第百五十九話・ルコールの変化 その1
あたしこと、ルコール・ア・ジョッキンは始めて知る『痛み』と二つの
『感情』に憂悶していた。
その痛みと感情に初めて気づいたのは、盗賊連中に襲われていた王族の
母親と小娘を助けたあの時からだ。
そう...あいつが、あの王族の小娘の母親に対し、デレデレしている姿を
見たあの瞬間、
あたしの胸のこの辺りをギュッと締め付ける、そんな初めて感じる痛みが
突如走ったのだ。
―――なんだ、この痛みは?
この言い様のない痛みは何なんだ?
初めて知るこの痛み...いつも感じる痛みとはまったく異なるものだった。
重圧がかかるくらいに苦しく、
呼吸が乱れ、
不安を仰ぐように集中を欠くこの痛み。
そして不思議な事に、この痛みは身体だけではなく、心と思考も痛みを
感じているのだ。
―――何なのだ、これは?
まったく以て、訳のわからない痛みだ。
まさかこのあたしが、痛みなんぞにここまで翻弄されてしまうなんて!
そしてこの痛みとはまた別に、あたしの心を取り乱してざわつかせしまう、
二つの知らない『感情』。
そのひとつは......『怒り』という感情。
正確に言うと、この感情は知っている。
知ってはいるのだが、この怒りという感情、今の今まであたしが
生きてきた中で、只の一度も自分でそれを感じた事がない。
そう...例え、多種族から無慈悲で一方的な討伐を何度受けようとも、
その結果、蹂躙された癖に、逆恨みと恨み節で罵詈雑言を投げてくる
連中に対しても、『怒り』なんていう感情は今まで一片の欠片も
湧き出てなんてこなかった。
――だというのに、
受付嬢達と接するあいつを見ていると、あたしの知らない痛みが胸を
締め付け、思考は集中を欠き、心は激しく揺れ動き、あたしはこの初めて
感じる『怒り』という感情で支配されていく。
そしてその瞬間、あたしはあいつの顔をガシッと力強く掴んで持ち上げ、
ギリギリと締め上げる。
それからあたしは、あいつからの謝罪を静かにジッと待つ。
あいつからの謝罪を聞いた瞬間、
不思議な事にあたしの心と身体を支配する、うごめくような不可解なる
この痛みと怒りの感情が、スゥーと消えていくからだ。
そしてもうひとつの憂悶する感情。
未だに知らぬ、初めてなる感情。
これもまた不思議な感情で、怒りの感情とはまた違い、先程述べた痛みと
同様、全く以て理解しがたい初めての感情だ。
心がこの感情に陥ってしまうと、頬は赤く染まって火照りを見せ始め、
身体中はポカポカと暖かい熱を帯びてくる。
そして気持ちが落ち着きをみせなくなっていき、あたしの胸の鼓動は
ドキドキ、ドキドキと高鳴っていく。




