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Doubt  作者: ほた
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DOUBT!

 エリザベスの父オリバーは、救急病院に運ばれた。時刻はそろそろ日付が変わろうとしている。

 オリバーはどうやら持病があるようで、応急処置が終わるとすぐに別の病棟に移され治療が続いていた。治療を受けている間、俺は待合室でエリザベスから今まで語られなかった、父と母、そしてエリザベスのことを順番に説明された。

 全てが初めて聞くことばかりで、最初のうちは情報量の多さに混乱もした。

 しかし、俺達には待つ時間が嫌というほどあった。投げ出せばいいのに、律儀にこの場に残っている自分のお人好しさに呆れる。だが逃げる先がないことも気づいてしまった。

 エリザベスが自分を助けてくれた理由、母が俺の父親を教えなかった理由、全てが合致した。そしてエリザベスの子供の頃の行動には驚かされた。彼女のネジが飛んでいるのは幼少の頃からなのか。まあ俺も人のことは言えないが……数時間前に脅迫をしてきたところだ。

「今まで黙っていてごめんなさい。貴方を騙すつもりはなかったの。何を言っても言い訳になるけれど、これだけは本当なの。血は繋がっていないけれど、弟の貴方を守りたかった。それだけなの。でも真実を言うには私のことも打ち明けなければいけない、私にその強さがなくて、あんな醜態をさらしてしまった……ごめんなさい」

 今日、この数時間で何度目になるか分からない謝罪。

「……もういいよ。信じるよ。リズは勉強と研究以外は、人並み以下に不器用なのは知っているから」

「酷い!」

 ようやく、普段のエリザベスが戻ってきた。しおらしい彼女など、借りて来た猫だ。俺の悪口により、ようやくエンジンがかかったようだ。

「これくらいの悪口受け流してよ、お姉さま」

「……分かったわ、今日は何でも言っていいわよ」

「そ、分かればよろしい」

「……ありがとう、レオ」

 それは、俺にだけに聞こえるような小さな声で呟かれた。

――まあ、いっか。

 正直まだ納得がいかないことがたくさんある。でも少しだけ収穫はあった。

 自分には両親への恨み言がたくさん貯まっていると思っていた。自分は必要とされない子供だと思って生きてきたが、どうやらそうでもないようだ。

 母がオリバーを拒んだのは、きっとエリザベスのため。理解は出来る。

 しかし、何故か心はスッキリしない。俺がまだ気持ちを処理出来ていないのは、母のせいだろう。俺はずっと母は男に頼って生きるしか能がない人だと思っていた。俺にとって彼女は良い母親ではなかった。

 もう俺には彼女から話を聞くチャンスがない。他の人の想いでの中で美化される。

 そのことが、腹立たしく悔しい。

 きっとこれからも母を思い出す度に、この苦い気持ちが浮かぶのだろう。いつか、この想いが薄くなる日か来ればいいが……。

「これからどうしようか」

「……さあ」

 扉が開き、医師が室内に入るように促す。

「ご家族ですね、病状の説明をいたします」

 エリザベスは、どこかに行かれては困ると俺の手を握りしめた。

 固く握られている手が痛い。しかしその痛みは少し心地のいいものだった。医師の対面に二人分の椅子を用意される。着席するとすぐに説明がはじまる。

「お父君は、ステージ三の癌です。本人には既に告知をしてあります。詳しくは検査が必要なので一刻も早く検査入院して、治療方針を決めていただきたかったのですが……ご本人からもう少し待って欲しいと。一刻の猶予もありません。リンパに転移をしているはずです」

 エリザベスは唇を真一文字にして、説明を聞く。一言も聞き逃すまいとしているようだ。薬学の研究者をしているエリザベスは、父の病状を聞くと、顔を青くしてゆく。

 俺は、あまり詳しくないが、最近は癌治療も良くなっているはずだよなと楽観的に聞いていた。いつも破天荒な性格で、強気でいる彼女の手が小刻みに震えている。しかし、先程の救急車を呼ぶ時とは違い、真っ直ぐ医者を見て説明に耳を傾けている。まだ大丈夫、心は折れていない。

 俺は、何も言わずその手を強く握った。すると大丈夫と言いたいのか強く握り返してきた。どうやら俺の体温は、エリザベスを安心させるのに効果があるようだ。


 説明が終わると、俺達はオリバーの病室に案内された。そこは個室の見晴らしのいい部屋だった。さすが金持ちと唸りたくなる。俺は室内の装飾と窓の景色を間抜けな顔でみていた。

「口が空いているわよ」

 エリザベスから注意を受ける。室内に入るとベッドに横たわるオリバーがこちらに顔を向ける。意識は戻り、その程度なら体を動かせるようだ。

「治療をしても五年生存率は三十パーセントだそうだよ」

 開口一番、気弱な言葉が漏れる。

「どうして黙っていたの!」

 娘の方はというと開口一番、父を怒鳴りつける。

 性格がこうも違うとは。面白い対比だ。

「心配をかけたくなかった」

「心配させてよ。次に会う時は、冷たくなっていたなんて許さないんだから! 後悔するのは私よ」

「すまない」

 エリザベスは矢継ぎ早に質問を繰り出す。相手は病人なのに容赦がない。

「結婚の話を持ち出したのも、病気のせいね?」

「ああ、私が死んだら確実に悍ましい遺産争いが起こる。それは私の父の臨終で経験した。親族からリズの素性を調べつくされて、お前が娘じゃない事が知れてしまうかもしれない。そうなったらもう守ってやれない。それならば、せめて私が結婚相手をみつけて、幸せを……」

「お父様いいのよ。私は何もしてくれなくても、私はただお父様の娘でいられれば、それだけで幸せなの」

「……すまない、私は父親失格だな。薄々気が付いていたんだ。リズが私の娘ではないことを……でもリズは目に入れても痛くないほど可愛くて、もし妻に事実を知らしめたら、取られてしまうのでないかと……ただ怖くて」

 オリバーは、ベッドのブランケットからそっと手を出すとエリザベスに手を伸ばす。

 俺はエリザベスの手を離すと、その背中を押した。エリザベスは一度こちらを振り返ったが、今度は父の手を払いのけることなく、しっかりと受け取る。

「……お父様、私はどこも行かないわ。ずっと娘でいさせて」

「ありがとうリズ」

 どうやら長年の間絡み続けていた親子の糸がようやくほぐれたようだ。父と娘は、絆を確かめあう。そして、今度はオリバーが少し離れた位置に立つ俺に視線を向ける。

「妻とリズのことで何年も悩んでいた折りに、レオ、君のお母様に出会ってね。話を聞いてもらううちに、男女の関係になってしまった」

 エリザベスは、ベッドの横の椅子を引くとそこに腰を下ろした。

 俺も席を進められたが、このまま立っていたかったので首を横に振って断る。

「私、ビビアンさんといろいろ話したわ。彼女はお父様を取った憎い相手だけど、懐が広くて……お父様が惹かれるのも分からなくないわ」

 オリバーは娘に不倫相手についてこんな感想を持たれるとは思いもしなったのだろう。うつむき数秒何かを考える。

「リズ、今までレオナルドを気にかけていてくれたんだね。ありがとう」

「お父様は、やりたくても出来ないと思ったから……」

 俺は今まで黙って父娘の会話を聞いていた。どうやらお鉢がこちらに回ってきたようだが、なんと言っていいのか分からない。

「どうも……」

 最初に出て来たのは、そんな台詞。何を言えばいいのか。

 恨み言の一つでも言えばこの人は満足するのだろうか。俺はそれをする気すら起きなかった。なぜならそれはただの接待だ。

 彼が苦労をしてきたからとか、病気だからとか気を使っているわけではない。本当に何を話していいのか、頭の中は真っ白だった。

「レオナルド今まで不遇を味あわせてしまったこと、どう詫びても許してはもらえないだろう」

「別に……謝らなくてもいいですよ」

 父はいないものとして生きてきたので、今更現れても困る。半年前に一度ダメ元で探してみたけど、見つからなかったら潔く諦めるつもりでいた。父とはその程度の存在だった。

「顔を見せてくれるかい?」

「ご勝手に」

「ビビアンさんが、お父様そっくりで私の成分入ってないと嘆いていたわ」

「そう言われても」

 父と娘は笑い合うが、俺はちっとも笑えない。

「レオナルド突然だが、どうか君を認知させてほしい。そして私が死んだときには遺産を相続してもらいたいと思っている」

 オリバーは大きく舵を切ってくる。それは俺をリード家に招きたいと言っているのだ。しかし――

「……えっと、それは結構です。遺産もいりません」

 俺の返事はノーだ。

「私に遠慮する必要はないのよ」

 エリザベスは父の援護射撃に回ってきた。二対一とは分が悪い。

「嫌だよ。今までの話を聞いていて、争い事に巻き込まれるのが分かっていて、乗っかる馬鹿いるかよ?」

 エリザベスも、確かにと小さな声で呟く。

「しかし、それでは」

「レオ、今は少しだけお父様の気持ちを汲んであげてくれないかしら」

「ちょっと時間をください」

 たしかに病床にあるオリバーをあまり困らせるわけにはいかない。それで病状が進んでは、俺も気が引ける。病院の薬品の匂いを嗅いでいると、母の臨終の姿が目に浮かぶ。同じ後悔をまた繰り返したくはないが、どう足を踏みだしていいのか。俺は皆目見当がつかない。どれくらいの間そうしていただろう。窓の外の夜景に目を向け考える。ガラス窓には俺の姿と椅子に座るエリザベスが映っていた。

――そうだ。

 俺は四日前のアパートのリビングの光景が目に浮かんだ。テレビに映し出されたダグラス・キングとエリザベスが並んでいた時のことを思い出した。

「……なら、一つだけ叶えて欲しいことがあります。それだけは飲んでください」

 俺は、オリバーの方を見ると告げる。

「なんだ! 何でも言いなさい」

 オリバーはベッドから身を起こす。エリザベスが急いで父の背を支えた。

 一度深呼吸をして息を整えると、言うべき言葉を頭の中で繰り返す。

「五年、あと五年延命治療でもなんでもして生きてください」

「なぜ五年なんだ?」

 オリバーは、疑問を投げかける。先程五年生存率の話をしたからそういう話が出たのかと思っているだろう。それは違う。

「五年したら俺は十八歳です。成人します。それまで援助をください」

 俺は今年十三歳、丁度五年すれば十八歳、成人だ。

「なるほど、それは君が言わずとも、そうさせてもらうつもりだよ。だからそれには認知を……」

「いらない!」

 俺は少し強い声で否定をした。

「……しかし」

 オリバーの気弱な声が漏れる。

「あんたの子供はリズ一人、でしょ?」

 声を荒げた事を反省して、今度はゆっくりしっかりと話す。

「……レオ」

 エリザベスがこちらを見ている。さあここからが本番だ。言うべきことを言ってこの二人を納得させなければいけない。

「俺さ、自分だけ我慢するわけじゃないよ。ちゃんとこれからは助けてもらうつもりでいるから。生活も見てもらう。ちゃんと我儘も言わせてもらう。でもそっち側には入らない。もし俺がその席に座ったら、あの世で母さんに叱られると思うんだ。だからこれだけは譲れない」

 オリバーは俺の目をじっと見た後、目を伏せた。

「……わかった、レオナルドのやりたいようにしなさい」

「お父様、レオ、それでいいの?」

 両者の話を聞いていたエリザベスは、それでいいのかと俺とオリバーに食ってかかる。

「……リズ、認知はしなくても、この子は私の息子だよ。君が私の娘だということと同じにね」

「そうだけど」

 オリバーを納得させるには、母の名前を出せば効果があるだろうという予想は上手くいった。さて次はお姉さまの方だが、ここらでさっき思いついたプランを実行に移すか。

 俺は納得のいかないエリザベスの方を見ると、ニッと笑ってみせた。

「それにさ認知は困るんだよ。ほら十八になったら結婚が出来るだろ?」

「そうね、この国は十八歳成人で結婚の許可も下りる」

 俺はエリザベスの座る椅子の前まで数歩歩み、パーカーのポケットに手を突っ込んだまま彼女を見下ろした。

「……リズさ、変なやつと結婚するより、俺にしておけよ」

「へっ?」

 勉強と研究だけは、ピカイチのエリザベスの脳ミソは、俺が言っている意味を理解出来ないようだ。仕方がないから追加攻撃をするしかない。

「俺だったら家の事情も、リズが生活破綻していることも何も隠す必要ないじゃないか」

「……馬鹿! あんた何を、何を言っているのよ! 私をからかうのもいい加減にしないと本気で怒るわよ」

 エリザベスは、父の背を支える仕事を放棄して、椅子から立ち上がり顔を赤くして怒鳴り散らす。この顔の赤さは怒ってのことなのか、それとも違う感情なのか、どうやら俺が言いたい事が分かったみたいだ。

 そう、これはプロポーズ。

 はじめてエリザベスに会った時、死神が来たと思った。そうではない、待合室で震える彼女はか弱い純粋な少女のようだった。普段はその身形と態度で虚勢を張っている。

「どっかの誰かに似れば、リズ好みの赤髪の渋い紳士になると思うけどさ。お買い得物件だけど、駄目?」

 それは暗に、ファザコンのエリザベスを指している。彼女の好みはおそらく父親。

「ダメよ! 第一、五年も待ったら、私三十歳じゃない!」

「別に、五年待たなくてもいいけど……」

 五年は結婚が出来る年齢だ。別にそれを守らなくてもいい。

「……私の身長を超えるまでは、お断りです!」

「じゃあ、身長超えたらいいんだ?」

「……んー、えーと」

 エリザベスはとうとう返答に困り、オロオロしだした。

「まあ、今すぐ返事はいらないよ。リズそういう事も考えておいて」

 黙って二人のやり取りを聞いていた、オリバーが堪り兼ねて笑い出した。

「なるほど、だから認知はなしなのか」

「そう認知なんてされたら、本当に姉弟になっちゃうだろ。俺はあんたの息子なんかじゃない、それでOK?」

「分かった、分かった。それならここでの会話は墓まで持っていくことにするよ。五年後に初めて会う義理の息子ということにしようじゃないか」

 オリバーは俺に手を差し出した。どうやら握手を求めているようだ。握手は気恥ずかしかったので、その手の平を打ってタッチする。

「お父様まで!」

「いやいや、実に名案じゃないか! 私が娘と息子を両方幸せに出来る千載一遇のチャンスだ。あと五年生き抜くか……やられた! これは病気に負けて死ねないじゃないか」

「そうだよ、だからちゃんと治療受けて生きてもらわないと困るからな」

 怒り狂っていたエリザベスは、父と俺の会話を聞いて怒りの鉾を収めたのか、静かになる。

「お父様……諦めないで治療を受けてくださるの?」

「ああ、そうしよう。生きたいと思えてきた」

 エリザベスは俺の方を振り向く。声は出さず唇だけを動かして言葉を伝える。

『ミッションコンプリート』

エリザベスは顔を両掌で覆い下を向く、髪でその表情は伺えないが、おそらく……。俺の肩に顔をうずめる。

「ありがとう」

そう耳元に呟いた後は、鼻をすする音が聞こえてくる。

 どうやら俺が仕掛けた手札が何か分かったようだ。

 オリバーが自ら生きたいと思えるような理由。この理由がある限り先延ばしにしていた治療を受けるに違いない。俺は、生まれながらの策士なのかもしれない。

 手持ちのカードを隠し、嘘を見抜かれず上がるカードゲームの事をなんといっただろうか。

 俺は肩に乗るエリザベスの顔に頬を寄せる。

 背はまだまだエリザベスには足りない。あと三十センチは伸びないと。それから嫌いな勉強もしなきゃいけない。経営学とか難しそうなのやらなきゃいけないのだろうか?

 俺の人生、前途多難だが、美人だけど気が強い死神が横に居てくれると思うとそういう人生も悪くないと思える。

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