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Doubt  作者: ほた
9/9

後日談 KING

「やっと数字が合った!」

 横の席で、レオナルドがパソコンのデータをセーブすると椅子の背に勢いよくもたれた。

「おつかれさん」

「全く、このクソ忙しい時に会計士クビにするなよ!」

 レオナルドは同じくパソコンに向かっていた会社の社長ダグラス・キングに愚痴をこぼす。広い室内には二人だけ。ダグラスは二日前、会社の会計士をクビにした。そのせいで二人は休日返上で財務処理に追われていた。

「そういうお前はどうなんだよ、レオ」

「ああ? アンタがクビにしていなかったら、たぶん俺が蹴り出していた」

 会計士の横柄な態度に腹を据えかねていたのは、ダグラスだけではなかったようだ。

「あははは、ならおあいこだな」

 ダグラスは白い歯を見せてレオナルドに笑いかける。さすが元俳優だけありその笑みは完璧だった。彼は俳優業を休業し、念願だった新事業に本腰を入れることにした。そのパートナーに選んだのが、弱冠十八才のレオナルド・ラッセルだった。年齢が一回りも違うが、レオナルドの歯に衣着せぬ部分が気に入っている。他にも彼を側に置きたい理由があるのだが、それは決して他言しない約束をしている。

「そう思っているから手伝っているんだろ?」

「助かるよ。少し休憩にするか」

「ならコーヒー入れてくるよ」

 レオナルドは席を立つとコーヒーサーバーへと向かう。

「ああ、頼む」

 ダグラスは空いたレオナルドの席につくと、パソコンのデスクトップを覗き込み、進捗を確認する。明日には新しい会計士も来る予定になっているが、これなら無事引き継げそうだ。

「ん?」

 デスクの下で靴先に何かが当たった。ダグラスは腰を屈めてデスクの下を覗くと紙袋に入った長方形の箱を見つけた。それはスーツの箱だった。それも箱のデザインから老舗ブランドのハイクラスモノ。

「おい、レオこれは?」

 マグカップを二つ持って帰ってきたレオナルドは、ダグラスが机の下から引っ張り出したモノを見て、ばつの悪そうな顔になる。

「人のもの勝手に見るなよ」

「たまたま目に入ったんだよ。ここのスーツお前のサラリーで買えるわけがないよな?」

「そう思うなら給料上げろ、社長」

 藪蛇だったようだ。レオナルドは売り言葉に買い言葉で応戦する。

「ここの事業所の業績が上がったらたっぷり上げてやるから期待しておけ」

「……期待しないで待っているよ」

「送り主はオリバーさんか?」

 ダグラスは勝手にスーツの箱を開ける。中にはスーツの上下にワイシャツ、ネクタイとまあ至れり尽くせりの上等な品が詰まっていた。スーツの箱の下には革靴まで入っていた。

「……まあ」

 レオナルドは否定しない。

 オリバー・リード氏、レオナルドの成人までの保護者だった人だ。リード家と言えば指折りの大富豪。彼とレオナルドの関係性をダグラスは薄々気づいていた。レオナルドの特徴的な赤毛と成長した姿は、若き日のオリバー氏に瓜二つだ。だがそれをあえて口にするような野暮はしない。

「リズの誕生日ディナーに誘われたんだよ。着ていくものがないと断ったら送ってきた。ここまでされるとさすがに断れなくて」

「なるほどなるほど、リズ嬢の……だからって会社に持ってくるか?」

 リズ嬢こと、エリザベス・リード――オリバー氏の一人娘だ。レオナルドに出会うきっかけとなった人物だ。そしてレオナルドは一時期彼女を『姉』と呼んでいたが、ある日を境にその呼び方を聞かなくなった。

「それが、今日なんだよ」

「おいおい大丈夫か? 何時からだよ」

「十九時から。だからここを十八時に出てタクシー拾えば……」

 レオナルドは壁時計に視線を向ける。時計はまだ十七時を指している。

「まてレオ! あの時計さっきから遅れているぞ」

「えっ」

 ダグラスは自分の高級腕時計を見ると、針は十八時半を指していた。

「やべっ、遅刻だよ」

「場所は?」

「グランホテルの最上階のレストラン」

「仕方ない。仕事に付き合わせたのは俺だ。行くぞ!」

 ダグラスはスーツを箱に戻すとレオナルドに紙袋を投げ渡す。そして自分は立ち上がると椅子にかけていた上着を優雅に羽織る。

「どうするんだよ?」

「こういう時こそ、俺の顔を使うんだよ。ディナーに間に合わせてやるよ」

 ダグラスは歩きながら、自分の端末をタップする。

「ダグラス・キングだ。大至急車を一台回してくれ、大至急だ」

 急いで戸締りをすると、オフィスを後にする。



 レオナルドはダグラスの呼んだ車の後部座席で着替えを済ませる。 

 ホテルの車寄せもこの時間帯は混雑するがVIP専用のレーンを使ったためスムーズに停車することできた。さすが人気俳優ダグラス・キングの名は伊達じゃない。ドアマンが車の扉を開けてくれる。

「ようこそキング様」

「今日は私ではないんだ、彼を最上階のレストランに」

 ダグラスはレオナルドに道をあける。

 出会った頃は幼さの残る少年だったが、今はスーツが似合う青年に成長した。しかし贈られたズボンの丈が少し足りない。

「次は事前に袖を通しておけ、裾出ししないと」

「こういうのよく分からないんだよ」

「それじゃ困るぞ、お前は将来俺の広報部長になってもらう身だからな、その辺りは一通り覚えてくれないと」

「その話、よく覚えていたな」

 レオナルドはダグラスの言葉を聞いて困ったように笑う。ダグラスはレオナルドを呼び寄せると、曲がったネクタイを直してやる。

「……あー、言ってなかったか? 俺の夢を大真面目に聞いてくれたのは、レオ、お前が初めてだったんだ」

 ダグラスには子供の頃から大それた夢を抱いていた。政界に進出して、ひいては大統領になりたい。俳優になったのもまずは顔を売るため、そして次は事業を成功させ資金を得て、万を期して政界を目指す。

 その話を語ると誰もが笑う。しかしレオナルドは大真面目に答えた。

「リードの支援は当てにするなよ……」

 レオナルドは小声で呟く。その声は低くダグラスへの忠告を含んでいる。

 ダグラスがレオナルドにはじめて夢を語った時も、いの一番にそう念押しされた。

「わかっている」

「……それに、俺は絶対表舞台には出ない。だから裏方に徹する」

「安心しな、俺の眩いスター性で覆い隠してやるよ」

「はは、よく言う。今のままじゃ知事にだって手が届くかどうか怪しいっていうのに。社長、手始めに残りの財務整理頼むな」

 レオナルドはダグラスを車の方に押しやる。

「お前は! 現実を思い出させるなよ」

「あはは」

 ダグラスの夢を実現するための指摘だ。そこに否定は感じない。そしてリード家の資産や家名を当てにするなと言われても、今後嫌でもレオナルドはリード家を背負うことになるだろう。

「行って来い、せっかく間に合わせてやったんだから」

「ありがとう! 終わったら合流するよ」

「いいよ、ゆっくりしてこい」

 ――たまの家族水いらずなのだから。

 ダグラスは、ホテルの中に消えるレオナルドの背を見送る。

「今日はオリバー・リード氏がディナーに来ているらしいね」

 ダグラスはドアボーイに声をかける。

「はい、お嬢様のお誕生日だそうです」

「ではテーブルに花を……」

 ――いや、それは無粋だな。

「キング様?」

「すまない、今日はやめておくよ。また来る」

 ダグラスは車の座席に戻りながらホテルのビルを見上げる。

 ――健闘を祈る。

                     

ペーパー用に書き下ろした後日談です。

本編を書き終わってから考えていたものです。


Doubtはこのお話で完結です。

もう1話後日談を考えてはいるので、ふらりと彼らが帰ってくるかもしれません。

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