harshness(4)
心臓を、握りつぶされた気がした。
液晶越し。カメラのフラッシュが激しく明滅する中で起こった一瞬の出来事に、ユリアは思わず目を逸らした。
「危ないわねー。撮ってるほうも、もう少し気づかってあげないと」
キッチンからリビングへとやってきたアンジェラが、眉を吊り上げる。「陛下がいらっしゃらなかったら大惨事だったわよ」とぼやくその手には、花柄の可愛らしいミトンがはめられていた。
昼食に続き、夕食も母娘が大好きなメニューだった。ガスオーブンから立ちのぼるホワイトソースとチーズの濃厚な香りが、室内を満たしていく。
父は今夜も帰宅できないとのことで、母はほんのり寂しそうにしていた。
「グラタン、あと十分くらいで焼き上がるからね」
「……」
「……ユリア?」
「! ……あっ、ありがと」
不思議そうに自分の顔を覗き込む母のその顔を、ユリアはまともに見ることができなかった。
この数週間胸の奥に潜んでいた痛みが、ずきずきと疼き出す。
わかっている。誰だってそうする。グランヴァルトの行動は正しい。自分だって、隣にいる人が危険に晒されれば、咄嗟に手を差し出すだろう。……あの時のように。
ずきずきが、もやもやへと変わる。
それに拍車をかけたのは、母のこの言葉だった。
「それにしても、ライアン王が王子じゃなく王女と一緒に来るなんて、なにか特別な理由があるのかしら? もしかして……お見合いとか」
「……っ」
グランヴァルトがエリカを抱きとめたその事実以上に、ユリアの心臓を握りつぶしたもの。——それは、並んだふたりの姿。
お似合いだった。貴族竜人同士、見目麗しく気品漂うその様に、ユリアは目がくらむほど羨望した。同時に、自分は〝不純物〟なのだという現実を、まざまざと思い知らされた。
独身貴族に見合い話が来ることはそう珍しくない。ある意味当然だと言っても過言ではないだろう。ジークがそうだったゆえ、独身貴族の事情に関しては、妹としての長年の経験則で知っている。
国内だけではなく、国外の貴族から見合い話を持ちかけられていたということも、両親やジークの両親から聞き及んでいる。
「まっ、真意は定かじゃないけど、陛下には幸せになっていただきたいわよねー」
母の意見は、一国民としての純粋なそれだった。これに対し、返答に窮したユリアが、曖昧に頷く。
グランヴァルトの幸せとは、すなわち、この国の——国民の——幸せ。
誰よりも近くで見てきた。グランヴァルトのことを。
この国のため、国民のために、心血を注いできた彼のことを。
彼がどれほど強く国民のことを想っているか。どんな覚悟を持ってこの国を治めているか。そのすべてを理解することなど到底できないけれど、これだけはわかる。
彼の隣に並ぶのは、自分じゃない。関係を明かすことさえできない自分など、彼の幸せたり得ない。
仮に国そのものに意思があるとするならば、けっして自分を選んだりはしないだろう。崇高な彼に相応しくないと判断し、一蹴するはずだ。
「あっ。焼き上がったみたい」
ガスオーブンが、加熱の終了を告げる。
足取り軽やかな母に誘われ、ユリアはダイニングテーブルへと移動した。
こんがりと黄金色に焼き上がったチーズに、とろとろのホワイトソース。
優しくて香ばしい匂い。大好きな、母のグラタン。
しかし、美味しいはずのそれも、今日はなにひとつ味が感じられなかった。




