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Doubt  作者: ほた
6/9

勝敗決定

 オリバーは天気の良い日を見計らって出かけた。いつもは運転手に車を出してもらうが、今日は誰にも邪魔されず一人で出歩きたかった。

 大通りにある移動式の花屋を覗き、数種類の花をみて、やはり最初に良いと思った花の前に戻ると店員に花を示し花束を作ってもらう。

 オリバーはレオナルドの母、ビビアンの墓にやってきた。墓石の前に跪くと手にしていた赤いバラの花束をそっと捧げる。そして青々とした芝生の上に腰を下ろす。

「やあビビアン久しぶり。すぐにでも君の所に行けるかと思っていたんだけど、どうやらもう少し先になりそうだよ。そうそう先日君と初めて会ったカフェに行ってみたんだけど、まだあったよ君のお気に入り」

 オリバーは一人語りを始める。病状は落ち着いていた。数年辛い治療が続き、薬の副作用に何度も心が折れそうになったが、その度、娘が献身的に支えてくれた。

 先日も半年に一回の検診を受けたが問題はなかった。完治にはまだ遠いが、再発はせず寛解の状態が続いている。

「月日の流れるのは早いね。再来月、娘が結婚するんだよ。いま招待状やらドレス合わせやらで本当に大忙しさ。これでようやく君の息子が私の息子になってくれる……ほっとしたら気が抜けてしまいそうだよ。でもまだ頑張るさ。孫の顔を見て、君に自慢したいからね」


 

  +


 私は数か月前、エリザベスの三十歳の誕生日祝いにとディナーに誘った。普段よく会食で使うホテルのレストランを予約した。肩ひじを張らず食事をしたいと思った。

 レストランに現れたエリザベスは、ワインレッドのシンプルなカクテルドレスに、髪を半分だけ流して残りをアップにしていた。

「そのドレス素敵じゃないか」

「ありがとう」

 いやいや、お世辞などではない。

 その美しさに周囲の客も思わずこちらを見ている。鼻が高いぞ。美しい娘とデートが出来るなんて、私は幸せ者だ。それもこれも病気と闘ったご褒美だ。

 ウェイターが席を引き着席すると、今日のコースの説明がはじまり、エリザベスが好きな銘柄のワインがグラスに注がれる。エリザベスがグラスを手にする。

「ああ、ちょっと待って」

 乾杯は少し待って欲しいと声を掛けた。エリザベスは訝しんでいるが、その理由がすぐに分かる。

「いたいた」

 ウェイターに案内されたその人は、エリザベスの横の席に案内される。すぐにテーブルウェアのセットが用意され、同じワインが注がれる。現れたのは、もう一人の私の子供レオナルドだ。

「なんでアンタが来るの?」

 隣に座るレオナルドを見て、エリザベスがあからさまに嫌な顔をする。

「私が呼んだんだよ」

 私は犯人であることを白状する。

 エリザベスがディナーを承諾したので、レオナルドにも招待状を送った。もちろん、エリザベスには内緒だ。知れたら帰られてしまうかもしれないから、テーブルウェアも作らないように店に指示までした。完璧に騙せたようだ。

 レオナルドは、私が送っておいたスーツを着て来た。一度はドレスコードがあるから嫌だと断ってきたので、断わる理由がなくなるようにと。サイズは自分の若い頃を想像して買い求めたが、残念少し丈が短かったようだ。

――これは、とうとう背を越されたな。

 レオナルドは先日十八歳になった。学校在学中から、ダグラス・キングの元で働いている。なぜこの二人が一緒に働いているのかは、謎だ。お互い馬が合わないと愚痴を溢しながら、新しく立ち上げた会社を運営している。業績は上々。ダグラスはボスとして時に横暴なことを言うが、レオナルドが社員達の間に立ってボスに真っ向からぶつかるのが名物風景。ボスに物申せる若手と人気が高いとか。人を惹き付けるのが上手いのは、ビビアンの血だろう。ダグラスも手腕を認めているようで手放せないらしい。

 しかし流れてくる噂を耳にするこちらは毎回、冷や汗が噴き出る。さすがにもうエリザベスとは一緒に住んではいない。まあ何はともあれ、子供達は幸せに暮らせている。

 全員揃ったところで、ワイングラスを持ち上げ乾杯する。

「リズ、お誕生日おめでとう」

「ありがとう」

「三十路突入おめでと」

「大きなお世話よ」

 ワインを少し口に含む。病気をしてからアルコールがめっきり弱くなってしまった。あとはソフトドリンクにしよう。ウェイターに料理をお運びしても、と聞かれたのではじめてと答える。

 ウェイターが姿を消すと、レオナルドが話し始める。

「新しく出来た彼氏とは、その後上手くいってるの?」

「嫌味ね、誕生日に父親とディナーに来ているんだから察しなさい」

「ああ、なるほど」

「そういうレオはどうなのよ、会社の可愛い子とは」

「……聞かないで」

「おいおい、二人とも」

 会えばこんな感じの二人に私はいつも仲裁係となっていた。五年前にした約束はどうも実現しなさそうだが、まあこれはこれでいいと思っている。どうやらわが子らの浮いた話はしばらくなさそうだ。

 前菜の料理と私の注文したソフトドリンクがテーブルに運ばれてくる。

「お父様ありがとう、私の好きなもの覚えていてくださったのね」

「もちろんだよ。今日はリズの好物ばかりだぞ」

 エリザベスは、ウェイターたちが運んでくる料理に目を輝かせている。

 その時レオナルドが席を立った。料理の途中で席を立つのはマナー違反だ。まあレオナルドだからと、目を瞑っていると。向かいの席に座る私の前まで来ると、突然頭を下げた。

「……お父さん、エリザベスさんを俺にください。お願いします」

 私は、飲みかけていたお茶を寸でのところで吹き出すのを我慢する。突然の告白。

――ここでそう来るか。

 エリザベスも同じく咳き込んでいる。我が子ながら、うちの息子はなんて奇抜な神経の持ち主なのだろうか。エリザベスは大慌てでワイングラスを掴むと、咳き込む喉をすすぎ抗議の声を上げる。

「レオ! ちょっとこんな人の大勢いるところで何を言い出すのよ」

「人が大勢いる方がいいんじゃないの? リズもいい加減自分の性格を認めて観念したら? ババアになる前に貰ってあげるから……それとも俺じゃ嫌なわけ?」

「……ババアは、訂正なさい」

 エリザベスは、ブスッとした顔でそう言う。

――ん? 訂正させただけ? つまりは?

「……リズ様、申し訳ございません。結婚していただけますか?」

「五年も待ったんだから、責任取りなさいよね」

 まさか、話がまとまるなんて。いやいやこうなるのは五年前からの約束だったのだから、何も不思議はない。しかし私は不意を突かれていたので、声を発せずにいた。

 コホン。私は咳払いを一つする。

「えーレオナルド君。うちの娘と結婚したいというのかい、君はうちの娘を幸せに出来るのかい?」

 私は、客やウェイターたちが聞き耳を立てていることを承知で、芝居掛かった台詞をレストランのフロアに聞こえるよう大きな声で言う。

――この作戦乗ってやろうじゃないか。

「ちょっと、お父様!」

 エリザベスは、レストラン内を見回す。皆がこちらを見ている。

「リズは黙っていなさい」

 レオナルドも私の考えが読めたのか。表情を真面目に作り上げ、娘の恋人の顔をする。

 しかし、私もレオナルドも唇がプルプル震えており、笑うのを必死に我慢をしていたのは秘密だ。

「もちろんです、幸せにします」

「よし、いいだろう!」

 エリザベスはというと恥ずかしさに耐えかねてナプキンで顔を隠している。私はウェイターを呼びよせる。

「君、いましがた娘が婚約したので、この店で一番良いシャンパンを開けてくれるかい。それから今日お店に来ている方にも同じものをご馳走させてほしい」

「おめでとうございます。はい、かしこまりました」

 私の宣言に、レストラン内が祝福の拍手に包まれる。レオナルドは、席に戻るとエリザベスにブイサインをしてみせる、しかしその返礼に思いっきり叩かれていた。

 全く仲が良いのか悪いのか。

 しかし、私は今日まで生きていてよかったと思うのだ。


  +

 

「それで最近益々レオが俺の若い頃に似てきてね。妻や親戚に紹介する時、周囲にバレやしないかとハラハラしていたら、レオのやつ皆の前でこう言うんだ。『リズはファザコンだから、父親にそっくりな俺を選んだんですよ』だって。そうしたら親族達が納得してね。でもその代わりリズがご立腹で、いやー面白かった。リズにはこれ以上誰かに言うなと言われているから、ここだけの秘密な」

 オリバーは墓石を撫でると、芝生から立ち上がった。そして両手でズボンに付いた芝生の葉を払いながら、ビルの隙間から見える青空を見上げる。

「……さて、長々と話に付き合ってくれてありがとう、君は本当に聞き上手だから、つい時間を忘れてしまう……また近々報告に来るよ。……じゃあね」

 墓にささげた薔薇の花を一輪だけ引き抜くと、茎を短く折ってスーツの胸元に差す。


――白状するよ。ビビアン、君は私の初恋だったんだよ。


 もうすぐセントラルパークの桜が咲く。そうしたら家族で行こうと思う。

                                    完

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