『杏の花影』1
オマケです。
スオウ=バクテル作『杏の花影』です。
『お父様、お呼びですか?』
「入りなさい、アンリ」
「失礼致します」
アンリが顔を上げると、父の向かいには見知らぬ少年――とも青年とも判別し難い男性が腰掛けていた。
あ……知らない方だけれど……
どうしてかしら?
このお優しい感じ……私、知っているわ。
あ♪ お庭の杏の大木よ!
あの木と同じ、とってもお優しい、
包み込むような感じだわ――
「アンリ、竜宝について聞きたいそうなのだよ。
親戚のブルー君だ。
ええっと、ブルー君は何歳だったかな?」
「135歳です。
はじめまして、アンリ様。
ブルー=メルングです。
医療の為に使える竜宝を探しているんです。
小さな手掛かりで十分ですので、お教えください」
私なんて子供なのに、なんて丁寧に
お話しくださるのでしょう。
将来きっと、とても立派なお医者様に
なられるのだわ。
「お会いできて光栄ですわ、ブルーお兄様。
アンリ=カム=エレーナです」
「アンリは40歳の誕生日を過ぎたところなのだよ」
「でも、既に大学生なんだね。凄いね」
「ブルー君も、アンリの歳には医大生だったのだろう?」
「まぁそうですけど」照れて俯いた。
私と同じ歳頃に医大生?
もうお医者様なのね♪
とても綺麗な横顔だわ……あ……
綺麗だなんて、男性には失礼かしら?
でも……やっぱり綺麗だわ。
それに、とってもお優しい微笑み。
でも…………
どうして悲しそうに見えるのかしら……?
これが出会いだった。
まだまだ幼いが、内に秘めるものは大きく、大人びた少女アンリは、一目でブルーに恋心を抱いた。
これ以降ブルーは、月に数回エレーナ家を訪れ、その度にアンリから竜宝の話を聞いた。
アンリは、その日が待ち遠しく、楽しみで仕方なかった。
ブルーに会える、それだけでアンリの心は、舞うように ときめき、ドレスや髪飾りを何日も悩むのだった。
そんな日々が2年続いた。
あ♪ あの青い光は、きっと……
間違いないわ♪ ブルーお兄様♪
窓の外を見詰めていたアンリの瞳に、待ちわびた瑠璃色の鱗の煌めきが届いた。
庭園に咲く杏の花のようなドレスを纏ったアンリが、階段を弾むように下り、ホールに着いた時、執事に案内されたブルーが玄関を入った。
「ブルーお兄様♪」
「アンリちゃん、待たせてしまった?」
「いいえ♪ こちらにどうぞ、お兄様♪」
頬を染め、少し恥じらいつつブルーの手を引いて、アンリは応接室に向かった。
「アンリちゃんは竜宝薬って知っているかい?」
「あまり……仙竜丸でしたら存じていますが……」
「竜宝には、物だけでなく薬も多いらしいんだよ。だから知りたいんだ。
眠ったままになってしまった人を目覚めさせる竜宝薬を探しているんだよ」
「それなら私も! 竜宝薬を研究します!」
「ありがとう、アンリちゃん。
俺には、どうしても目覚めてもらいたい人が居るんだ……どうしても……」
「お兄様……」もしかして、その方は――
「そんな顔をしないで、ね?
俺は前向きに頑張っているんだから」
「では、私も頑張りますねっ」
「ありがとう。
アンリちゃんを見ていると、力が湧いてくるよ。
ウィスも協力してくれるし、きっと見つかると信じるよ」
「ウィス……もしかして薬師王子のウィス様!?」
「うん。一緒に研究を始めたんだ。
医師と薬師が協力すれば、もっともっと大勢の命が救える筈だからね」
「私も、お加えください!」
「ありがとう。
頼りにしているよ、アンリちゃん」
―・―*―・―
ブルーお兄様の強い願い……
お目覚めをお望みの、その方は……
きっと……ブルーお兄様の恋人なのだわ。
だからお兄様は、いつも寂しそうに
微笑むのね……可哀想なお兄様……。
私……どうすればいいの?
協力したい。
お兄様の本当の笑顔が見たい。
でもそれは……私に向けられる笑顔では――
ううん。そこは考えたくない。
でも――
アンリが見上げる星の瞬きが滲んだ。
目を閉じ、流すまいと堪える。
前を向かなきゃ。
協力すれば一緒に居られるわ。
薬師の頂がご協力なさっているのでしたら
私は竜宝学の頂を目指すわ!
ずっとブルーお兄様のお側に居られるように!
―・―*―・―
「ラピス、妹は元気に育っているよ。
ラピスも会いたいだろ?
だから早く目覚めてよ」
ブルーは、屋敷のラピスの部屋に居た。
ラピスは両親だけでなく親族全てを失っていたので、ブルーが屋敷に迎えたのだ。
軍人学校でブルーと共に双青輝と呼ばれ、活躍していたラピスは、卒業の5年後、戦闘中に大怪我をした。
ブルーの献身的な治療に依り、生死の境からは脱したが、以降45年、ラピスは眠ったままだった。
その間ブルーは、王族としての表舞台から離れ、ラピスの治療と、目覚めさせる為の研究に明け暮れていた。
ブルーは、屋敷に居られる時の全てをラピスに捧げ、傍に寄り添い、治癒の光を当てつつ、ラピスに語りかけ続けていた。ラピスに届いていると信じて。
「ラピス、必ず竜宝薬を見つけるからね。
君の妹は、君の事を知らないのに、大学で竜宝学を専攻しているんだよ。
竜宝薬の研究に進んでくれるそうなんだ。
凄い偶然だよね。
君に そっくりで……だからラピスが小さい頃は、こうだったんだろうなって……とても感慨深いよ」
―・―*―・―***―・―*―・―
40年程前――
ブルーはラピスを治療するうち、ラピスにも王族の証である個紋を見付け、怪我から3年後、少し落ち着いた時を見計らって、ラピスの住居を調べ直した。
その際、隣家に預けられていた卵の存在を知ったのだった。
その卵はラピスと同腹、つまりラピスの弟か妹であった。
ラピスからは、もう孵化するとも思えないが、生きていける力を得るまでと託されていたのだった。
ブルーはラピスの現状を伝え、その卵を預かり、祖父母に相談しに行った。
「あらあら、その卵は、どうしたの?」
「珍しく現れたと思うたら、拾うたのか?」
祖父母は久し振りに姿を見せたブルーが卵を抱いている事に、心底驚きつつ招き入れた。
「この卵も王族なんです。
ラピスの同腹で、きっと妹です。
ラピスに個紋を見つけて、それで調べ直していたら、お隣に預けられていたんです。
この卵には、もうラピスしか居ないのに、ラピスは眠ったまま……お祖父様、お祖母様、ラピスが目覚めるまで、どうするのが最善でしょう?」
「いずれラピスさんが目覚めたならば、結婚するのじゃろ?
ならば婚儀には親族が出席せねばならん。
養子となれる家を探し、その卵も預けるのが最善じゃろうよ」
「そうね。それが良いでしょうね。
ああ、そうだわ。私の実家に伺ってみましょう。
ブルー、少し待っていてね」
祖母の実家、エレーナ家のラセット公爵の子は全て亡くなっており、ラピスと卵は喜んで迎えられた。
エレーナ家は王都から離れていた為、ラセット公爵は直ぐにでも来たいとは言っていたが、そうはいかず、兄のエバーグ大臣が卵を迎えに来た。
「ブルー殿下、お久しゅう御座います。
その御卵ですな。
エレーナ家の子として、確かにお育て致します。
それで……王族という事ですが、どちらの御家の方なのですか?」
「それが……おそらく、ご両親も王族である事に気づいていなかったのではないかと思うんです。
ラピスも知らなかったようですし」
「そうですか……では、姓は?」
「ラピスはカムルスと――王族には存在しない姓です。
ですが、王族が素性を隠して軍人学校に入学するのは常ですし、祖父母様以前に王族を離れた際に付けられた姓かもしれませんので、手掛かりには全くなり得ません」
「そうですね。では、養子だとは伝えず、お育てしてもよろしいでしょうか?」
「そう、お願い致します。
ラピスの事も……悲しませるだけですので、目覚める迄は……」
「畏まりました。仰せの通りに致します。
それで、その卵は孵化が近いのでしょうか?」
「医師として、十二分に孵化できる状態だと判断します。
ですが、深く眠っているんです。
あ……もしかして、これは――」
「如何なさいましたか?」
「呪かもしれません。
ラピスの年齢を考えると異常過ぎます。
大婆様の所に、ご同行お願いします」
卵を抱いたブルーとエバーグ大臣とブルーの祖父母は、王族の最長老、大婆様に相談した。
「ブルー、近うのぅ。ようよう見せよ」
竜体になったブルーが大婆様の顔の前に浮き、卵を差し出した。
大婆様は目を閉じ、光を帯びると、小さく術を唱えた。
「確かにのぅ。眠らされておる。
しかし、悪いものではない。
この卵を護る為、存在を隠す為に成された封印じゃよ。
封印を解き、私の護りで包むからのぅ。
孵化は近い。皆、頼んだぞ」
「この封印が何方のものかは、お判りになられますか?」
「神竜である事は確かじゃ。
私に見えるは、そこまでじゃがのぅ。
しかし、優しい封印じゃよ。
この封印を解ける光――護れる者が現れたならば解けるようにしておる。
ブルーよ、持てる力、全てを浄化とし、卵を包むのじゃ」
ブルーが全力の浄化を当てると、卵からも呼応するように光が迸った。
「流石ブルーじゃ。封印は解けたぞ」
大婆様が光を被せると、卵からは喜びの気が花が零れ咲くように溢れた。
―・―*―・―
卵がエレーナ家に受け入れられて7日後、ブルーの誕生日の朝、孵化したとの連絡が届いた。
「ラピス、妹が生まれたよ。
誕生日が俺と同じだね。
そういえばラピスは誕生日を教えてくれなかったね。
目覚めたら教えてね。
それじゃあ、お祝いを届けに行くよ。
ちゃんと報告するから待っていてね」
丁度その日は、ブルーの末弟チェリーも孵化していたので、ブルーは先に城へ行き、儀式に参じた後、エレーナ家を訪れた。
「ブルー殿下、よろしかったのですか?
弟君様も御誕生でしたのに」
「儀式には参列しましたので、城には明日、改めて参りますよ」
「そうですか。
あ、とても愛らしい鱗色の女の子ですよ。
名付けをお願い致してもよろしいでしょうか?
あ、こちらでございます」
案内された部屋には、可愛らしい装飾が施された籠が有り、薄紅色の小さな竜が、すやすやと眠っていた。
「あの花のようですね」
窓の外に今を盛りと咲き誇っている杏の大木が見えた。
「璃双杏の花……アンリで如何でしょう?」
「愛らしい名をありがとうございます」
―・―*―・―
その後ブルーは、エレーナ家を訪れては、その『双青輝』を連想させる名の大木、璃双杏の陰からアンリの成長を見守り続けた。
「アンリは本当に可愛いよ。
それにチェリーと鱗色が そっくりなんだ。
偶然も、ここまで重なると、もう運命って呼べるのかな。
ね、ラピス。会いたくなっただろ?」
―・―*―・―
そうして40年が過ぎ、アンリへの誕生日祝いを届けたブルーに、ラセット公爵は、そろそろ会ってはどうかと打診した。
その打診は10年前にも有った。
アンリが、ブルーが届けた物をとても大切にしており、そこから竜宝に興味を持ち、竜宝を研究したいと大学へと進んだ為であった。
しかし、その時のブルーは、ラピスのような危険な目には遭わせたくないと拒んだのだった。
アンリには、まだエレーナ家が王族だとは伝えておらず、その為ブルーの事も王子だとは言わず、ただ親戚とだけ伝えると、今回ラセット公爵は付け加えた。
それならば、とブルーはアンリと会う事を決めたのだった。
―・―*―・―***―・―*―・―
「ラピス。ラセット公爵は、アンリにもエレーナ家を継ぐ事を強要しないと仰ってくださったんだ。
エバーグ大臣の御子がいらっしゃるから、君達姉妹は自由に生きていいんだって。
お優しい方だよね。
だから……もしもアンリが、ここに住みたいと言ってくれたなら、来てもらうつもりだよ。
ずっと先の話だけどね。
だからアンリの家族まるごとだね。
そうなったら楽しいだろうね。
そうか。
そうならなくても、俺達が引っ越せばいいんだね。
この家ごと、エレーナ家の近くにね。
だから、ラピス……安心して目覚めてね……」
青「それで、雑誌って、月1発行なの?」
蘇「いや、10日毎なんだ。
だから〆切に追われそうだよ」
青「そんなに修正しなくてもいいと
思うんだけどな」
蘇「読者の感想も多少は反映しようと
思ってるからな」
青「そういうのもあるんだ……」
蘇「あれこれと、班長と副長が決めたんじゃ
なかったのか?」
青「いや。雑誌掲載ってだけしか依頼して
いないよ」
蘇「完全に確定してたから、班長と副長が
決めたんだと思ってたよ」
青「そんな力なんて無いよ。
それで、初回は?」
蘇「次号なんだ。明日が〆切」
青「そんなに詰まっていたのか!?」
蘇「大体出来たと伝えたら、1号早くなって
しまったんだ」苦笑。
青「なら、第1話は、このままだね」
蘇「手直し無しでホッとしたよ」
青「大先生に、そんな注文なんてしないよ」