『ミモザ色の風』3
アオが、この物語の為に造った山の村には、
フォレスの軍人仲間達が住んでいます。
もっとずっと山深くに住んでいたのを
里近くの山に移住してもらったそうです。
「終わったよ。骨折とかは無いし、病気も無い。健康だね。
それじゃあ送るから、行きたい所を思い浮かべて」
「あ、えっと……ありがとう」
「お礼なんて……たぶん、俺を狙って来た魔物と鉢合わせたんだろうから。
……すまない」
「あなたは?」
「ブルー」
「王子様と同じなのね♪」
「まぁね」
「私ねっ、その王子様と同じ日に孵化したの♪
それだけが、ちょっと自慢なの♪」
「そんなの自慢になるの?」くすっ♪
「自慢よぉ。だって、王子様なのよ?
こんな田舎じゃ、お目にかかれないのよ?」
「そんなものなのかなぁ……」目を逸らした。
「おや? 個紋が反応している……?」
目を閉じた。
「他に誰も居ないのに……」呟いた。
「どうしたの?」
「何でも――もしかして君なのかい?」
「え? 何が?」
ブルーは袖を捲り、左肩を見せた。
「同族が近くに居ると反応しているんだよ」
ブルーの左上腕、肩の近くで、不思議な紋様が明滅していた。
その瑠璃光を見ていると、何故かミモザは安心できた。
「君にも、こんな紋様が有るのかい?」
「無いわよ。ほら」左袖を捲る。
「……そうだね。何に反応しているんだろう……」
「もしかして、それって……王紋?」
「見せてしまったから否定はしないよ」
「じゃあ本物!? 王子様!?」
後退ろうとしたが、すぐに幹だった。
陽焼けしていなければ、青褪めているのがブルーにも判っただろう。
「そんなに怖がらないでよ」
「普通に話してるっ!?」
「変な感想」くすくす♪
「なんでこんな所なんかにっ!?」
「この近くの貴族の屋敷に用が有ってね。
でもまだ約束の時間じゃないから散策していたんだ。
ところで君は、学校は?
こんな時間に何をしていたんだい?」
「まだ学校なんかに入れる歳じゃないものっ!
山奥から買い出しに行く途中だったのっ!」
「そう。じゃあ買い物しないとね。
向こうの村? あっちの街?」
「え? ええっ!? 一緒にっ!?」
「また魔物が出るかもしれないだろ?
どっちに行くの?」
「街なんて行ったことないわよっ!」
「落ち着こうね」光で包む。
「あ……うん。なんだか……爽やかね」
「この光は『癒し』。
治癒と浄化を合わせたもの。
君にも出来るよ」
掌に光球を出した。
「これと同じものを出そうとしてみて」
ミモザの掌に乗せた。
「えっと……」光球を睨む。「こう?」
ミモザの掌に、もう1つ光球が生まれた。
「うん。やっぱり出来た。
その光は、天性・治癒の光。
君も勉強すれば医師になれるよ。
病気は知識が無いと治せないからね。
でも、さっきみたいな怪我なら、もう治せる」
「私……勉強なんて……山奥暮らしだからムリよ」
「だったら、これをあげる。
そういう子供が多いって事、俺も知ってる。
だから、子供ひとりでも勉強できる教科書を作ろうとしているんだ。
まだまだなんだけど、でも使ってみて。
次に会えた時に感想を聞かせてね」
言いながら本を積み上げていく。
「教科書……そんなにたくさん……」
ブルーは小さな壺を取り出すと、教科書を全て、その小壺に入れてしまった。
「入っちゃった……」
「王都では一般家庭でも普通に使っている、集縮の壺だよ。
国中に広める為に工場を造ったから、あと何年かしたら、どこにでも有る物になるよ」
光球を乗せたままのミモザの掌に小壺も乗せ、更に壺を取り出して、小壺に入れた。
「教科書とか壺とか、どこから出てくるの?」
「胸ポケットからだよ。そこにも集縮を入れているんだ」
「すごい壺だわ……」
「買い物した荷物も入るよ。
入れられないのは生き物だけ。
それだけは気をつけてね」
「あんなに本が入ったとは思えないくらい軽いのね……どうなってるの?」
「感じるのは壺の重さだけ。
まぁ、そういう壺なんだ。
じゃあ、村に行こうね」
「うん。あら?」「あ……」
「殿下! 御無事で御座いますか!?」
蛟が飛んで来た。
「うん。見ての通りだよ。
あ、そうだ。
魔物が出たから後日に、と伝えて貰えるかな?」
「畏まりまして御座います」
「このお嬢さんが巻き込まれてしまったんだ。
送り届けないといけないからね。
君は、先に帰って、城にも連絡をお願い」
「仰せの通りに」
恭しく礼をし、飛んで行った。
「ホントに王子様なのね……」
「君と同じ竜の子供だよ。
時間も自由になったし、行こう」
―・―*―・―
ああ、やっと見つけました。
きっとあの娘なのでしょうね。
おや? 一緒に居るのは――
ライラは、ようやく目当ての娘を遠くに見つけ、少し近付いた。
どうやら、あの王子様は、
どうしても娘達と接してしまうようですね。
ラピスとも何度も、引き合うように
会ってしまうのですからね。
その度に、二人共、まだ早いと
妖狐王様に記憶を封じられているのに……。
ミモザも記憶を封じられて
しまうのでしょうか?
あんなに楽しそうなのに――
近付き過ぎたと感じたライラは、家と家の間に入り、少し距離を置いた。
『闇障』はラピスなのか、ミモザなのか、
それとも、残るひとりなのか……
見守り続けられるように、
しっかり護らなければなりませんね。
それにしても本当にラピスそっくりですね。
元気に陽焼けした小さなラピス。
とても可愛い笑顔ですね。
どうかこのまま幸せに――
店へと入る後ろ姿に願いを注ぎ、ライラは飛び立った。
どうしても何度も何度も振り返りながら。
―・―*―・―
「それじゃあ、ここで」
技を使って、集落上空に移動したブルーがミモザの手を放した。
「お父さんに壺の説明してくれないの?」
「出し入れを見せれば誰でも分かるよ。
降下は見届けるから、安心して行って」
「それじゃあ……またね」
「うん。またね」微笑んで手を振る。
ミモザは名残惜しそうに降下した。
木々の向こうに見えなくなり、ゆっくり5つ数えて、
もういいかな?
――と、ブルーが安堵した時、ミモザが急上昇して戻った。
「猟師のおじさん達が大ケガなのっ!
お願い! 治して!」
「解った」
ミモザの手を取り、曲空した。
移動した先は小屋の中で、3人の男がベッドとテーブルに横たわっていた。
「すぐ治療します! 離れてください!」
言いながら、小屋の中を光で満たし、自身も白光を纏った。
「何だと!? 小僧!」
「お医者さんよ! 私も治してもらったの!」
「まさか……」
「本当なの! 信じて!」
「ミモザと同じくらいの子供じゃないか!」
「でも治してくれたのっ!」
父娘が言い合っている間に、ブルーは怪我人達を光で包み、最も重傷な男の治療に掛かっていた。
「ミモザ、手伝ってくれる?
少しでも早く痛みから解放してあげたいから」
「はい! でも、どうすればいいの?」
「その、テーブルの方をお願い。
両掌を翳して。もう少し近づけて。
少しずつ移動して。
患部では掌に違和感があるから。
熱く感じたり、ピリッとしたり、人それぞれなんだけど」
「うん……熱いとこがあったわ!」
「この光を出して患部を包んで」
サッと寄ると、ミモザの両手を光で包み、光球を手の甲に乗せた。
「やってみる!」
「熱を感じなくなったら、次を探して。
複数箇所、骨折しているんだ。お願い」
「はい!」
ブルーはベッドの間に戻り、治療を続けた後、ひとつ頷くと、左掌だけをその男に向けたまま、もうひとりの男の方を向き、右掌だけで治療を始めた。
誰も声を発せない緊張感が支配する、張り詰めた静かな時が過ぎる。
「ミモザ、こっちにお願い」
「あっ、はい!」
「こちらの方に、この光を当てていて」
ミモザとすれ違う時、ブルーは光球を手渡した。
そして、テーブルに横たわる男の治療を始めた。
再び静まり返る。
テーブルの男の頭に光を当てていたブルーが一瞬だけ微笑むと、半球のような小鉢に丸薬を1つ入れ、手で覆った。
手を離すと丸薬は粉末になっており、今度はそこに瓶から水を注いだ。
その薬液を掌に生んだ光球に注ぎ、男の胸元に押し込み、掌を翳して様子を見ると、また頷いて、ベッドの方に向かった。
ミモザが光を当てていない方の男にも、薬液入りの光球を込め、暫く光を当てた。
「ミモザ、ありがとう」
振り返ったブルーは、ミモザに光を当てて微笑んだ。
「これを飲んで休んでね」
薬液入りの小粒な光球を渡した。
ブルーは纏う光を強め、碧色に変えると、重傷の男の治療を再開した。
ミモザは渡された光球を口に入れると、休まず光を当て続けた。
「大丈夫? 初めてなのに」
「私、元気だけが取り柄なの♪」
コルク達は、小さな2人が行う治療を見詰める事しか出来なかった。
「もう大丈夫です」
ブルーがコルク達に言った。
「お前……何者だ?」
「お父さん!」
「ミモザ、疲れたよね? 眠っていてね」
ブルーがミモザを光で包むと、ミモザはカクンと眠りに落ちた。
「ミモザに何をしたっ!?」
「相当疲れた筈です。回復で包みます」
ミモザを支えたまま光球を膨らませ、その上に横たえると、別の光で包んだ。
「回復すれば自然に目覚めます」
「お前は一体……そんな治療は初めて見たぞ」
「俺は、この天性と属性を最大限活用し、竜宝薬を併用する治療を確立しようと研究しています」
「ミモザと同じくらいの子供だよな?」
「はい。全く同じ時に孵化したようです。
不安でしたら大人の医師に診て頂いてください。
……それとは別に、お願いがあります」
「何だ?」
「この方々は魔物と戦ったんですね?」
「そうらしい。
ミモザの帰りが遅いから見に行ったら、ボロボロで転がってたんだ」
「それで挟まれたのか……」
「ん?」
「ミモザさんも魔物に追われていたんです。
おそらく、俺を狙って来た魔物に遭ってしまったんです」
「いや。ミモザを狙った奴らだろう。
ミモザも狙われているんだからな。
だから護衛を付けていたんだ。
俺達は元軍人だ」
「だから結界が……そうか……」
「結界?」
「この山は、遥か上空から強い結界で覆われています。
だから煙を上げようが、魔物には見えません」
「誰が結界なんぞを?」
「神様……かもしれません。
ただの竜ではない。それだけは感じます。
ミモザさんをこの山から出さないでください。
お願い致します」
「……解った。
ミモザは大事な娘だ。そうするよ」
「無理な事を言って、すみません。
それでは、俺はこれで――」
「待ってくれ! 先生!」
青「ねぇ、機嫌直してよ?」
ミ「……知らないもん」
青「ふざけたりして、ごめんね」
ミ「……アオのバカ」
青「うん。そうだね」
ミ「なんて思ってもないんでしょ?」
青「思っているって分かっているよね?」
ミ「うん。でも許さないもん」
青「どうすれば許してくれるの?」
ミ「分かるんでしょ?」
青「教えてよ」
ミ「イジワルの延長だわ」
青「そうじゃないんだけどなぁ」
ミ「だったら……」
青「ん?」
ミ「キスしてくれたら許してあげる♡」
青「え?」
ミ「さっき、しようとしたわよね?」
青「それは……」
ミ「それは、何?」
青「意地悪だね」
ミ「基本、同じだからね」
青「言い方まで真似ないでよ」
ミ「私、許したなんて言っていないわ」
青「え?」