粗大ごみ
ガラス板を指先でなぞっては下から上へと反復させる。ガラスの奥に映る無数の写真や文字列を凝視しては、そんな動作をシラフで僕らは繰り返す。横にいるサラリーマンも後ろにいる学生も、皆そうだ。僕はそれらの先頭に立っていた。左右を見渡すと2列に並ぶ人間が均等に続いているが、誰も彼もシラフでうつむいている。その中にもちろん僕もいる。その行為はごくごく自然なはずなのに、ふいに奇妙にも思えた。そんな中、僕たちの正面をアルミニウム合金の塊が目にも止まらぬ速度で横切った。その塊は囚人を監視する看守の様に感じられる、そんな朝だった。
「間もなく3番線に列車が通過します。危ないですから黄色いの線の内側にお入りください」
周辺のスピーカーから淡々した音声が聞こえてきた。物の2~3分前に聞いた音声と同じものだ。暫くしてアルミニウム合金が遠くの方に姿を表した。
今度は赤か。さっきは銀だったな……と思考する僕の前を、その塊が横切る直前、車輪のひしめく音が耳をつんざいた。同時に塊が塊を喰い千切る。多分それは無機質の塊と柔らかい”何か”。赤い霧吹きに悲鳴が入り混じる中、うつむいていた人間は前を向き、ガラス板を激しく親指で連打していた。一つの命と血税が”粗大ごみ”に変わった瞬間だった。成るべくなら、どうか見ない様にしたかった。しかし、現実は目を見開いて何かを脊髄反射で探していた。多分それはおぞましい思考回路。狂ってしまったのか、それが人の本性なのか。明らかに空気が気持ち悪く、嗅いではならない異臭に気づき口元をふさいだ。
「すげぇよマジ、今どこ?きてみ?写真とったし要る?」
泣きじゃくる声と怒鳴り声に紛れて、そんな声があちらこちらから聞こえて我に返る。”粗大ごみ”は僕たちなのかもしれないと。