『杏の花影』7
オニキスも登場しました。
勿論オニキス様にも御許可頂いております。
ブルーがアンリの肩を包み込むように抱いた。
「俺達も同じだから……知る迄の俺達も、アンリと同じだったんだよ。
俺達も……魔物は『闇の神』が作った、魂を持たない『物』だと信じていたんだ。
だから害を被る前に倒さなければならないと……そう、教えられた通りに信じて疑わず、命を奪い続けていたんだ。
偶然だった……魔物が闇禍を放つから、盾に浄化を込めていたら、それに触れた魔物が、黒々とした姿から、人の姿に変わったんだよ。
でも、その方は亡くなった……浄化が強過ぎたんだ。
それから試して試して……やっと今の形に出来たんだよ。
でも、まだまだなんだ。まだ半々なんだよ。
闇禍との結合が強いから、少し浄化が強いだけでも闇禍諸共……滅してしまう事になってしまうんだ。
易々と信じてもらえる事ではないし、方法も確立していない……だから、まだ誰にも話せていなかったんだ。
最初の偶然の時、チェリーが一緒に戦っていたから、孤独でなかった事だけは救いだったけど……アンリには話すべきだったね。
だから、話していなかった俺が悪いんだ。
アンリは悪くないんだよ」
ブルーの声は、どこまでも優しかったが、アンリは泣き続けていた。
制止を聞かず放った自身の光が、多くの命を奪ってしまった事を知ってしまった。
まだ誰にも話せる段階でない事実を抱えて苦しむブルーが、優しさで隠している大きな悲しみを垣間見てしまった。
押し寄せる後悔で潰れそうなアンリの心に、優しさを纏った『手』が見えた。
心の隅で小さくなっているアンリを、その『手』は、ぬくもりで包み込んだ。
「まだまだ多くの人々が魔物にされてしまっているんだ。苦しんでいるんだよ。
これから、一緒に闘ってくれるかい?
まだ知っていない誰かが攻撃してしまう前に、魔物にされてしまった方々を救出する闘いを俺達と共に、してくれるかい?
大切なアンリを巻き込みたくはなかった。
けれど……これからは俺達を助けてくれるかい?」
「私……助け……られる……?」
「アンリの力は、俺にとって凄く大きいんだよ」
「お兄様……」
アンリが涙でぐちゃぐちゃな顔を上げた。
ブルーが悲しさを漂わせて微笑み、その涙を浄化で優しく撫でるように消した。
「泣かせて……すまない……」「ぁ……」
囁いたブルーの唇が、ほんの僅か、一瞬だけアンリの額に触れた。
それは偶然ではなく、確かに口づけだった。
直後、強く抱き締められたアンリは、そう確信した。
お兄様……さっきのは――ううん。
元気づけてくれたのよ。
無理矢理に教えてもらっておいて
落ち込んでなんかいられないわ。
忘れてはならない事だけれど、
乗り越えなければならない事なのだわ。
そうよ。
私は決めていたのだわ。
ずっとずっと前に決めてたの。
私がお兄様を護るの!
ここで逃げたりなんか出来ないの!
立ち上がって前を向くの!
アンリの瞳に光が戻ったのを見てブルーが微笑んだ。
その微笑みは、いつものブルーの、優しさしか感じられない微笑みだった。
「アンリ、この光を真似てみて」
掌に光球を作り、アンリの掌に乗せた。
「はい」
真剣にブルーの光球を見詰め、もう一方の掌に光球を作る。
「流石、アンリだね。
初めてなのに、上出来だよ。
治癒も開いたから、この方々の浄化を手伝ってくれるかな?」
「えっ?」
「研究の方が忙しいのなら、そっちを優先していいよ」
微笑みを湛えたまま立ち上がる。
「そうではなくてっ!
治癒って……開いたって……」
困惑して見上げているアンリの手を取り、引いて立たせたブルーの微笑みは、少し悪戯っぽく変わっていた。
「さっきの光は浄化。天性、治癒の光だよ」
「それを真似たから……」
「そう。アンリの治癒も開いたんだよ」
「なんだか騙された気分だわ……」
「普通に治癒の有無を確かめる方法だよ。
この方法なら、確かめるのと同時に開く事も出来るんだ。
天性、治癒は、その名の通り、病気や怪我を治す『治癒』の力を由来としている。
他にも主な力が2つ有るんだ。
生命力や体力を回復させたり向上させる『回復』の力。
治療時に使ったり、弱い呪を清める『浄化』の力。
この3つの力を混ぜる事で、様々な効果を生み出す事も出来るんだ。
ビリジア様の治療の時、光で包んでお眠り頂いたのは覚えているかい?
あれは治癒の力を混ぜた『眠り』と呼ばれている光なんだ」
ブルーは説明しながら魔人達の間を縫って進み、魔人を包む光球に天性の光を込めていった。
アンリも向かい合って、ブルーを真似て光を注いでいった。
「『相殺』って?
あの時、そんな言葉も聞こえたわ」
「よく覚えているね。それは光属性技だよ。
だからアンリも出来るよ」
「私……医師になれるの?」
「なれるよ。
今は『治癒』を持っている事が第一条件だからね。
でもそれも変えるつもりだけどね。
竜宝薬で治療する医師も認めてもらうつもりなんだ」
「誰に認めてもらうの?」
「王と国民……かな?」
「だから王子様とお友達になったの?」
「それは別だよ。
立場を利用したくて近づいたんじゃない。
気が合うから一緒に居るんだ。
アンリ、次の部屋に行こう。
あ、その前に、光を確かめてもいいかな?」
「はい。お願い致します」掌に光球を出す。
ブルーはアンリの光球を掌に乗せ、嬉しそうに目を細めた。
「全くブレていない。アンリは凄いね」
「お兄様のご指導が良いからだわ」
「兄貴~♪ 他の部屋、終わったよ♪」
姿が見えなかったチェリーが、戸口でぴょんぴょんしている。
「ありがとう、チェリー」
「でねっ、ウィス兄貴からコレ♪」
集縮の大壺を出した。
「中身は?」
「聖輝煌水だって♪
再現できたから使ってって~♪」
「あれも竜宝薬だよ。
魔人の皆さんに飲ませよう」
アンリに説明すると、ブルーは瓶を出して、大壺に向かった。
―・―*―・―
その夜もブルーは、いつものようにラピスの部屋で語りかけていた。
「ラピス、目を開けてよ。
アンリが似すぎて困っているんだ。
うん。同腹だから同じ顔なのは当然だけどね。
そうじゃなくて、表情とか、瞳の輝きとか、そういうのが同じなんだよ。
重なって仕方ないんだよ。
アンリも130歳になったんだ。
成人も近くなったから
もう『小さなラピス』じゃなくなったんだ。
声までもが似ているんだよ。
もちろんアンリはラピスじゃない。
俺にとっては、やっぱり妹だし、半分くらいは娘だと思っているよ。
でもね……あ、そうだ。
今日、アンリの治癒が開いたんだ。
光を持って帰ったから、ラピスも確かめてよ。
いい感じだと思うんだ」
ブルーは掌にアンリの光球を出し、ラピスの手を取り、掌に込めた。
「どうかな? 初めてだから、まだまだだろうけど――おや? ラピス?
目覚めたの? ラピス?」
ブルーはラピスの気が揺れたように感じて、ラピスの気に集中した。
確かに動いたよね……あれは、ほぼ浄化。
これまで俺は回復と治癒ばかり
当てていたけど……
もしかして、ラピスは攻撃を受けた時に
闇禍も受けていたのか?
それで浄化が効いたのか?
それとも、同腹の気が呼んだのか?
アンリの光は、まだ持っている。
確かめる度に、比較の為に預かったから。
「ラピス、試させてね」
ブルーは先ず、自身の浄化を弱く当て、次第に強くしていった。
強める毎にラピスの気が、安堵していくように和らいでいると感じた。
そうか……やはり浄化が必要なんだ。
けっこう強めないと効果が無さそうだな。
とにかく、攻撃からも闇禍を受けるのは
これで確定だな。
次に、アンリの浄化を取り出し、聖輝煌水を注ぎ込み、ラピスの胸元に込めてみた。
ラピスの気の色が、ほんの少し明るくなった。
「嬉しいの? ラピス」
手を握ると、ごく僅か、気のせいとも言える程だが、確かに動いたとブルーは感じた。
どうして今まで試さなかったんだ?
浄化だったなんて……
俺は、なんて馬鹿なんだ。
130年以上もの長い時を
俺は無駄に過ごしてしまったのか――
「すまない、ラピス。
気づかなくて……ごめん」
長く放置してしまった闇禍だから
浄化にも時を要するだろうな……
でも、根気よく浄化すれば
必ずラピスは目覚める!
浄化の竜宝薬と言えば、聖水系だ。
そこを重点的に調べればいいんだ。
「あと少しだけ、待っていてね、ラピス」
―・―*―・―
その頃、深蒼の祠では――
「手伝いなら嬉しいけど、邪魔するなら帰ってよ」
「手伝ってるじゃないの。
浄化しながらでも話せるのでしょう?」
アンリとチェリーが、また言い争っていた。
ただし小声で。魔人達を浄化しながら。
「協力して、兄貴を助けて、護るんでしょ?
どぉして邪魔ばっかりするの?」
「なんで邪魔なのよ?
協力する為には、知識や情報の共有が必要不可欠だわ。
だから教えてって言うのは当然でしょう?」
「ソレ兄貴に直接言えばぁ?」
「言えるならチェリーになんか頼まないわよ」
「『なんか』って……そんなだから兄貴が教えないんだよ。
アンリがコドモだから」
「どういう意味よっ」
「すぐカッカする。
ここ響くから大声やめて、って何回目?」
「……ごめんなさい」
「で? 何が聞きたいの?」
「教えてくれるの?」
「内容次第」
「まだまだ私に隠している事、たくさん有るのでしょう?
全部……は、どうせ話してくれないとは思うけど、話してよ。
もう、こんな辛い失敗は嫌なのよ」
「確かにね……でも、俺が勝手には話せない。
アンリを護る為に、意図して話さない事だって有るんだからね。
兄貴に相談するよ。だから待って」
「……分かったわ」
「もう遅いから帰ってね。
ラセット様とビリジア様が心配してるよ」
「優しく話す事も出来るのね……お兄様そっくり」
「兄貴ほどじゃないけど、俺も色々と乗り越えてきたから。
人は……辛さを乗り越える度に、優しくなれるんだって」
あ……その微笑み……お兄様そっくり――
「乗り越える事そのもので強くなれる。
越えた先に優しくなれるんだ。
だからアンリも……今は辛くて、ひとりになりたくないんだろうけど……強く、優しくなってよ。
酷な言い方だって解ってる。
でも……一緒に闘うんだから」
「チェリー……」
チェリーが、自分を見上げているアンリから視線を逸らした。
そしてサッと手を取ると――
「強制送還♪ お嬢様は帰らなきゃ、ね?」
――目の前にはエレーナ家の玄関が有った。
「また明日ねっ♪」いつもの笑顔で消えた。
チェリーって……
心の奥が深過ぎて見えない。
同じだけの時を生きてきた筈なのに
私とは違うのね……。
どれだけ多くの辛さを乗り越えてきたの?
何を背負っているの?
考えに集中する余り、アンリは知らず知らずのうちに璃双杏の木の下に来ていた。
「あ……」見上げる。
アンリは大木の幹を抱き締めた。
ブルーお兄様……
お兄様の優しさは悲しみの結晶。
チェリーよりも、もっとずっとたくさんの
辛さを乗り越えた証。
お兄様……大好き……
だから私も乗り越えなきゃ――
不意に背をぬくもりに包まれた。
「アンリ……」
蘇「班長、お母様は?」
瑠「置いて来た。
必要な事は話したのでな」
蘇「もしかして、あの水晶ですか?」
瑠「そうだ。書く事は禁ずるが、
王族は魂をあの水晶に込める事が
可能なのだ」
蘇「王族、だけですか?」
瑠「個紋が無ければ込められぬ。
王族でなくても個紋さえ得られれば可能だ」
蘇「では、お父様も?」
瑠「まぁな」
葵【ルリ、そんな適当な返事は――】
瑠「来ちゃダメだってばっ!」
葵【そんな……酷いです】
瑠「お母さんが話したから帰って!」
葵【それにアオ様でない男性と二人きりなど
妃としての自覚を――】
ルリはアメシスを連れて曲空した。