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太陽と月の狭間で  作者: 那月 結音
ChapterⅢ:a year ago
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harshness(3)

「御用車です! たった今、グランヴァルト陛下が、王青(あお)の楼閣に到着されました!」

 グランヴァルトが降車すると、叫ぶようなリポーターの実況と、無数にたかれたカメラのフラッシュが飛んできた。

 おそらく朝からずっとこの場所で待機していたのだろう。宮殿の前にも報道陣の姿はあったが、それとは比べものにならないくらいの数だ。彼らとのあいだにはかなりの距離があるため、グランヴァルトは無言のまま艷やかな笑みを投げかけた。

 そんな中、迎賓館に到着したグランヴァルトをいち早く出迎えたのは、この場で警護の最高指揮を執るイーサンだった。

「お待ちしていましたよ、陛下。……ご無事のご帰還、なによりです」

 周囲の誰よりも大きくて堂々たる体躯。その存在感と安心感たるや、まるでどんな風も遮る岩のような力強ささえ感じさせる。彼の姿そのものが、もはや最大の抑止力だ。

「ご苦労さん。まあ、またすぐに戻るけどな。今日は頼む」

 ふたりにしか聞こえないほどの小さな声で言葉を交わす。イーサンとの久方ぶりの対面は、今なお軟禁状態にあるグランヴァルトにとって、まさにひとときの平穏であり日常であった。

 それから、イーサンはライアン親子の前まで進むと、軍を代表して謹厳な口調で挨拶をした。

「ようこそお越しくださいました。本日の会談が滞りなく進みますよう、我が軍は全力を尽くしてまいります」

「これはオランド中将。まさか貴殿がこの場を指揮されていたとは。貴殿がおられるのならば、我々も心強い」

 一国の将校と一国の王。立場や身分は違えど、相手を敬う心は同じ。改めて厚い信頼を確認せんと、互いに手を取り合った。

 直後、胸に燻るものを押し隠し、イーサンはエリカとも笑顔で握手を交わした。今ここで自身に求められるのは任務の遂行のみ。たとえ一片でも私情は不要だ。

 正午過ぎ。

 ついに、二国間会談が始まった。

 ここでのやり取りは非公開だが、会談の中身は後に文書により共同で宣言されることとなっている。

 この日の主な議題は、竜人とヒトの共存共栄について、改めて協調を確認すること。そして、テロにはけっして屈しない断固たる意志と結束を、よりいっそう強化すること。

 加えて、国外へ売られてしまった少女たちの奪還についても話し合われたが、これに関しては双方公表しないことで合意した。

 会談中、グランヴァルトの心は、多少なりとも落ち着いていた。ここに来る前のエリカとの会話が一因となっていることは言うまでもないが、自身のなにより大切な想いを彼女が尊重してくれたことに、心底感謝した。

 とはいえ、今日この場でライアンに打ち明けて良いものか……正直、グランヴァルトには判断できなかった。彼のほうから話題を振られれば、おそらく打ち明けていただろう。たとえサイファとの約束を破ることになったとしても、誤魔化さず、偽らず、結婚できない旨を直言していたはずだ。

 しかし、会談が終わって晩餐の席についても、彼から話題を振られることはいっさいなかった。娘の言動を窺う様子はかすかに見て取れので、もしかすると、彼女から厳しい箝口令がしかれているのかもしれない。

 このまま和やかに歓談をして終わり。そう、誰もが思っていた。

「グランヴァルト陛下。急な要請であったにもかかわらず、このような場を設けていただけたこと、心より感謝します」

「とんでもない。私が出国できないために貴国を煩わせてしまい、本当に申し訳ありません」

 結婚云々の話はさておき、ライアンとこうして直接話ができることを、グランヴァルトは楽しみにしていた。事実、有意義な時間を過ごせたことは間違いない。

 さらにライアンからかけられた言葉に、グランヴァルトは胸が熱くなるのを感じた。

「貴殿のこの戦いは、貴殿だけのものではない。新たな道を切り拓くその覚悟に、我らはあらゆる助力を惜しまないつもりだ」

「陛下……」

「どうか、迷うことなく、思うままに進ん——っ……ぐ、ぁ……」

「お父様!!」

 ライアンが左胸を押さえたのと、隣に座っていたエリカがライアンを支えたのは、ほぼ同時だった。

 こうなることをあらかじめ予見していたのだろうか。そばに控えていた主治医がキットから薬品を取り出すと、急いでそれをライアンに注射した。

 グランヴァルトもまた、間髪をいれずに席を立ち、ライアンのもとへと駆け寄った。

 不思議だった。なぜ、酒を好む彼が、一度もグラスに口をつけていないのかと。主治医が、片時も離れず付き添っているのかと。

「……陛下は、どこか患われているのですか?」

 躊躇いながらも、グランヴァルトはエリカに訊ねた。何か深刻な病気なのだろうか。命に、かかわるような……。

 エリカは、「グランヴァルト陛下にだけ」と前置きしたうえで、険しい表情でライアンの現状を説明してくれた。

「父は、半年前に心臓の手術を行ったばかりで……病状自体は安定していますが、時折このように発作を起こすことがあるのです」

「国内での公表は……?」

「まだ、していません」

 国のトップの病を公表するタイミングほど難しいものはない。少しでもタイミングを見誤れば、混乱は避けられないだろう。それも、大規模な。

 グランヴァルトは理解した。すべて理解して、心を痛めた。

 ライアンが焦っていた理由は、ここにあったのだ。

「お見苦しい、ところを……申し訳、ない……」

 乾いた笑みと苦痛に顔を歪めつ謝罪するライアンに、グランヴァルトはふるふるとかぶりを振った。彼が謝る道理など、どこにもない。

北国(ノース・ランド)までの道のりは長い。どうか、我が国でしばし療養を。必要な医療資源は、すべてこちらで用意いたします」

 二日、否、一日だけでも長く滞在を、というグランヴァルトの申し出。

「……ありがとうございます……ですが、貴殿のその気持ちだけ……」

 これを、ライアンは丁重に断った。投薬したゆえ、すぐに落ち着くからと。

 ここへは三人で揃って入ってきた。ここから出る際も三人揃っていなければ、外にいる報道陣にあれこれと詮索されてしまう。

 北国の民とて、それは同じだ。帰還すべき日時に王が帰還しなければ、余計な推察材料を与えることになりかねない。

 ライアンの言い分がわからないわけではない。むしろ、わかりすぎるほどにわかってしまう。為政者とはつくづく難儀な生き物だと、グランヴァルトはもどかしさに歯噛みした。

 それから半時間ほど経過し、ライアンは歩けるほどにまで回復した。「医学の進歩は実に素晴らしい」などと、相変わらず快活に笑っていたけれど、グランヴァルトは心配でたまらなかった。とはいえ、それ以上の不安に耐えているのは娘であるエリカだ。父が動けるようになったあとも、彼女が険しい表情を崩すことはなかった。

 彼女の体は、震えていた。

 迎賓館での日程をすべて終え、夜の帳がすっかり降りた頃。外では、案の定報道陣がレンズを向けて待ち構えていた。

 先にエリカを御用車に乗せようと、グランヴァルトは彼女の半歩後ろに下がっていた。ひどく悄然とした彼女に対し、車内でどんな言葉をかけようかと思案に沈む。どう慰めたところで、何の気休めにもなりはしないのだが。

 シャッターの光が、目に刺さる。辺りが暗い分、昼間よりさらに強烈な眩しさに襲われた。

 そのときだった。

「きゃあっ!」

「危ない……!」

 まともに開けていられない目で、力の入らない足で、乗車しようとしたエリカがふらりとよろけた。とっさにグランヴァルトが体を支え、事なきを得たが、一歩間違えば大怪我をしていたかもしれない。

 警護官に厳重注意を受ける報道陣を横目に、御用車は宮殿へと走り出した。


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― 新着の感想 ―
ああ! 報道陣の気持ちもわかるけど、節度を持ってほしいもの!そして写真はどんなふうに使われちゃうのか……(TдT) それぞれに抱えた事情が苦しいね……
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