閑話 帰ってきたグリーとルベルト
再開します。これまでと地の文の雰囲気が違うかもしれませんが、そこはご了承ください。
目の前が急激に回転し、立ちくらみがするような感覚に教われるグリーとルベルト。どうやら転移の術式は無事いつもどおり成功したようである。
パッと景色は変わって、二人の目の前に写ったのは一人の女性。
170cm位はあるであろう身長と、それに見合う平均的な胸。
極めつけには顔の横に尖った耳。俗にエルフと呼ばれる種族の女性であった。
「ふむ、予定どおりですね。マスター。」
「ギルドのマスターが予定どおり動かなかったら仕事まわらんだろうが」
「そうだぞ、受付の嬢ちゃん」
その女性は二人を一瞥してから、目を伏せてため息をついた。
「あのですねえ、マスターが予定や約束を守るなんてごく稀なことですからね?ギルドのマスターとしての自覚をもう少し持ってください。それとルベルトさん。嬢ちゃん呼ばわりはやめてください。私に『エミリア』という名前がありますので」
「あれ、そうだっけか?まぁ、んなこまけぇことは気にすんな、な?」
「そうか、そういやエミリアだったな、わりぃな嬢ちゃん」
「…………………………………」
その女性の瞳には呆れと怒りが内包されていた。普通の人ならばこんな眼差しで射ぬかれたら堪ったものではないであろうが、二人はこれが日常であるため、軽くいなした。
「それで、今回の調査はどうだったのですか?」
エミリアはグリーに報告を促す。
「ま、特に問題は無かったな、想定通りってこったな。」
「はぐれがでた、と?」
はぐれ、とは突然発生モンスターの総称である。
通常その地域にいないはずのモンスターが、何らかの要因でその地域の魔素で『湧く』か『追いやられてきた』ものを指す言葉である。
「あぁ、今回はブラックグリズリーだった」
「は!?黒ですか!?」
「いや、まぁそいつはもう死んだから良いんだ。ダンジョン化の傾向もない。もう大丈夫だろう」
「…わかりました。では早速あの地域の警報を取り下げます。」
「っと、ちょっとまってくれ」
サラサラと紙らしきものに羽ペンで書き込むエミリア。そこにグリーがまったをかけた。
「他に何か?」
「いや、山から男女二人組が降りてくるだろうから、それを警戒しなくてもいいってことと世話もそっちに任せるってことも書いといてくれ。」
「…………誰です?それは」
ダンジョン化の傾向がある地域には即座に警報が出される。つまり「ここにいたら死ぬぞ」とという警告である。盗賊でさえ、警報がでたらそこを離れるのだ。
そこに調査員以外の人がいるということはとても不自然なことなのである。
「いや、…………まぁいいか。」
グリーは少し間を開けてからエミリアにいった。
「迷い人が現れた」
「迷い人!?危ないじゃないですか!!その二人死んでしまいますよ!?」
迷い人とは、この世界以外の世界から意図的あるいは偶然に入り込んでしまった者のことだ。迷い人は「レベルが低い」。迷い人はレベルが上がるスピードや、ステータスの上がり幅が大きいが、迷い混んだばかりの迷い人は、総じてレベルが低いのである。
つまり、モンスター蔓延る山に放置された迷い人がいるとしたら、それは死んだも同然であるのだ。
「なんでどちらかが付いてあげなかったのですか!?は、早く助けにいかないとっ!」
「いや、大丈夫だろう」
「な、マスター!!あなたは迷い人が死んでもいいというのですか!?」
「いや、そんなことはない」
「なら何故っ!」
「あいつらなら大丈夫だろ、なんたって……」
「もう知りませんっ!私が行きますっ!」
★★★★★★★
「……………人の話は最後まで聞けっての」
なんたってブラックグリズリーをタイマンで倒せるんだからな、と続けようとしたのだが。
エミリアは、グリーの言葉を遮って部屋から出ていった。大方あちら側へ行く準備をしているのであろう。
「いいのか?グリー」
「いいだろ、あいつも馬鹿じゃねぇ。俺が迷い人を放ってきた意味位わかって欲しいもんだな。」
それよりも、と。
「サキとマイのことだ。」
「サキだけじゃなくて嬢ちゃんもか?」
「あぁ」
客観的にみたらあの二人が迷い人であることは間違いない。しかし、色々と当てはまらないのだ。
つまりひとつ目は
「あいつ、強すぎねぇか?」
「そうだな」
「ルベルトお前考えてねぇだろ」
迷い人は総じてレベルが低い。それは、あちら側の世界では戦いというものがあまりなかったためであると言われている。しかし、咲は戦いなれていた。
それともうひとつ。
「あいつら、なんで山にいたんだ」
「そうだな」
「お前もう喋るな」
迷い人とは、普通王城で召喚されるのだ。意図的に召喚する『勇者』たる迷い人と、それに偶然『巻き込まれる』迷い人。どちらかでしかないのだ。
しかし、あの二人は巻き込まれる場所にいなかった。
「巻き込まれた迷い人であるのは間違いないんだろうが…………あいつら何に巻き込まれたんだ?」
「王城での召喚だろ」
「なんだと?」
「ほらよ」
ルベルトはグリーに紙を渡す。それは、先ほどエミリアが出ていったときに落とした情報紙であった。そこには。
『勇者の召喚に成功。魔族に勝てる見込み大幅に上がる』
という見出しがでかでかと書かれていた。
日付は今日のものである。
つまり、
「あいつらはこれに巻き込まれた、と?」
「だろうな」
「………何故あそこに?」
「俺が知るかよ。それを調べんのがマスターの仕事だろうが」
「いや、まぁ、そうだな」
別にそんな義務はないのだがどうにも嫌な予感がする。さっさと調べて安心したいものだ、とグリーは考えた。
「飯食わねぇで考えても何もいいことねぇぞ?グリー」
「………そうだなぁ、おう、食いにいくか」
★★★★★★★
二人は昼飯を食べに行こうと部屋を出た。しかし、昼飯を食べることは叶わなかった。何故なら。
「こ、ここにいたんですかっ!マスター!!あっ!ルベルトさんもですか、失礼しますっ!」
職員の一人が、廊下で呼び掛けてきたからだ。
「なんだ、いまから飯食いにいくところなんだが」
「そ、それがっ………!!」
職員は焦りながらも、なんとか言葉を吐き出した。
「じ、じつはさきほどっ!エミリアさんが予備の魔力を使って転移の術式を起動しましたっ!予備の魔力残数は0っ!エミリアさんが帰ってこれない状況です!」
「………………」
「………………」
二人はそれを聞いて無言になる。数瞬ののち、グリーはわかりきっていることを職員に訪ねる。
「……場所は?」
「メーレ山と、設定されていましたっ」
「……………」
「……………」
グリーは、目頭を押さえながら指示を出す。
「とりあえず、君は仕事に戻ってくれ」
「で、ですがっ!」
「あいつは一応あれでもA級の実力者だ。万が一はないだろうし、あったとしても俺が何とかする。とりあえずエミリアが抜けた穴を君たちでカバーしてくれ」
「わ、わかりました」
職員はもときた道を歩いていく。しばしの静寂。
「なぁ」
「……あ?」
「あいつ、馬鹿じゃないんじゃなかったか?」
「はぁ………………」
グリーは今日一番のため息をついた。
「知恵のある阿呆は手が付けられん」
馬鹿であったという事実は認めないまま、別の表現を用いてエミリアを罵倒する。
「ま、後始末頑張れよ、俺は行ってくるわ」
そういってルベルトは廊下で立ち止まっているグリーを残して出口の方へ去っていった。
その後、一人取り残されたグリーは執務室に向かいながらこう呟くのだった。
「ったく、おちおち飯も食えやしねぇ」
定期的に出したいなぁ……