『杏の花影』13
ブルーは全てを話そうとしています。
「アンリは俺にとって大切な存在だから」
そう言うと、ブルーは手を伸ばし、アンリの涙をそっと拭いた。
「話す前に、封印を解かないといけないね。
じっとしていてね」
「封印……?」
「アンリを護る為の封印だよ。
でも、小さくても枷だから……酷い事をして本当に申し訳なく思っているよ。
アンリは、三界を脅かす『闇の神』に命を狙われているんだ。
護る為には知ってはならない事が有った。
だから、調べて知ってしまわないように、心に枷を嵌めていたんだ。
でも、これからは知っている事で護れるように解くからね」
ブルーはアンリの額に掌を翳し、小さく唱えた。
掌の光が輝きを増していき、アンリを包むと、アンリの神眼には錠が弾ける光景が見えた。
「これでもう大丈夫。
これからは疑問に思った事は、すぐに調べようと行動できるよ。
もうひとつ。
この為に、兄弟に集まってもらったんだ」
それを合図に王子達は、アンリの左肩に各々の左肩を寄せた。
「え……?」
「神眼で見ていいよ」
そう微笑んで、また唱え始めた。
服で隠れている王子達の左上腕、肩近くに王族の証である個紋が光を帯びて浮き出る。
綺麗……皆様の鱗色の光だわ……あ――
もうひとつ光が加わった。
チェリーの光が増えたの?
まさか!?
その光はアンリの左上腕から発していた。
新たな光が強く輝いた後、8つの光は呼吸を合わせるように明滅し始めた。
「アンリも王族なんだよ。
エレーナ家は公爵。王族なんだ。
『闇の神』は、王族を目の敵にしている。
だから隠していたんだよ。
チェリーが結婚を急いでいるのも、その為なんだ。
魔竜の王族は、長老お二方とインディ女王陛下しか残っていないんだよ。
魔界の方が『闇の神』に近くて危険だからね」
「チェリー……魔界に行ってしまうの?」
「ディディを支えたいから行くけど、平和にするのが優先だから、これからも一緒に戦うよ。
だから、これからも相棒よろしくね」
「王族としての学びはブルーに任せる。
成人の儀はチェリーと共に、でよいか?
――では、そのように進める。
我々は、これにて失礼させて頂く。
ブルー、続く話は頼んだぞ」
「はい。
手続き、お願い致します、ゴルディ兄さん。
皆、ありがとうございました」
「ブルー、ひとりで抱え込むなよっ」
プラティがブルーの肩を叩く。
「これからは私達も研究所に出向きます」
「頼ればいい」
ウィスとカーマがアンリに言った。
「オレも仲間に入れてくれよなっ」
「じゃあ給食係ねっ♪」
オニキスの腕にチェリーが抱き付いた。
「では、また。次は城で会おう」
ブルーを残して、兄弟6人はアンリに微笑みを向け、曲空して去った。
「これだけでも、かなり驚いているだろうけど、全て話すと決めたから続けるよ。
話すと決めたのは、ラピスが目覚めたからなんだ。
アンリの光が目覚めさせてくれたんだよ。
ラピス、入って」
扉が開いた。
「あ……」
「アンリ、君の姉だよ」
アンリがラピスの胸に飛び込んだ。
「「会いたかった……」」
溢れた想いが重なった。
「二人とも、座って」ビリジアが導いた。
アンリはラセットとビリジアに挟まれて座り、ラピスはブルーの隣に座った。
「アンリ、見ての通りラピスは同腹の姉だよ。
二人共、エレーナ家の養女なんだ」
ビリジアがアンリの手をぎゅっと握り、ラセットがアンリの肩を抱いた。
「それは事実だけれど、アンリは私達の娘よ。
そう思って育てたの。
私の子供達が戻ってきてくれたと思ったの。
私は……卵を身籠ってすぐに大病を患ったの。
その時、ブルー先生を知っていれば、きっとアンリは、お兄様やお姉様に囲まれて育ったのでしょうね。
でも、その時のお医者様は、意識を失った私から、病と共に子供達も取り出してしまったの」
「そうしなければビリジアの命が失われていたのだ。
そうするより他に無いと……」
「ラセットには感謝しかないわ。
ですから、そんなお顔をなさらないで、ね?
子供達は、せめて胎内で1年経っていれば、胎外でも育ったのでしょうけど……みんな旅立ってしまって……。
二度と子を得られなくなって絶望していた私に、ブルー先生が卵を託してくださったの。
私にとっては希望の光そのものだったわ。
ブルー先生が、私のお腹の大きな傷痕も、すっかり綺麗に治してくださったから、生まれ変わった気持ちでアンリを育てたのよ。
ですから、アンリは私達の娘なの」
「これからも……私……娘で、いいの?」
「もちろんよ。ずっと私達の娘よ。
ラピスさんも、これから娘になってね?」
「ありがとうございます」
「さっきから何度もお願いしているのに、まだ呼んでくださらないのね?」
「あ……お母様……」
「はい♪」
「あの……私にも『さん』は……その……」
「あ♪ そうねっ、ラピス♪」
「はい、お母様。
これから娘として宜しくお願い致します。
お父様、お母様」
「私、自分の病弱さをずっと悲しく、恨めしく思っていたわ。
でも、だからこそ出会えた娘達が、ここにこうしているのよね。
ブルー先生、幸せをありがとう」
「いえ、そんな……大した事なんて、俺――」
「私、もっと生きていたいの。
これからもお願いしますね」
「それは勿論! 全力でっ!」
「あ♪ もうすぐ息子になってくださるのね♪」
「あ……そうですね。
宜しくお願い致します」
「ビリジア、同じ王族でも相手は王子なのだから、失礼は程々にしなさい」
「構いませんよ。
ずっと前からお願いし続けているでしょう?
年長者から畏まられると居心地悪くて仕方ないので、おやめくださいね」
「そうは仰るが、隠していた間はともかく、これからもなどと――」
「息子に遠慮する親は居りませんよ」
「そうよね♪」うふふ♪
「話を逸らせてしまって、ごめんなさいね。
ラピス、本当のご両親の事、教えてくださる?
アンリに伝えたい事もね」
「はい。
両親だけでなく、祖父母も、親族は皆、亡くなっております。
ですので、両親のどちらが王族だったのかは、もう知り得ようもありません。
ですが可能性としては、父かと。
父方の祖母の死後、祖父が両親に、実子ではないと話したそうです。
ハザマの森で拾った卵だと」
「それは、いつ頃の話なの? ラピス」
「600年程前であろう。
何か心当たりが有るのか? ブルー」
「うん……調べてみるよ。
お母様の方は? 全くなの?」
「そのような素振りは全く無かったぞ」
「そう……?
肩の辺りに常に装飾品を着けていたりしなかった?」
「そういえば着けていたな。祖父母も母も。
両肩から上腕にかけてもの大きな銀の飾りを常に着けていた。
祖母は防具だと言っていた。
もしや、個紋を隠す為と考えているのか?」
「王族を離れた方が、よくそうなさっているんだよ。
左だけだと、あからさまだから両肩にね。
それにご家族揃って着けたりもするんだよ。
お祖父様とお祖母様のお名前は?」
「祖父はウォーレ、祖母はサフラ」
「「えっ!?」」
ブルーとラセットの驚きが被った。
「まさか……」「パープル前王の妹君……」
「そんな高貴で御大層な御方なものか。
粗暴で豪快な女傑そのものだったぞ」
「「間違いない……サフラ様だ」」
「ラセット……本家の方を養女になんて……どうしましょ……」
「それはお気になさらず。
何も判っていない卵を快くお引き受けくださったのです。
何も問題など有りはしません。
俺はエレーナ家から妃を娶ります。
父方の方も……600年前のハザマの森。
ひとつ可能性は思い当たっています。
もしもそれが当たっていれば、ラピスとアンリのお祖母様は、どちらもシャルーナ家の方です。
ですが、ルーツがどうであれ、今のラピスとアンリは、ラセット様とビリジア様の娘です」
「ありがとう……ブルー先生」
「もしや可能性とは――」
「あくまで可能性です。
憶測は、ここまでにしましょう。
一層、御大層になってしまいますから」
「……その通りだな」
「ラピス、続きを」
ラピスは頷き、続けた。
「親族は皆、幼い私と、いつ孵化するとも知れぬ卵を護り、亡くなってしまいました。
親族の事は、これだけで十分でしょう。
頼る者が居なくなり、私は同腹の卵を護り、生きる為に軍人学校に入りました。
そして特級修練でブルーと出会ったのです。
全てを失ったと思っていた私に、ブルーは全てを取り戻させてくれたのです。
私は奨学金を受けていましたので、義務赴任を完了しなければ退役も出来ませんでした。
ですので、卒業後はブルーと離れておりました。
5年後、偶然 再会したのは戦場で……直後に私は命を落としかけてしまったのです。
アンリ、見守る事も出来ず、ごめんなさい。
ブルーが隠したり、封じたりしたのは、全て私のせい。失う事を怖れた為。
だから、ブルーを恨まないで。
恨むのなら私を恨みなさい。
これからは、私に縛られず、幸せになりなさいね」
「お姉様、私は幸せに生きて参りました。
ですので、何方かを恨むだなんて……お護りくださった方々に感謝するばかりです。
お父様、お母様、お兄様、お姉様。
生きさせてくださり、ありがとうございます」
「私は眠っていただけなのだが……」
「ラピス=カムルス様は、私の目標とする女性なのです。
その再来と呼ばれ、私はずっと、目指し、追い続けていたのです。
ですので、これからはお側に置いてくださいね。
たくさんお話ししたいのです♪
あっ♪ お墓参りにお連れくださいますか?
命をお与えくださった両親にもお礼を申し上げたいのです」
「ラピスが卵を預けていたお宅にも行ってみないか?」
「はい♪ ぜひ♪」
「そうか。ブルーも知っているのだな。
しかし6000歳を越えていた筈だが……」
「うん。今もお元気だよ」
「どうしてそれを?」
「よくお会いしているんだ。
恩人なんだから当然だよ」
「行ってみたいわ! お話ししたいの!」
「今から?」
「お兄様♪ すぐ行動できるように封印を解いてくださったのでしょう?」
「なら、着替えてからね。
驚かせてしまうからね」
「私は、とっても驚いたわ」頬を膨らませる。
「このくらいしないと礼を失するからね。
では、ラセット様、ビリジア様。
少し出掛けさせて頂きます」
「お姉様♪ 一緒に着替えましょ♪」
ラピスはアンリに引っ張って行かれてしまった。
「すっかり懐いてしまったわね」うふふっ♪
「拍子抜けな程に、すんなり受け入れてくれたな……」
「素直な可愛い娘に育てたのは、お二人ですよ?」
「あら♪ そうね♪
ブルー先生はお着替えなさるの?」
「そうですね」
小さな壺を取り出し、口を自身に向けると、一瞬で普段着に変わった。
「あらまあ♪ 便利ねっ♪」
「装美の壺を改良したものです。
普通は竜体から人姿になる際の気で発動しますが、これは着替えたい時いつでも発動できるんです。
これもカーマなんですよ」
「カーマ様は何でもお作りになるのね♪」
「ですので、頼りにしています」
「ブルー君……その……アンリの事は――」
「今は言わないの。もうっ、ラセットったら」
「ラピスからも姉妹揃って妃に、とは言われましたが……俺には……とにかく、もう暫くこのままでお願いします」
蘇「もう町くらいに大きいじゃないか」
青「あの店が流行っていてね、王都からの
旅行客も来ているんだよ」
蘇「料理店?」
青「うん。猟師料理だよ。
山の集落から食材と木炭を運んでいるんだ。
昼食は予約しているよ。
雰囲気が分かると思うから」
蘇「楽しみだ♪」
青「じゃあ、山の集落に行こう」
蘇「もう山ミモザの花は終わったかなぁ」
青「まだ残っていると思うよ」掴んで曲空。
青「今日は診察日じゃないから、上空からね。
俺が行くと、患者さんが慌てて来て
しまうからね」
蘇「そうか……残念だけど仕方ないな。
でも、雰囲気はよく分かったよ。
確かに黄色い集落だな♪」
青「全部、山ミモザの花だよ。
あ、クラレットさんだ」
アオが手を振ると、洗濯物を干していて
気付いて見上げていた女性も振り返した。
蘇「行かなくていいのか?」
青「診察日は明日だからね。
明日、事情を説明するよ」
蘇「王都だと人界の色名が普通だけど、
離れると昔ながらの名前になるんだな」
青「そうだね。半々って所かな。
皆さん、そのまま使ってもいいそうだよ」
蘇「助かるよ」