が知りたい。
禍黒には魔人も困っておるが、魔人には治癒持ちが少ないからな。
基属性の光は必要なのか?」
「有るに越した事はありませんが、無くても治療出来る筈です。
治癒さえ有れば、ですけど。
それで、竜宝薬が必要なんですが、材料の中に地下界でしか採取出来ないものが有るんです」
「ふむ。書いてくれるか?」
ブルーは頷くと、一度も手を止める事なくサラサラと材料の名を連ねていった。
大人達は、全て覚えているのかと驚愕していた。
それと同時に、少年にとっては初めて見るであろう魔人、しかも威厳の塊のような男に、全く臆する事なく話していた事にも、今更ながらに気付き、驚きで言葉を失い、ただ互いを肘で小突き合っていた。
「これです」紙を差し出した。
「……ふむ。揃えると約束しよう。
明後日、この場にて、でどうだ?」
「はい。では、その時に、ここで調合します」
「そうか。作り方も教えてくれるのだな?」
「当然です。
お願いしているのは、こちらですので」
「儂が魔界に広めてしまってもよいのか?」
「お願い致します。
どうか多くの患者を救ってください」
魔人は呆れたと言いたげな視線を向けた。
「少しは欲を持て。
ま、悪いようにはせぬ。
では、明後日だ」
「はい。
宜しくお願い致します」
深く頭を下げたブルーに、魔人は光を放ち、包み込んだ。
ブルーから力が抜け、倒れかけたのを魔人が支え、抱えた。
「な……何を……?」
「疲れ過ぎだ。故に眠らせた」
スタスタとエルムの家を出、コルクの家に入って行った。
「え? ・・・ええっ!?」
コルクが大慌てで追い、エルムとオーカーも続いた。
「なっ、な、何をっ!?」
「騒ぐのならば出て行け」
男達を睨んだ後、光球の上で眠るミモザを見、光球を膨らませると、同様にブルーを横たえた。
「ライラの子の内ひとりは、天人でありながら闇障持ちだ。
闇の神を倒す者なのだ。
互いを護り合えるようになる迄は、『光』と『闇障』は接触してはならぬ。
危険が増すだけだからな」
「その……『闇障』とは……?」
「闇属性を強化する天性だ。
本来は魔人にしか存在し得ない天性なのだ。
それが天人に備われば、光を闇に変える強力な天性と成る。
闇の神は『光』諸共、脅威となる『闇障』を消し去ろうと目論んでおる。
あわよくば『闇障』を支配し、己の配下とすべく動いておるのだ」
「もしかして、その子が『光』?」
「そうだ。
だから二人の記憶を封じる。
辻褄は合うようにしておく。
この壺の中の物を出しておけ。
壺は王都では日用品だ。
買った、とでも言えばいい」
コルクは渡された小壺をまじまじと見、逆さにしようとした。
「馬鹿者!
手を入れて出せ。
見た目の数百倍の容量が有るのだからな」
「「「え?」」」男達、顔を寄せ、覗き込む。
魔人は、もう1つ光のベッドを作り、テーブルで寝ている男を移動させた。
「ここに出せばいい。
『光』は、医者を呼びに行こうとしていたコルクと出会った事にしておく。
ミモザは魔物に追われた後、森で気絶していたのを発見した、としておけ。
怪我人は、もう完治しておる。
目覚めたならば各々の家に帰せ」
「……はい」
コルクは壺に指を入れ、触れた物を取り出した。
出すにつれ、その物は大きくなっていった。
出てきた大袋をエルムが覗く。
「食料品だ。村で買った物みたいだ」
「きっと、この袋もだな」
オーカーも覗く。
「小さな壺の中に大きな壺? あ、まただ」
「便利だから使えって事か?」
「そうみたいだな。どれも空っぽだ」
コルクは肘まで突っ込んで掻き回している。
「2つずつ持って帰れよ」
「いいのか?」
「いいよ。あ、本だ」パラパラパラ――
「何だ? もしかして教科書?
見せてくれよ」
「ああ。ほら。
何冊入ってるんだ? どんどん出るぞ」
「凄く詳しいぞ♪ 俺でも解る♪
借りて勉強しようかな♪」
「アンタ、今更かい?」
嬉々としているオーカーにクラレが寄った。
「ほら、見てみろよ♪ 解るんだよ♪
なんで学校では解らなかったんだろうなぁ」
「確かに解いてみたくなっちまうねぇ」
「だろ? コルク、借りるぞ♪」
「ああ。しっかし多いな……初等から高等まで?
あ……医学書!?」
「ミモザちゃんも、治癒とやら持ってるんじゃないかい?
さっき光出してただろ?」
クラレが光を出す真似をする。
「もし……サルビアが治ったら……看護師の勉強なら見てやれるかもな……」
「あの大怪我を治した先生が診てくれたんだから、治るに決まってるよ。
エルムさん、元気出しなよっ」
「おい、お前、そんな軽々しく――」
「治るよ♪ すぐに笑顔が見れるよ♪
アタシは、そう信じてるよ♪」
「治してやる。
『光』と儂が治療するのだ。
治らぬなど有り得ぬ。
その教科書は『光』が作ったものだ。
地方には学校に通えぬ子が多いと知り、教える者が居らずとも学べるよう、工夫を凝らしたようだ。
壺と教科書は、王都からの行商人に会い、買ったとでも言え。
ま、教科書は此奴が配っておる物だ。
行商人にも手当てを渡し、配らせておる。
だから此奴が見ても不思議には思わぬ。
その壺は、生き物は入れられぬ。
人を運ぼうなど以ての外だ。死ぬぞ。
それだけは気をつけろ。
もしも落ちたなら、直ぐに出ればいい。
今後はエルムの家に直行する。
ミモザと『光』を会わせるな」
「その……『光』――その子は一体……」
「……まぁ、王孫を育てておるのだから、このくらいでは動じぬであろうな。
此奴は、この国の第三王子だ」
「「「「えええっ!?」」」」動じた。
「本人は名乗る気など無さそうだからな。
そっとしておいてやれ。
今は、ただの医大生で医司長補佐だ。
医師試験には合格したが、大学院を出る迄は医師としては働けぬそうだ。
しかし腕は確かだ。任せておけ」
「ミモザと同い歳、、ですよね?」
「そうだ。同時に孵化した。
ここに来るのが遅れたのは、先にブルーの所に行っていた為だ。
さて、そろそろ先程の続きを遣るぞ。
エルムの家に移動だ」
魔人はブルーを抱えると、来た時と同様に、スタスタとエルムの家に入った。
―・―*―・―
妖狐王は、ブルーとは何事も無かったかのように挨拶を交わし、去った。
「サルビアさんは明日の朝には目覚めると思います」
「目覚めるのかっ!?」
「はい。病を抑えてはいますので。
ですが、まだ動けないと思います。
安静に、お願いします」
「分かった!」
「それでは、明後日に――」
『アンタ、コルクさん』コンコンコン。
「どうした? クラレ」
オーカーが扉を開けると、クラレの後ろに怪我をしていた3人が立っていた。
「クラウドさん達、次々と起きちまったんだよぉ」
「帰っていいですよ。完治していますから」
「お前らを治した先生だよ」
「「「子供!?」」」
「だけどな、ちゃ~んと先生なんだよ。
サルビアさんも治してくれるそうだ」
「マジかよ……あ! ありがとうございます!」
「「ありがとうございます!」」
「治すのは当然ですので、お礼なんて要りませんよ。
では明後日、参りますので」
照れて真っ赤になったブルーは、逃げるように窓から飛んだ。
「ホントに子供だよな?」
「ミモザと同い歳だ」
「40歳!?」「嘘だろっ!?」
「あっ! そのミモザちゃん、寝てたんだが」
「逃げ疲れただけだとよ」
「「「よかったぁ~」」」へなへなへな――
「ミモザには、あの先生の事は言うなよ。
会わせる気なんて無いんだからなっ!」
「まさか……」
「もう結婚なんか心配してるのか?」
「そーだよっ! 悪かったなっ!」
「あの先生ならいいじゃないか」「なあ?」
「医者となんて玉の輿だろ?」
「ミモザは嫁には出さないんだっ!」
「親馬鹿だ……」「バカ親だろ」
「とにかくバカだよな……」「「ああ」」
「何とでも言いやがれっ!!」
青「あれは心の距離を縮めようと思って――」
ミ「そういう時、誰にでもあんなふうにするの?」
青「ミモザだからだよ。
現に、こうして普通に話せるように
なったじゃないか」
ミ「確かにね……心の壁が弾けたわ」
青「成功したんだから許してよ」
ミ「私に成功したって事は――」ずいっ。
青「おいっ」座ったまま後退る。
ミ「アオにはまだ壁が有るわ」
青「待てっ」
ミ「私の壁だけ壊すなんて許せない」
青「待って! え――」動けない!?
ミ「同じ技が使えるのよ♪
アオに限っては弱点も知っているわ♪
だから解けないでしょ♪」うふっ♪
青「んっ――」
ミ(大好き♡)