『杏の花影』10
スオウはアオ達に読ませた後で、前話の
チャコルの部分を追加しました。
チャコルから話を聞き、帰宅したアンリは、自室の窓辺で璃双杏の大木を見詰め、考えていた。
ラピス=カムルス様と私は、
見間違う程に似ている。
そんな存在は、同腹以外に考えられない。
でも、年齢差が……有り得ないわ。
当時の副長、ブルー=メルング様は、
きっと、お兄様よね。
『ブルー』も『メルング』も珍しくないけど、
チャコルさんはチェリーを見て
『副長』と仰ったのだから、
お兄様で間違いないわ。
ラピス様は、お兄様を副長にしていた
とてもお強い女性。
あのブルーお兄様よりも、なんて……
ラピス様とお兄様は、竜体がそっくりで、
『双青輝』と呼ばれて活躍していたのに
記録は消されて……
仮に戦死しても、行方不明でも、
そうまでされるなんて有り得ないわ。
どうして……?
チャコルさんは言葉を濁して
教えてくださらなかったけれど、
ラピス様は行方不明なのだわ。
お兄様も行方不明のような仰りようだったわ。
お元気なのに、どうして?
ラピス様が、お兄様の恋人なのよ。
眠ったままの方がラピス様……
だとしても、どうして隠しているの?
分からない事だらけだわ……
どうして教えてくださらないの?
私は知ってはいけないの?
どうして?
誰か本当の事を教えてよ!
―・―*―・―
『神の水』とも呼ばれる、最強の聖水、神聖光輝を作る準備をしている筈のウィスの気へとブルーが曲空すると、竜宝薬研究所に出た。
「ブルー兄様、お帰りなさい」
ウィスが嬉しさを零れさせた。
「ここで作っていたんだね。
珍しくアンリは早く帰ったんだね」
「アンリ、考え事してる~」
チェリーは材料を並べ、古文書と照合していた。
「器具は、これでよいか?」現れた。
「ありがとうございます、カーマ兄様」
「カーマも来てくれたのか。ありがとう」
「人界の材料も、カーマ兄貴が持って来てくれたんだよ♪」
「お~い、始める前に食っとけよ」
オニキスが料理を運んで来た。
「オニキスまで来てくれたのか。
皆、ありがとう」
「ブルー兄貴♪ 魔莉花は?」
「ああ。これだよ」
「揃ったね~♪」
「冷める前に食えってぇ」
「兄さん達は……ああ、深蒼の祠に居るんだね」
「魔人さん、浄化してる~♪」
「食事なら運んでやっから――あ……」
長兄と次兄が現れた。
「ゴルディ兄貴♪ プラティ兄貴も~♪
魔人さん達は?」
「魔界から王様が来て、連れてったよ♪」
プラティがチェリーの頭を撫でる。
「回復した後、地下より安全な天界に住む事を望まれる方の受け入れは、父上が約束された」
ゴルディが微笑み、弟達ひとりひとりと目を合わせていった。
「手伝える事、有るのか?」
「その前に食えってば!」
「そうしよう。皆、席に着くように」
―・―*―・―
「アンリ、お食事は?」
「あ……お母様……」
「あら……こちらに運ぶわね。
スープだけでも、ね?」
「ありがとうございます、お母様」
ビリジアは、一度、娘を抱き締めてから部屋を出た。
近くに居た執事に食事の事を伝え、もう一度アンリの部屋に戻ろうとした時、
「またアンリは泣いていたのか?」
背後から心配そうなラセットの声がした。
「そうなのよ。ねぇ、あなた。
なんとかブルー先生に受け入れて頂けないかしら?
アンリが可哀想で……」
「ブルー君がラピスさんの他に妻を得ようなどと思うものか。
それこそアンリが不幸になると思わないか?
そう私を説得し続けていたのはビリジアではなかったのか?」
「でも、あまりに……」
「私にとってもアンリは可愛い娘だ。
アンリの幸せに繋がるか否かは分からぬが、ブルー君とは話してみるよ。
他の解決策を探す為、になりそうだが」
「お願いしますね」
そこに食事が運ばれて来た。
「ありがとう。あとは私が」
「畏まりまして御座います」
ワゴンを引き渡した執事が去ると、
「でも……ラピスさんも私達の娘なのよね。
どうしたら二人とも幸せにできるのかしら?」
呟いて、ビリジアはアンリの部屋に向かった。
―・―*―・―
「あ~あ、アンリってばラセット様とビリジア様のお話、神眼で聞いちゃったよ」
「そうだね。更に急がないといけなくなったね」
「ビリジア様がアンリの部屋を出たら、アンリがここ来ないよぉに引き留めに行くよ」
「ありがとう、チェリー」
「では、急いで掛かろう。
石の類いは全て粉末にすればよいのか?」
「はい。お願い致します。
植物は、使用部位を集めますので、乾燥後、擂り潰してください。
オニキス兄様、優しく風乾お願いしますね。
ゴルディ兄様、ブルー兄様。
古文書の、この辺りに記されている通り、治癒と属性の光を混ぜて、こちらの蒸留水を浄化して頂けますか?」
兄達は作業に掛かり、チェリーは璃双杏の枝へと曲空した。
―・―*―・―
ビリジアの慰めの言葉も、上の空なアンリには届いておらず、食事も全く進んでいなかった。
どぉしよ……これじゃビリジア様
アンリにつきっきりだよねぇ。
でも、アンリを納得させとかないと、
いつ行っちゃうか分かんないからなぁ。
正面から会いに行くっきゃないよねぇ。
ここで見てるだけなんて時間ムダだし、
ホントしょ~がないなぁ――
チェリーが玄関に曲空すると、丁度ラセットが出て来た。
「おや、チェリー君。どうしたのかな?」
「研究所でのアンリ様の様子が気になって、来てみたんです。
今どうしていますか?」
「そうか……おそらく、まだ泣いているのだろうな。
それで私がブルー君を訪ねようかと思っていたのだが……ブルー君は一緒ではないのだね」
「兄の家に寄ったのですが留守でしたので」
「出掛けているのか……それでは行っても仕方がないな」
「後で、もう一度訪ねてみます。
明日にでも、こちらに伺うよう伝えますよ」
「そうか。ありがとう。
では、アンリに会ってくれるか?」
「はい。
僕では解決できる事ではありませんが、話させて頂けますか?」
「そうしてくれるか?
こういう時、父親は無力だな……あ、いや。
つい愚痴を言ってしまったな。
宜しく頼むよ」
そしてアンリの部屋へ――
「あらまぁ、チェリー君、いらっしゃい」
扉を開けたビリジアが、にこやかに迎えてくれた。
アンリも顔を上げ、何か言いたげにしていた。
振り返った時、それに気付いたビリジアが、
「二人だけでお話しした方が良さそうね」
ラセットを連れて出て行った。
「チェリー……」
「うん。知ってるコト話そうと思ってね。
でも、その前に食べなよ。
あんまりご両親に心配かけちゃダメだよ」
「うん……」
「食べなきゃ話さないよ。
温め直してあげるから」光を当てた。
「チェリーって……便利ね」
「次からは自分でしなよ。おんなじ光でしょ」
「優しいんだか、冷たいんだか……」
「だって、俺はアンリの恋人じゃないもん。
どぉしてそこまで優しくしなきゃなんないの?」
「でも、来てくれたのね」
「まぁね。相棒だからね」
「相棒かぁ……チェリーを好きになっていたら、それも楽しかったんでしょうね……」
「俺、帰ろ」
「ちょっと! 話してくれないの!?」
「俺と居たくないんでしょ?」
「そんな事なんて言ってないでしょっ!」
「じゃあ、サッサと終わらせたいから、早く食べてよね」
「ホント、優しいんだか、冷たいんだか」
「帰る」
「ゴメンってば!」
「ソレ、謝ってる?」
「……ごめんなさい」
同様の会話を繰り返しつつ、アンリは完食した。
「俺だって孵化してなかったんだから、あんまり知らないんだけどね」
そう前置きをして、チェリーは話し始めた。
「兄貴の『眠り姫様』は、ラピスさん。
兄貴が結婚を約束してたヒトだって。
チャコルさんの話、チラッと聞こえたから、交替の時に兄貴に聞いたんだ。
ラピスさんは大怪我して眠ったままになってしまったんだって。
地下界に巣食ってる『闇の神』ってヤツに、ずっと命狙われてたみたい。
だから兄貴はラピスさんの全てを隠したんだ。
『闇の神』にラピスさんは死んだと思わせる為にね。
実は、兄貴と俺も、ずっと『闇の神』に狙われてたんだ。
卵の頃からなんだって。
理由は『闇の神』に会って聞かなきゃ分かんないんだけどね。
そんなだから、今は無抵抗なラピスさんにまで害が及ばないよぉに、兄貴自身も隠れたんだ。
兄貴の家って、物凄い結界なんだよ。
兄貴がアンリを護ってるのは、接してしまったから。
アンリが孵化する前にもビリジア様は大病を患ったんだって。
それで親戚で医師な兄貴が、ここに通ってたんだ。
ビリジア様って医者嫌いだから。
兄貴が、そんな理由で隠れて暮らしてるなんて知らないラセット様が、アンリと会わせちゃったからね。
兄貴は心配で、ずっとアンリを見てたんだって。
ラピスさんに似てるから、心配で仕方なかったって」
「ラピス様と私は……同腹ではないの?
ラピス様も、この家の娘ではないの?」
「ラピスさん、兄貴よりずっと歳上らしいよ。
俺と兄貴の年齢差でも奇跡だとか何度も言われたんだよ?
有り得ると思う?」
「でも……お母様が娘だって……」
「養女なんじゃない?
貴族に嫁ぐんだから、そゆのアリアリでしょ?」
「あ……そっか……」だから『さん』付けなのね。
「納得した? 眠れそぉ?」
「あ……うん」
「何? まだ納得しきってなさそぉだね」
「チェリーは軍人学校に行ったの?」
「行ってないよ。
俺、狙われてたから、閉じ込められてたんだ。
フツーの学校にも通ってないよ。
兄貴が全部教えてくれたんだ。
で、高等の卒業資格取得して、大学は通信」
「それで竜宝学博士にまで?」
「なったよ」
「凄いね……それに、羨ましい……」
「俺と一緒に居た時間と同じくらい、その木の枝に兄貴は居たと思うよ。
兄貴の気が染み着いちゃうくらいにね」
「え? あの感じは本当にお兄様だったの?
お母様が慰めてくださっただけなのかと思ってたわ」
「ホントだよ。しょっちゅう来てたんだよ。
兄貴の分身みたくなっちゃってるからね。
だから余計なコト考えずに、兄貴のお嫁さん目指して頑張りなよ。
兄貴はラピスさんしか考えてなさそぉだけど、アンリだって嫌われちゃいないんだから。
グジグジ暗ぁくしてたら嫌われちゃうよ?」
「グジグジって……」
「してるでしょ?
今夜は、ちゃんと寝なよ。
誰かさんのお陰で俺も眠いんだからね。
もぉ来ないでね」
「ねぇ……どうして私、大学と軍人学校では
『カムルス』を名乗るように言われたのかな?」
「貴族としてチヤホヤされたいヒトだけがフツーに姓を名乗るって聞いたよ。
甘やかされないよぉに、良識あるオトナになれるよぉに、って愛情でしょ。
で、知ってる庶民的な姓が、ラピスさんの『カムルス』だったってだけじゃない?」
「そっか……」
「廊下でビリジア様が心配そぉだから、俺は帰るよ」
「チェリーってばっ」
「まだ何?」
「あ……明日から頑張るからっ」ありがとう――
「うん。じゃあ、また明日」にこっ。
チェリーは部屋を出た。
その、お兄様と同じ笑顔は……今は辛い……
お兄様からの笑顔が欲しいからよね……
お兄様は、チェリーには話したのね。
私には?
チェリーは口止めされなかったのかしら?
お兄様が私に話すように仰ったのかしら?
やっぱり私は嫌われて――あ……これが
チェリーの言う『グジグジ』なのね?
だったら、こんなふうには
考えてはいけないのだわ。
希望を持って、前を向いて。
難しいけれど、そうしなければならないの。
「アンリ……あら♪ 食べられたのね♪」
「お母様、心配かけて、ごめんなさい」
「心配は親の特権。だからいいのよ。
ねぇアンリ、今夜は私の部屋に来ない?」
「行きます♪」
「そう♪ では、支度しましょ♪」
「はい♪」
スオウの家からアオの屋敷に移動し、
ドンチャン騒ぎの後、やっと来訪者達が
寝静まった夜中――
瑠「良い奴等だ」
青「そうだね」
瑠「しかし、ミモザは大丈夫だろうか……」
青「そうだね。アンズにはサクラの足跡が
有るけど、ミモザには何も無いからね」
瑠「ミモザの部屋に行く」立ち上がる。
青「アンズが行ってるよ」
瑠「そうか……」座り直した。
青「だからミモザには、俺が接触していた事に
したんだ。友達も居ないけど……架空の人
ばかりだけど、俺は居る。
作り話ばかりだけど、俺だけは現実。
作った過去も、ミモザの記憶も俺と共に。
これから、家族としても共に。
これからはルリもアンズも共に」
瑠「妹達には両親が三組も居る」
青「そうだね。皆で家族だね」
青「あ……それで思い出したけど、
ルバイル様と約束していたんだった」
瑠「今から行くのか?」
青「静寂の祠の外にいらっしゃるよ。
ルリも一緒に、ね?」
瑠「ふむ」