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太陽と月の狭間で  作者: 那月 結音
ChapterⅢ:a year ago
55/60

ambivalence(2)

「勘弁してくれ、じーさん」

 冬の澄んだ香りが空気を満たす、秋晴れの午後。

 心温まるほどに柔和な雰囲気をまとって帝都から厄介事を持ってきたサイファに対し、グランヴァルトは盛大な嘆息でもって抗議の意を示した。

 直接コテージへ赴くとサイファから報告を受けたのは昨日のこと。以降今まで嫌な予感しかしないと構えていたグランヴァルトだったが、内容含め予想通りの展開に、ここへ来てひと回り小さくなった双肩を落とさずにはいられなかった。

「俺の考えはよく知ってるだろ。結婚する意思がないわけじゃないが、自分の結婚相手は自分で決める」

 一方、サイファにとっても、グランヴァルトのこの反応は当然想定内であった。不満げに零す文句も、自身に向けられる辟易した目つきも。

 それでもなおグランヴァルトのことを心底()いと思ってしまうのは、真心ゆえに致し方ないことなのだろう。

「エリカ王女がお越しになることに反対……ということですかな?」

「べつに同伴自体を渋ってるわけじゃない。それにもう向こうには通達してるんだろ? けど、同伴を承諾したからって、結婚を承諾することにはならない」

 サイファの言を、ぱしんと払いのける。これには後ろに控えていた従者たちも、浮かべた困惑の色を隠せずにいた。

 グランヴァルトとて、サイファの立場や考えは重々承知している。ことこの件については、互いに耳に胼胝(たこ)ができるほど話し合ってきた。何年にも渡って。

 グランヴァルトの言い分は、至極真っ当だ。誰が聞いても納得できる。もちろんサイファも。しかしそれは、彼の身分を考慮しなければの話。

「儂もあまり急かすようなことは言いたくないんじゃが」

「気持ち痛み入るな。是非そうしてくれ」

 この話題に関しては、どこまでいっても平行線。ここにいる誰もがそう思っている。なぜなら、グランヴァルトが首を縦に振ることは絶対にないから。

 北国(ノース・ランド)のエリカ王女のことは、帝位を継承する前から知っている。王妃によく似た、まるで陽光に輝く雪のような白茶色の髪と、氷湖のように清らかな薄水色の瞳。自分とはかなり年が離れているものの、物事に対する柔軟な考え方や多角的な視点には、目を瞠るものがある。

 彼女のことは尊敬している。良き友人として。

 それ以上の感情は、ない。

「どうしても王女とご結婚はされないと」

「そう言ってる。……つーか、向こうから正式に何か言われたのか? じゃなきゃ、早とちりもいいとこ——」

「使者の様子や王室とのやりとりから察するに、互いの見解に不一致はありませんな。それにグラン様もお分かりじゃろうて。王子ではなく、王女を同伴なさるその意味は」

「……」

 場の空気が張り詰める。

 被せるように放ったサイファのこの言葉に、グランヴァルトは押し黙るほかなかった。

 皇帝になる宿命を背負って生まれてきた。そのための教育も受けてきた。……わかっている。自分の置かれた立場については誰よりも。ただ、立場を優先することで、自分の何より大切な想いに背きたくないだけだ。

 諦めたくない。この想いは誰にも譲れない。

 ユリア以外に愛せる者など、ほかにはない。

「……もう少しだけ、待ってくれないか?」

 純金の双眸でサイファを真っ直ぐ見据え、グランヴァルトが口を開いた。何か堅固な意思を宿したような、皮膚がひりつくほどの真剣な眼差しに、サイファは思わず息を呑む。

「……待つ、とは?」

「相談したい相手がいる」

「相談?」

「ああ。……って言っても、次いつ会えるかわからないし、情勢が安定しない今、公表できることは何もないけどな」

 言ってしまった。はっとした従者たちの、まるで押し殺すかのような細い息遣いが聞こえる。

 このままでは何も進まないと、頭では理解しているのだ。それに、中途半端なままでは、かえって()()にも迷惑をかけてしまう。

 彼女との未来。

 考えていないわけではない。不安がないわけでも、恐怖がないわけでもない。

 それでも、まずは自分が覚悟を決めなければ。

「今から話すことは、誰にも口外しないでほしい」

「無論そのつもりじゃが……ひょっとして、その相談相手というのは……」

 サイファの顔つきが、驚きのそれに変わる。従者たちも、皆一様に険しい表情でふたりのやりとりを見守っていた。

 深い沈黙が、ひとしずく垂らされた後。

「……俺の、もっとも大切なヒトだ」

 グランヴァルトが、静かに告白した。

 あまりの衝撃に、サイファは口を噤んでしまった。まさか、すでに主に心に決めた人物がいようとは。

 だが直後。

 サイファは、さらなる衝撃を受けることとなる。

「相手のことは、じーさんもよく知ってる」

「儂も? 貴族の方ですかな?」

「いや」

 サイファの問いに、グランヴァルトは目を伏せて否定した。

 貴族ではないとの返答だけで、サイファはすでに諸々の影響を考慮し始めた。差別するつもりは毛頭ないが、仮に貴族以外の人物が帝室へ嫁ぐとなれば、間違いなく国内を震撼させる出来事になるだろう。

「お相手の……お名前は?」

「……ユリア」

「ユリ……っ、まさか……!!」

 サイファの目が、大きく見開かれた。

「ユリア・シュトラス。——セオドアの、娘だ」


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