成人式――の二日前
人界にも成人式があるようです。
『静香姫様?
まだお目覚めでは御座いませぬか?
今度こそ、お加減がお悪う御座いまするか?』
「志乃か……うむ……悪いのやも知れぬ」
障子が勢いよく開いた!
「姫様!? 静香姫様っ!?
如何なされましたかっ!?!?
まさか、とうとう生まれて初めてのお風邪を召されたので御座いまするか!?」
慌てて障子を閉める。
「いや……」
「昨日も食がお進みでは御座いませんでしたねぇ?
まさか、黒之介様と喧嘩などなされたので御座いましょうか?」
「喧嘩では……しかし……」
「しかし……?
何が御座いましたのですか?」
「志乃……先日の本の事なのじゃが……あれを読んで以降、眠れば、その夢ばかり……。
じゃから、眠るに眠れず……ほとほと疲れたのじゃ……」
「夢を見る事が嫌なので御座いまするか?」
「それは……」布団に潜った。
「望まぬ事なので御座いまするか?」
「いや……」もごもごもご――
「黒之介様に、そうして頂きたいので御座いますよね?」
「それは……」
暫くの沈黙の後、布団の中で頷いた。
「ならば、何故お会いになられないので御座いまするか?
度々お見えになられておりますのに」
「クロは……ワラワの事を如何に思ぅておるのじゃろぅのぅ……?
気にはなるのじゃが、聞くのが恐ろしいのじゃ」
「黒之介様は、明らかに静香姫様を好いておられますよ。
それをお伝えなされたくて、お見えになられていらっしゃるのでは御座いませぬか?」
「志乃は……好きな男は居るのか?」
「心の内にならば……」
「何故、伝えぬのじゃ?」
「静香姫様が成就なされなければ、私など……。
私は、全て静香姫様の後に致しますれば……」
「然様か……しかし、先に進み、ワラワに指南して欲しぃのじゃが、出来ぬか?」
「そ、それは……はっ! 姫様っ!」
「な、なんじゃっ!?」
「先ずは、成人致しましょう。
さすれば、結婚に向けても動き易くなるかと存じますよ」
「志乃……一緒に成人してくれるのか?」
「静香姫様と、で御座いまするか!?
夢の如き事……あぁ……静香姫様から、そのように仰って頂けるとは……」
よよよ――
「泣く程の事では……」呆れ顔を出した。
「共に元服を、では御座いませんよねぇ?」
「いや……其は、もぅ望まぬ。
ワラワはクロと、け、け、けっ……」
「はい?」けけけ?
「ご結婚なさりたいので御座いますよね?」
「う……うむ」また潜った。
「では、急ぎ、成人式の準備を致しますれば♪」
そそくさと出て行った。
クロは……クロの気持ちは……
如何に確かめればよいのじゃ?
……アオに聞いてみよぅかの。
♯♯ 竜ヶ峰洞窟 ♯♯
「待ってくれ! アオ!」やっと捕まえたっ!
「クロ、夜勤明けなんだけど」部屋に逃げる。
「ちょい聞いてくれよぉ」曲空で入った。
「ほら、朝メシ」
「ありがとう。
で、あれから、どうなんだ?」
「会ってくれねぇ……」
「あれから一度も!?」何日経った!?
「ずっと避けられちまってるんだ。
城に行っても門前払いなんだよぉ」
「泣きそうな顔をするなよ。
姫は何て言ってるんだ?」
「それすら……知らねぇ……」
「曲空は?」
「こんな状態で出来っかよ!
怖過ぎるだろっ!!
イキナリ目の前にオレが出たら、どうなるか……」
「確かにな……」
「なぁ、どうしたらいいと思う?」
(アオ、今から会えぬか?)
(クロじゃなくて俺?)
(うむ。尋ねたい事が有るのじゃ)
(クロの事かい?)
(それは……会ぅてからじゃ)
「なぁ、アオ。黙らないでくれよぉ」
「うん……考えるから、待ってくれ。
でも、とりあえず眠いんだけど」
「だよな……悪かった」
「これから城に行くのか?」
「日課になっちまったよ」
「そうか……。
ひと眠りしたら考えるから。
でも、そんなに悲観するなよ」
「ありがとな」曲空。
(クロが城に曲空したよ。
どこに行けばいいんだい?)
(然らば……そちらに伺う)
(これから?)
(抜け道を作っておる。すぐじゃ)
(なら、外で待つよ)
(うむ)
アオが洞窟から出ると、茂みから姫が顔を出した。
(クロが戻るかもしれないから、移動するよ)
姫の手を取って茂みから引き出し、そのまま曲空。
――工房。
「アカ、隠れさせてね」「ふむ」暗室を指す。
暗室に入り、光の球を浮かせ、灯り代わりにした。
「姫、どうしてクロを避けるんだい?」
「恥ずかしゅうて会えぬのじゃ」
「会いたいんだよね?」
コクンと頷いたまま顔を上げられなくなった。
そのまま暫く待つ。
「姫、この鏡を見て」掌を当てた。
「城……の、門か?」
「そうだよ」
姫がハッとし、鏡に顔を寄せた。
「見えているよね?
毎日、通っているんだよ。
大丈夫だから、会ってやってくれないかい?」
鏡の中では、門前でクロが佇んでいる。
時折、城を見上げ、ため息をつき、項垂れる。
「クロ……」
「クロの夢ばかり見ているんだよね?」
「何故それを!?」
「今も会いたさが溢れているからね。
眠れば、自然と見てしまうよ」
「しかし……」
「相手を求めてしまうのは、ごく普通の事だからね。
確かに恥ずかしいけど、それもお互い様なんだよ。
クロも姫の夢ばかり見ているんだよ」
「真かっ!?」
「本当だよ。
だから姫に会いたくて通っているんだよ。
クロは姫の事が――あっ!」
鏡のクロが消え――
「アオ! 姫! 何してんだっ!!」
――目の前に現れた。
「落ち着け!」「待つのじゃっ!」
「こんな……暗い部屋で……二人きりで……」
「誤解だ!」「違うのじゃっ!」
「やっぱ、二人は……」スポッ。「えっ?」
「クロ兄、落ち着いて~」「サクラ!?」
「二人きりじゃないよ~」「いたのか?」
「うん♪ アオ兄といっしょだも~ん♪」
(助かったよ、サクラ)(えへへ~♪)
「クロ兄、ちょっとは落ち着いた?
アオ兄はね、その鏡で姫に、クロ兄が どぉしてるのか見せてたんだよ~」
「……え? その鏡って……何なんだ?」
「恍恒鏡って竜宝だよ~♪
いろんな力があって、神眼みたいな事もできちゃうんだよ♪
ただし、光がキライなんだ。
だから、アカ兄は暗室つくったんだよ♪」
「ここ……工房なのか?」
「それも気づいてなかったのぉ?」
「ああ。
アオと姫の気が近くに有ったから……それで頭にキて……すまねぇアオ、姫」
「別にいいけど……サクラ、行こう」
「うん♪」相殺解除♪「せ~のっ♪」曲空♪
「姫……」いるんだよな?
真っ暗になっちまったな……
ま、顔が見えなくて、ちょうどいいか。
「オレは……」でも、気を消すなよなぁ……。
宙に光の球が現れた。
(アオ?)(持って出てしまって、すまない)
(ありがとな)(ちゃんと言えよ)(おうっ)
互いの輪郭が確かめられた。
クロは姫の両肩に掌を置いた。
姫が俯く。
「この暗さじゃあ、表情なんて見えねぇよ。
だから、恥ずかしがらずに聞いてくれ」
頷き、おずおずと顔を上げた。
「姫、オレは――」
「あっ……」
「どうした?」
「今日は何日じゃっ!?」
「へ?」
「成人式の何日前なのじゃっ!?」
「二日前……」
「リハーサルじゃ!
クロ! 兄弟を集めよ!」
「あ? ああ。外に集めるよ……」曲空。
クロ……すまぬ……
――が! こうしては居られぬのじゃ!
扉を開け「アカ殿! 輝竜じゃっ!」「む?」
「リハーサルせねばならぬのじゃ!」「嫌だ」
「何時じゃ!?」「巳の刻……に入った所だ」
「急ぐのじゃっ!!」アカは仕事を再開した。
「アカ殿、お頼み申す!」「姫様、何だぁ?」
「ハク殿!♪ アカ殿を説得してくだされ!」
「アカ、それは急ぎか?」「アオに聞いてくれ」
「んじゃ、行こうなっ♪」「致し方無しか……」
「そういうこった。こっち来いよ」「……うむ」
「姫~、どこ行けばいいのぉ?」
「また、思い浮かべればよいのか?」
「うん♪」「任せよ♪」「みんなで、せ~のっ♪」
リハーサルが終わり、アオの部屋――
青「また言えなかったのか?」
黒「姫は……聞きたくねぇのかも……。
今日も、この前も、言おうとしたら
『兄弟を集めよ!』になっちまったんだよ」
桜「恥ずかしさが限界突破しちゃうんだね~」
青「きっとそうだね」
黒「どうすりゃいいんだよぉ?」
青「勢いつけて言うしかないよ。
姫に隙を与えないようにね」
黒「でも、雰囲気も大事じゃねぇのかよ?」
青「確かにそうだけど」
桜「言えなきゃイミな~い」
黒「うっ……」
桜「言ってから、雰囲気つくってもいいでしょ?
で、もっかい言えばいいでしょ」
青「そうだね。先制しておいて、それからだよ」
黒「そっか……やってみる!」今度こそっ!