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未完成な絵

未完成な絵


今日(こんにち)、またペンを執る。

黒いカバンの中に溢れた無数のノートから一冊を取り出す。

重く、厚いそれを手に取り、無作為にページを開く。

そして開いた場所から一枚一枚ページをめくる。

そこには、描きかけの少女、頭部だけの龍、円を(えが)くような線。

未完成な絵が次々と中途半端に、視覚を通り抜け、私の脳へ届く。

それを見て「ああ、私が中途半端に描いたんだ」と思った。

描くのを止め、諦め、挫折した。

私の中に存在した何かの残骸が描かれていた。

そして右手でゆっくり新しいページをめくり、絵を描き出した。

0.2mmのシャープペンシルの芯は折れる事もなく、はっきりとした筆圧で曲線を描いた。


絵は誤魔化しが効かない。

ボールペンで描く途中なんかそうだ、失敗しても綺麗には消せないから。

それと、私の心をまるっきり映し出すから。

ある友人は私の絵を見て「よく描けている」と言った。

彼女は私の絵を拒まず、認めた。

「何処か闇のある絵だ」と言った。

所謂私の投影された心、悪感情を彼女は感じ取った。

それでも尚、拒絶しなかった。

心象、心は誤魔化しが効かない。

禍々しいそれは絵に全て滲み出てしまうのだから。

まるでコップ一杯の水に、(すみ)が一滴堕ちたかのように。


直線を描くと、0.2mmのシャープペンシルの芯の先端がポキリと折れて跳ね上がった。

描きかけの絵に、小さく濃い点が出来てしまった。


こうして絵を描き続ける()にも、私の中で描きたい衝動が段々と大きくなる。


描きたい。


吐きたい。


この感情。


いつもいつも、小さな欠片が積もり続けて。

知らないうちに、段々と大きくなって。

いつしか、欠片は募り、(おびただ)しい得体の知れない感情になって居た。


何か得体の知れない悪感情、いつの時からか、齢十四頃から今の今に至るまで、私は既に言い知れぬ反社会的な絶望、焦燥、羨望、悪感情たちに取り憑かれたのです。


それはあまりにも多く。

それはなんと言う感情なのか、怖くて、不安で、叫びたくて、知りたくて。

私はクレパスを手に取り、何もかもこの白く眩しいもう1つの世界にぶつける、力強く色を塗りつぶす。

キャンパスやスケッチブックの向こうには激しく渦巻く(おびただ)しい色が鮮やかに、薄汚く表現された。


否、閉じ込めた。


私が私を壊してしまう前に、紙一枚に閉じ込めなくては。

真っ二つに折れたクレパスと1つの不安を片手にどんどん激しく塗りつぶす。


もっと細かい絵を描こう。


私はページをめくった。

そして足元にあった漫画をめくる。

窓から微かに差し込む光が、つやのある表紙のカバーを照らし乱反射する。

私は適当にページをめくり、絵を描き出した。

見様見真似で描いて見たい。

だが、見様見真似は大嫌い。

私は模倣というものが苦手であった。

他社の絵を真似るも、他者の行動を真似るも、考えを真似るも、どれも()()より上手く無い。

見様見真似が出来なくては進めないのに。


私は中途半端に、絵を描くのをやめた。

同時に周りを、他者を、世間を真似することを辞められたらどれ程楽になるか、そんな考えに支配された。


まるでこれじゃ人間の出来損ない傀儡(くぐつ)だ。


それは激しい劣等感、自分は他人より劣っている。

脳裏にいつも降り注ぐ言葉の弾幕。






“普通”






私には、それが欠如していたのです。

他にあるはずのそれ、普通、ノーマルとでも言うのでしょうか。

生まれつきそれの欠けた私は、なんだか劣っているようで、自分が段々欠陥品のように見え始めたのです。

未完成な人間、それが私でした。




私は未完成な絵を後に、ページをめくった。










今日も完成しませんでした。


でも何故か、心は満たされている気がします。






未完成な姿が、私の終点なのかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おふざけ度満載?の小説もある一方、この小説は静謐な文章で作者の内面、特に苦悩が良く表現されている。 また、未完成な姿が終点という結論は、一見悲観的なようで救いがある。 [気になる点] 特に…
[一言] 日光東照宮に魔除けの逆柱というものがあります。 「建物は完成と同時に崩壊が始まる」という伝承を逆手にとって、あえて木材を建物の柱にするときに木がもともと生えていた向きと上下さかさにして柱を立…
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