第11話 見られた。
なぜか背中を流す、と言いながらさも当然のように咲のいる浴室へと入っていく舞。
それを見て咲はただただ呆然としていた。
「…………結月君?」
呼び掛けられて再起動する咲。しかし現実は何一つ変わったことなどなく、そこには「舞が浴室へ入ってきた」という事実だけがあった。
えぇ……………?何故に?
「えっと……………何故?」
「?何故って何が?」
「いや、だから……………」
男の前で裸を晒して恥ずかしくないのかとかなぜタオルの一つも持ってないのかとか持たないなら持たないで手で隠すとかあるだろとかとにかく言いたいことは山ほどあるのだか大前提として。
「何故俺がいるのに入ってきた?」
「……………結月君がいるから入ってきたんだよ。言わせないでよ///」
……………………
………………
……………
…………、
………
……。
……………えぇ?
え、なになに。なんで俺が悪いみたいになってるの。完全に被害者だよな?俺。
一応女の裸は見たことあるけど、見慣れてはいないから見せられると反応はするし、こっちも見られると恥ずかしいのだが………
「えーと………とりあえず、君はここから出ようか?」
「え?なんで?」
「いや、だからさ…………もういいわ」
諦めて折れてしまう咲。そちらが出ないのならこちらがでるまでだ、と。そのまま湯船から出ようとする。
「?結月君どこ行くの?」
「いや、だから出るんだよ」
「どこから?」
「ここから」
「?なんで?」
「いや、だからなんでって………」
ヤバイ。鈴木ってここまで頭悪くないはずだったが。
これはもう中学校の国語の文法からやり直したほうがいいレベルだ。
「そんなことより背中流さないの?」
「いや、だから、うん、わかった」
なるほど。そんなことより、ときたか。
今までの会話はすべて理解した上であえて流すと。そういう訳か。
これは背中流されるまで折れる気ないな。
「わぁったよ。」
「それじゃぁ流すね?」
「あぁ。なるべく早くな」
咲は溜め息をつきながら座り込んだ。そんな咲の背中を、舞がタオルで擦りながらお湯で流してゆく。
(他人にやってもらうってのは存外気持ちいいもんだな。)
実際、美容室などで頭を洗われるときは何とも言えない心地よさがある。それが単に他人の技量の問題なのか、自分のことを他人にやらせているという征服感から来るものなのか、隣の芝生は青い的な何かなのかは分からないが。
現在、それと似た快感が咲を襲っていた。
気がつくと背中は既に洗い終わっており、舞の手は背中を離れ、咲の下腹部の方向へと━━━━━━━
「━━━━━って、おい。」
間一髪。俺は、鈴木の手が太股に乗せてあるタオルに触れる前に、その少し力を入れただけでも折れそうな儚さ溢れる腕を掴む。
「どうしたの?」
「……………この手はなんだ」
「前も洗わなきゃ」
「自分でできるんだが」
「私がやるよ?」
ヤバイ。末期だ。全く会話が成り立たない。キャッチボールする気の無い返球をしてくる。
「ほら、そのタオル邪魔だよ?」
そして、その細腕からは考えられないような力を出して、タオルを剥がそうとしてくる鈴木。
「おい!」
「大丈夫。見るだけだから見るだけだから。」
「それ絶対見るだけで終わんねぇだろ!」
「まあまあ、よいではないか、よいではないか。」
「よくねぇから抵抗してるんだよっ!」
浴室の中は、咲と舞の叫び声で反響し、もう誰が何を叫んでいるのかわからなくなっている。
そのせいで二人は気づかなかった。だんだんと近づいてくるどこか怒りを伴った重低音に。
そして遂にその音は浴室前で止まり、
バンッ!
「おいっ!いったい何があったらこんなにうるさ……く………」
浴室の扉を開け放ったグリーは言葉を失う。こちらを見るのは青年二人。一人は股間にあてがった布を取られないよう抵抗する男。もう一人はその男の布をひっぺがそうと奮闘する女。いうまでもなく咲と舞である。
そしてこの惨状を見て、グリーは一つの結論にたどり着いた。
「あ━━………ほどほどにしろよ?」
そして、今度は優しく扉を閉めて立ち去った。
残された二人は、暫し呆然として立ち尽くしたせいで体が冷え、結局、二人一緒に風呂に入ってそのまま上がったのだった。
勿論、何も間違いは起こらなかったことを明記しておこう。