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Doubt  作者: ほた
7/9

DOUBT! 付箋

 ゲン担ぎを信じるだろうか。私は信じている。

 私、リズことエリザベス=リードには「勝負!」という日の特別なルーティンがある。

 朝、住居のアパートメントの一階にあるカフェでお気に入りの甘い珈琲をいだたくこと。

 エスプレッソのショットにバニラシロップとミルクをたっぷり。ホイップクリームの上にキャラメルソースをかけて、トッピングのヘーゼルナッツも忘れずに。ホイップはもちろん増量にしなきゃ。

 お茶うけには、やっぱりドーナッツ。歯ごたえがしっかりしたオールドファッションのチョコレートかけにしよう。これでもかという高カロリーメニュー。

 普段はウェイトを気にして我慢しているけど、たまには自分へのご褒美に良いでしょ。

 学生の頃、このルーティンをしてから良い結果を出せたので、続けている。甘い物で自分のエンジンにたっぷり燃料を充填する。そして戦いに挑むのだ。

 明日は仕事の重要なプレゼンがある。絶対にそうしよう。私は夢の世界に入るまで、そう心に決めていた、――しかし。


 +


 私はわざとカフェの戸を大きく揺らして、戸に付いた呼び鈴をしっかり鳴らした。そして、存在を知らしめるためヒールのかかとを打ち鳴らしながら店内を進む。それもこれも、呑気にカウンター席で端末の画面を見ながら朝食を食べている赤髪の少年に気づかせるためだ。

「レオ! どうして起こしてくれなかったのよ!」

 私は開口一番苦情を言い放つ。

 私に『レオ』と呼ばれた少年は、携帯端末の画面から視線をこちらに移すと、ため息混じりに、おはようと気怠そうに挨拶をする。続けて、起きなかったリズが悪いんでしょ、と言葉を吐き捨てる。

「誰に言っているのよ!」

「はいはい、お姉さま」

 私はこの少年レオナルドとアパートメントでルームシェアをしている。レオナルドなどと堅苦しく呼びたくないので、レオと呼ぶ。

 便宜上周囲には『弟』と紹介しているが、実際は血縁の関係などない。先に断っておくけど、決して男女の関係ではない。私の好みのタイプは、紳士的で女性の扱いを心得た年上の男性だ。

 レオナルドの身長は私の胸くらいまでしかないし、カフェのカウンター椅子では、足が床につかずブラブラしている。ゲームと携帯端末が友達の根暗など興味がない。完全に許容範囲外、正真正銘ルームメイト、弟ポジションだ。

 私とレオナルドはお互い足りない部分を補って共同生活を送っている。レオナルドが持ち合わせていないのは、経済力。親のない彼にとって仕方のないことだ。

 そして私は……。

 私は十代の内に大学院を飛び級卒業。そして弱冠二十五歳にて、大手製薬会社の主任研究員をしている。外見も悪くない。鴉のような黒髪に青い瞳、厚い唇には赤いルージュを引き、そして仕事服にはダークのパンツスーツと決めている。これが長い足とヒップを強調して我ながら似合っていると思う。私は周囲から羨望の眼差しを受けるために生まれてきたような選ばれた人間、と思いたいのだが、神様は私に試練を与えられたとしか思えない。必死に隠しているが私にはどうしようもない欠陥がある。

「あれだけ念を押して頼んだのに!」

 レオナルドは今まで見ていた自分の端末をひっくり返すと、液晶画面を私の鼻先に押し付けた。そこには発信履歴が表示されていた。項目には私の名前と番号がディスプレイ一面に並んでいるではないか。

――なっ。

「揺すっても蹴っても起きない大女を見捨てず、電話を鳴らし続けた俺の労力も認めてくれる?」

 レオナルドは勝ち誇ったような態度で携帯端末を引っ込める。証拠を突きつけられて、ぐうの音も出ないとはこの事だ。

「……もうっ!」

 確かに目覚めた時、耳元に自分の端末があった。大音量の着信音が目覚ましとなって、眠りの世界から引っ張り出してくれたのだ。私は自分の端末を鞄から取り出して改めて着信履歴を確認する。

「うああっ」

 レオからの着信がびっしり入っているではないか。しかもご丁寧にきっかり三十秒ごとだ。生意気な赤い瞳が愕然とする私を見て笑っている。携帯端末で起こしてくれたのは、レオナルドの妥協策なのだろう。

 そう、私は自分の事を知っている。朝もろくに起きることが出来ない。恥ずかしながら家事は何も出来ない。お嬢様育ちの私は生活する術を何も獲得していなかった。実家から支援を受ければいいのだろうが、自活すると出た家に今更頼るのは、私のプライドが許さない。

 どんなに邪険に扱われようが、私にはレオナルドの支援が必要なのだ。そして彼もまた同じ。経済力のある私の庇護が必要なのだ。

 さて話を戻すと、今日は私にとって重要な仕事が待っている。私が率いている研究チームの予算取りのプレゼン会だ。今日でチームの一年の運命が決まってしまう。緊張の連続であろう一日の始まりに、カフェのひと時で英気を養うつもりだった。

 すでに朝ご飯を食べている余裕さえない。こんな事をしていないでさっさ出勤すればいいのだろうが、一言レオナルドに文句を言ってからではないと、腹の虫がおさまらない。しかし手痛い反撃を受けることになるとは。

「そろそろ俺を目覚ましに利用するの、やめてくれる?あと寝ぼけて人のベッドに入り込まない。ちゃんと服を着て寝ろよな。俺じゃなかったら襲われているぞ? 全くみっともない」

 十歳以上年下の少年からこうも言われるとは、情けない。外では完璧で通している自分だが、レオナルドには全ての弱点を握られている。保護者として、いや年長者の自分がしっかりしなくてはいけないと常々思っているのだが、立場は完璧に逆転している。少し甘えすぎていたようだ。

「……ご、ごめんなさい、以後気を付けます」

「なら、これ持ってさっさと会社に行く!」

 レオナルドは、紙袋を差し出した。紙袋はこのカフェのマークが入っているものだ。

「何よこれ?」

 受け取った紙袋は仄かに温かい。

「キャラメルマキアートとドーナッツでいいんだよね? テイクアウトしておいたから」

 なんとレオナルドは、私の嗜好を覚えていてくれた。

いつのまに覚えたのだろうか。

「……きゃー、レオありがとう。何この出来るイケメン、愛してる!」

 私はレオナルドに抱き付いて頬にキスをする。赤いルージュがべったり付いたが、ま、いっか。

「あああ! もうやめてよ」

 レオナルドは迷惑そうに私を押しやると、カウンターに備えつけられたナプキンを取って、ブツクサと文句を言いながら頬のルージュを拭き取りはじめた。

 素直に謝意と好意を示しているのに、美しいお姉さまを足蹴にするとは、許しがだし。

「……さっさと行かないと、遅刻するよ」

 レオナルドは口も態度も悪いが、ここぞと気が利く男なのだ。将来が末恐ろしい。今から唾をつけておこうか。でも私の好みはダンディな大人の男性だしなぁ。

「分かったわ、いってきます。あんたはちゃんと学校に行くのよ」

「はいはい、いってらっしゃい」

 レオナルドは端末に視線を戻しながら、空いている手をヒラヒラと振り、素っ気なく私を見送ってくれた。


 +


「もう主任遅いですよ!」

 オフィスに駆け込むと部下が私の到着を心配して、出入口で待ち構えていた。

「ごめん、ごめん」

 残念ながらオフィスに着いた時は始業時間を過ぎていた。しかし幸いにもプレゼンには間に合ったようだ。

「急いで準備してください、チームは会議室にスタンバイ済です」

「分かったわ。ちょっとガソリン入れさせて」

 大急ぎでデスクに鞄を置くと、カフェの紙袋からカップとドーナッツを取り出す。

――あら?

 カップの表面に何か紙が貼り付いている。あの店のパッケージにはこんな物はなかったはずだけど。

 紙カップの表面には、一枚の付箋が貼られ文字が書かれていた。お世辞にも綺麗な文字ではないが、そこにはレオナルドの文字で『リズ、ファイト!』と書かれていた。

 へぇ、あんなに人を邪険にする態度を取るのに、可愛いところもあるじゃない。思いがけないサプライズに、顔の表情筋が緩むのを自覚する。

「あれ主任。それ、彼氏さんからですか?」

 慌てて背後を振り返ると、部下がにやけ顔で私の手元を指差していた。

――見られた。

「……まあ、そんなところかしら」

「ごちそうさまです。先に行ってます」

「ええ」

 咄嗟に嘘をついてしまった。

 正直に(レオ)からよと言えばいいのに。何故か見栄を張ってしまった。

 私は自分のデスクの椅子を引くと、腰を下ろす。

 今度こそ紙コップに口をつけ、甘いコーヒーで喉を潤す。ドーナッツはお昼の楽しみにしておこう。

――よし! 行くわよ。

 カップについた付箋をはがすと、パソコンのディスプレイに張り付けた。赤いネイルを施した指先で付箋を弾く。さて戦ってくるわよ、見てなさい。

Doubt本編の宣伝用に

Text-Revolutions(文章主体同人誌中心の、同人誌即売会)公式アンソロジー「嘘」寄稿した短編です。

本編はレオナルド視点でしたが、こちらはエリザベス視点。違いをお楽しみください。

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