第百六十話・ルコールの変化 その2
―――そうなる時は大体決まっている。
それはあいつと接している時だ。
あいつの一挙一挙、それがあたしの冷静な集中を欠いてしまう。
―――あいつが嬉しそうな顔をしていると、それを見たあたしもまた嬉しくなる。
―――あいつが楽しそうに笑うのなら、あたしもまた笑顔がこぼれる。
―――あいつが窮地に立つならば、あたしはそれを問答無用で助ける。
―――あいつが嘆願するのなら、多少ごねるものの、あたしはそれを尊重する。
―――あいつが困り事に出くわしたのならば、あたしはそれを全力を以て排除して
やろうと心から思う。
あいつの事となると、あたしの思考も感情も、完全に惑溺となってしまう。
そしてあたしはこいつと同じ気持ちを共有しているという感覚に打ち震え、
あたしの心がこの至極なる高揚感を得る度、あたしの表情は相好を崩し、
気持ちは高ぶりを見せ、
あたしはあいつと『いつまでもいつまでも』と渇望する。
―――この痛みとこの二つの感情は一体何なんだろうか?
それを誰かに問うてみたい。
みたいけれども、最強種と謳われし、このあたしがそれを他種族に問うのは、
些か躊躇してしまうのも事実。
恐らく、ミュミュやネージュ達やプレシアに聞けば、その答えをあっさりと
教えてくるだろう。
だけどさ、なんか悔しいじゃないか。
同じ女性だというのに、なんか悔しいじゃないか。
だからあたしは、この痛みが一体なんなのか、この感情が一体なんなのか?
あたし自身がそれを理解できるその時まで、誰に聞く事も相談する事もしない。
「姉さぁぁん!レンヤ兄さんの居場所を見つめましたよぉぉぉっ!」
「ご苦労様だったわね、ネージュ。で、あいつはどこにいたの?」
「えっと...ですね、ここから数キロ離れた場所にある、大人の...と言いますか、
男共の遊び場、繁華街にギルマスと共に歩いて行くのを見たという情報を
情報屋から得まし―――」
「はあああぁぁあんっ!!あ、あの中年クソ野郎ぉぉぉおおぉぉぉおっ!!
あれほど再三、如何わしい店には行くなと注意をしたっていうのに、行きや
がっただとぉぉぉおおぉぉぉっっ!!!」
「は、はひぃぃいぃぃ!?」
ネージュが言いにくそうに告げてくるあいつの居場所を聞いた瞬間、あたしの
怒りのボルテージが最大まで上昇し、身体中が凄まじい闘気で包まれていく。
「い、怒りを抑えて下さい、姉さん!チ、チビってしまう!姉さんから溢れ
まくっている怒りという名の殺気で、マジで全身から色々とチビってしまい
ますからぁぁああぁぁっ!!」
大地が震わせる程のルコールの激昂なる気迫に、ネージュが顔を真っ青に変え、
身体中をブルブルさせながら、ルコールの怒りを必死に抑えようしている。
「おっと、ゴメン、ゴメン。つい怒りで我を忘れてしまった、あはは...。
それじゃ早速、そのあいつがいるという場所に案内して頂戴な、ネージュ!」
「ハイ!了解です、姉さんっ!アンナが先に繁華街に出向いてレンヤ兄さんの
動向を探っていますので、ウチらも急ぎそこに合流をしましょう!」
「わかったわ!」
待ってなさいよ、レンヤ!
あんたをとっちめて、この痛みを取るべく、その口から謝罪の言葉を
タップリと吐かせてやるからねぇっ!
あたしは心の中でそう大きく声を上げると、レンヤがいるという繁華街へ
ネージュと共に猛ダッシュで駆けて行くのだった。




