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川西の野望~川西雷電物語  作者: もろこし
リノの閃光~Lady Jackie Thunder物語
14/14

リノ~終章

 そして9月。またリノの季節がやってきた。


 リノの町はネヴァダ州北西部に位置する。同州のラスベガス同様カジノで有名な町でもあるが、やはりエアレースの開催地としての方が有名であろう。その郊外に広がる砂礫の荒野にあるステッド飛行場で世界一の草エアレースが開催される。


 リノ・エアレースはいくつかのクラスに分かれているが、菊原達の雷電=Lady Jackie Thunderは当然アンリミテッド・クラスにエントリーした。今年も多数の強豪達がエントリーしている。その中でも目立つ機体をいくつか挙げてみる。


#1 スーパーコルセア(Super Corsair)

 大戦中に試作されたF2Gと同じくF4UにR-4360を搭載した機体である。82年よりリノに参戦し84年は3位、85年には見事優勝を果たしている。


#4 ダゴ・レッド(Dago red)

 P-51Dベースの真紅の機体で82年に優勝している。85年は3位。86年は4位に入賞している。さらに83年には15㎞コースでの世界最高速記録も樹立している。


#7 ストレガ(Strega)

 同じくP-51Dベースの機体で83年から参戦し毎年決勝に進出している強豪である。昨年も3位入賞している。菊原達の機体と同じく赤白のツートンに塗装された機体である。


#8 ドレッドノート(Dreadnought)

 シーフューリーにR-4360を搭載した機体である。その巨大なパワーを吸収するためオリジナルの特徴的な5翅プロペラが巨大な4翅プロペラに変えられている。85年は2位、そして昨年の優勝機である。


#18 ツナミ(Tsunami)

 一見P-51に見える小さな機体にマーリンエンジンを積み込んだ新造機である。名前の由来はもちろん「津波」であり真っ赤な機体に波が描かれている。昨年86年からリノに参戦し決勝ではリタイアしたが予選3位の実力を示している。


#77 レア・ベア(Rare Bear)

 F8FにR-3350を搭載した機体で何と69年より参加している古豪である。一時レースから遠ざかっていたが80年より復活し上位の常連となっている。昨年も5位に入賞している。72年には3000mまでの上昇時間の世界記録を作っている。


#84 スチレット(Stiletto)

 P-51を原形を留めないくらいに改造した機体である。特徴ある機体下部のラジエターは主翼に移されキャノピーも極めて小さくなっている。84年に見事優勝し、85年、86年も決勝に進出している。


 御覧の様に菊原達の機体と同じモンスターエンジンR-4360を搭載した機体が2機も居る。その他も一癖も二癖もある機体ばかりである。これを見ると菊原の改造内容ですら「普通」レベルである事、そして菊原がいかに「本気」であるかがお分かり頂けるだろう。



 レースコースはステッド空港の滑走路を囲むように設定されている。パイロンで示されるそのコースの長さは1周約9.2マイルである(約15㎞:現在のコースより少し長い)。本戦レースではそこを6周、決勝レースのみ8周することになる。


 レースはまず、9月14日から3日間かけて予選会(Qualifying)が行われる。予選会はコース1周だけのタイムを競う一発勝負であり、この上位25機のみが本戦へ進むことを許される。


 出場機は予選会のタイムごとに4グループに分けられ、9月17日から3日間でそれぞれ3レースの本戦を行う。各レースで1位の機体は一つ上のグループに上がる事ができる。従って最終日9月20日の決勝ゴールドレースに出場するトップグループは予選会より3機増え合計9機となる(現在と多少ルールが異なる)。


 つまり予選会で上位6位以内に入れば決勝レース「ゴールドレース」への出場が確約されることになる。菊原達の雷電は初めてのレースであるため予選から無理はしたくなかったのだが、手を抜くわけにはいかなかった。



「ビル、こいつはマーリン(ガラスの心臓)とは違う。安心して最初から全力で行け」

「機体の方も全速ターンでビクともしませんから安心してください。ただし例のモノは決勝まで使わないでくださいね」

「まかせとけって。作戦も忘れてねぇから安心しな。ちゃんとゴールドチケットを持って帰ってくるぜ!」



 アナウンスに#54がコールされた。ビルがエンジンをスタートする。R-4360エンジンは一瞬白い煙を吐き出すがすぐに排気は透明になる。巨大な28気筒エンジンはスズメバチの集団の羽音のような独特な音をたてて安定して二重反転プロペラをゆっくり回している。どこにも異常はない。ビルはスロットルをわずかに開きタキシングを始めた。


 機体が観客席の前を通り過ぎるとオレンジ色のTシャツを着た集団が鳴り物と奇声をあげて声援してくる。彼らは「セクション3」と呼ばれるエアレースの熱狂的なファンの一団だ。いつも自由席のセクション3に集まる事からそう呼ばれている。ビルは彼らに片手をあげて挨拶すると離陸ポイントに機体を進めた。


 すでに原型の雷電三二型とはかけ離れた姿となった機体をビルは慎重に離陸させる。そして一旦山側へ向かうと緩やかに下降しながら加速しタイムアタックに挑んだ。重い機首とフルブーストの強大なパワーでパイロンから離れがちになる機体を腕力で押さえつけてターンさせる。そしてメインスタンド前を駆け抜けた。


 タイムは1分14秒.98。見事予選会を5位で通過した。



 ゴールドレースの出場は確約されたが、もし本戦でリタイアすると失格となるため、菊原達は残り3日間の本戦を適当に流して決勝に備えた。



 そしていよいよ9月20日の最終レース、決勝のゴールドレースを迎えた。


 メインスタンド前に9機の決勝出場機が横一列に並び一機ずつ機体とパイロットが紹介される。

  #1 スーパーコルセア(F4U/R-4360)

  #4 ダゴ・レッド(P-51D/マーリン)

  #7 ストレガ(P-51D/マーリン)

  #8 ドレッドノート(シーフューリー/R-4360)

  #38 ミス・アシュレイ(P-51D/マーリン)

  #54 レディ・ジャッキー・サンダー(雷電/R-4360)

  #55 ペガサス(P-51D/マーリン)

  #77 レア・ベア(F8F/R-3350)

  #84 スチレット(P-51D/マーリン)


 いずれもその実力は折り紙付きの強豪達である。P-51が5機も占めているのは流石名機と言われるだけの事があった。P-51以外の機種は雷電も含め全てエンジンが換装されている。皆、4000hp級のモンスターばかりであった。


 雷電とパイロットのビルが紹介されると、ひと際大きな歓声とブーイングがあがった。リノ始まって以来の日本機とあって注目度も高い。ブーイングは、かつての敵国機だからというお約束のジョークらしく、すぐに歓声一色に変わって菊原をほっとさせた。


「Gentlemen, start your engine!」


 アナウンスがエンジンの始動を告げる。各機がバラバラとエンジンを始動していく。リノ・エアレース決勝の名物の一つである。もしここでエンジンが始動しないと、DNS(Did Not Start:エンジン不始動)で失格となってしまうので皆慎重にエンジンをかけていく。幸い全機が無事エンジンを始動した。そして先導機のT-33を追うように一機ずつ離陸していき上空でアナウンスに指示されながら横一線の編隊を整えてスタートを待つ。


「Gentlemen, you have a race!」


 アナウンスがスタートを号令する。先導のT-33がスモークを引きながら急上昇し、同時に各機がフルスロットルにぶち込む。突然轟音が辺りを支配し、いよいよ決勝ゴールドレースが始まった。


 出足の速いP-51勢がまず先行する。しかしペガサスとミス・アシュレイはすぐに追い抜かれて順位を落としていく。スチレットとレア・ベアは決勝までの無理がたたったのかエンジントラブルで途中リタイアとなった。レースは逃げるストレガをドレッドノートが追い、更にその後ろをダゴ・レッド、雷電、スーパーコルセアの3機が追う展開となった。


「ビル、こらえろ。まだ仕掛けるの早い」


「わかってるよ、ニック。まだ団子状態だからダメなんだろ?」


 雷電はじりじりと第二グループを引き離し、5周目でとうとう二位のドレッドノートに追いついた。しかしトップのストレガとの差は約5秒。距離にして約1kmの差があった。


「よし!ここからが勝負だ!ビル、行け!!」


「任せろ!待ってたぜ!」


 ビルの雷電はここで切り札を切った。6周目から雷電は突然飛行ラインを変更した。最初のターンに向けて機体を内側へ鋭角に切り込ませたのである。


 アンリミテッドクラスは700km/hを超える高速で戦われる。どの機体も高速発揮のため翼面荷重が高く小回りが効かない。このためどの機もかなり大回りコースで周回している。重いR-4360を積んだ機体は特にその傾向が強かった。


 パイロンに鋭角に突っ込むと普通はオーバーシュートが大きくなりロスが多くなる。また間違ってパイロンの内側に入ってしまうとペナルティが課せられる危険もあった。内側へ大きく切り込んだ雷電を見て、誰もがビルの操縦をミスを確信した。



 しかし思い出して欲しい。ビルが操縦するLady Jackie Thunderの母体は旧日本海軍の戦闘機「雷電」であったことを。そして「雷電」は高翼面荷重と旋回性能を両立させるため、ある特殊な装備を持っていたことを。



 これまでビルは予選会から今に至るまでその装備の使用を控えていた。しかしついにそれを解き放つ。


 ビルはドレッドノートをあっさり抜き去ると、パイロン手前で機体を左にロールさせ操縦桿を引くと同時に上にあるボタンを押し込んだ。


「くふぅぅっ……!!」


 これまでと比べ物にならないGで体がシートに押し付けられた。食いしばる歯の隙間から思わず声が漏れる。そして機体は信じられないほどの角度でターンを決めていた。



「自動空戦フラップ」--それが菊原たちの秘密兵器であった。



 元になった雷電三二型には旋回時のGに応じて自動的に開度を調節する空戦フラップが装備されていた。Gの検出には水銀柱を使用している。この装置を使用すると翼面荷重の大きな戦闘機でも小さな半径で旋回することができた。菊原は雷電を改造した際、Gセンサーと制御装置を現代の物に換え、空戦フラップを残していたのである。


 ただし、空戦フラップを使用すると飛行ラインが他機とあまりに変わってしまうため、団子状態で競っている時に使用すると空中接触の危険性が高くなる。それに一度知られると対策を取られる可能性が高い。だから菊原達は自動空戦フラップはゴールドレースのみ、それも集団がばらけた時にだけ使う事を決めていた。



 空戦フラップを使用すると通常は速度が低下するが、リノのコースはターン角が小さいため速度低下がほとんど無い。雷電は大回りで飛ぶストレガを最短コースで追い始めた。最短コースを飛ぶことにより雷電は1周で1.5秒ずつストレガとの差を詰めていく。ストレガも逃げるがブーストは既に一杯で速度は伸びない。更に焦りがわずかな操縦ミスを生み余計間を詰められてしまう。


 8周目。ホームスタンド前で白旗が振られる。レースはついに最後の1周を残すのみとなった。既に雷電はストレガの後ろにつけている。ホームから一番奥の第五パイロンで雷電はついにストレガを捉えた。外に膨らむストレガを尻目に雷電はその内側を駆け抜けていく。


 ホームパイロンをトップで通過しチェッカーフラッグを受けたのは雷電=Lady Jackie Thunderであった。



 初の日本機、雷電設計者、過激な改造、見事な作戦、そして初優勝。話題に事欠かない菊原らのチームの活躍は日米両国でニュースとなった。この活躍から当時バブルに沸く日本ではTV中継が毎年行われる様になり、F1と並んで人気を博していく。そして多くの日本人がレースパイロットになることを目指して米国に渡っていった。


 菊原達もしばらく日米両国のマスコミから取材攻勢を受けた。その対応に忙殺されたことと、これまでの相当な無理が祟ったのか菊原は体調を崩し今シーズンでチームを離れることとなった。


 その後もニックとビルらは雷電を駆り、今でもリノ・アンリミテッドクラス上位の常連としてレースを続けている。



 1991年(平成3年)、菊原はチームに戻ることのないまま永眠した。享年85歳だった。



 葬儀にはニックらも参列した。葬儀も終わり参列者が斎場の前に並んで出棺を待っている。


「ニック、ビルは間に合うかしら?」

「大丈夫だジャッキー。もうすぐ来るはずだ。間に合うよ」



 出棺の時間となった。霊柩車に棺が納められクラクションが鳴らされる。その時、南の方から聞きなれた爆音が聞こえてきた。


 それはビルの雷電を先頭としたアンリミテッドクラスのレーサー達の編隊だった。1987年のレースで雷電が優勝して以来、日本でもエアレース熱が高まった結果、昨年1990年より千葉の幕張でもチャンピオンシップレースが開催されるようになっていた。彼らWarbirds達はレースのエキシビジョンで偶然来日していたのである。そこで菊原の訃報を聞き、各所に無理を通してもらって駆け付けたのである。千葉から神戸までの中継場所については各所の航空自衛隊と米軍基地が協力してくれたという。


 雷電、P-51、F8F、F4U、シーフューリー達がスモークを引きながら綺麗なV字型の編隊で進んでくる。そして斎場の上空でロールを決めると真っすぐに急上昇していった。


 それは菊原の魂を天へと導くワルキューレの様だった。





『なんでお前だけええ思いしとんのや!俺ん時はなんもエエ事なかったんやぞ!』

『ちょっ!まっ!社長やめてください!きっと社長にも、そのうちいい事ありますよ!』

『もう死んどるのに、んな事あるかい!!』

これにて川西雷電の話はおしまいです。

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― 新着の感想 ―
いいお話でした。 雷電の空を駆ける姿、見てみたかったです。
[良い点] いい機体は時代と国を超えて空を飛ぶんですね [一言] 私も葬式の時に幻でもいいから雷電に空を飛んで欲しいなぁ
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