第八話
青柳が動かなくなったのを確認し、私は一つ、大きく息を吐く。
……死んだ、のだ。私を苦しめてきた悪魔が一人。
この無邪気な殺人鬼――白石まどかの手によって。
「陽子ちゃん、見て!」
いまいち現実感のないまま私が青柳の死体と、それに跨るまどかを交互に見つめていると突然まどかが驚いたような声を上げた。
思わず、肩がびくっと震える。まさか、青柳にまだ息がある?
「……どうしたの?」
「このデジカメ。海に浸かったのに、壊れてないんだよ!」
恐る恐る問い返すとまどかはいつどこから取り出したのか、ホワイトカラーの高そうなデジカメを持ってはしゃぎだした。それを見て一瞬だけ心が和んだけど、すぐにまた疑問が浮かんだ。……デジカメなんて、一体何に使うの?
「何でデジカメなんて?」
「赤澤さんに頼まれたの。確かに殺したって証拠に、殺した子の写真を撮ってきて欲しいって。それでこのデジカメを、赤澤さんが用意してくれたの!」
ぐらり。まどかの返事に、思わず目眩がした。実の娘を殺せと頼むだけでなく、その証明写真まで? 普通の親なら、子供の死に顔なんて見たくないものなんじゃないの?
狂ってる。赤澤の父親も、それを了承するまどかも。改めて、全身に寒気が走るのを感じた。
「ねぇ、陽子ちゃん」
私の様子には気付いていないらしいまどかが、暗がりでも解る丸くて大きな目をこちらに向ける。私は逃げ出したくなるのを堪えながら、一瞬でからからになった口を開いた。
「な、何?」
「記念に一緒に写ろう? 大丈夫、私自撮り上手いから!」
「……え?」
何を、言い出すのだろう。この子は。死体と一緒に写真に写る?
不味い。一気に私は冷静さを取り戻した。それはいくら何でも不味い。確かな証拠を残してしまうのは不味い。
そうだ。もう殺人は起こってしまった。後戻りは出来ない。私に出来るのはなるべく物的証拠を残さずに、かつスムーズに赤澤達が全員死ぬよう立ち回る。それしかない。
もう一度、青柳の死体を見つめる。さっきまであやふやで不確かだった現実が、一気に脳内で形になる。
苦悶に歪むその死に顔を見ても、もう何も心は動かなかった。いい気味だ。そんな一言で終わってしまうほど、今の私の心は冷めていた。
「……いい。私は遠慮しとく」
「そう?」
そう言うだけで代わりに写真を撮ってあげようともしない私に、まどかは何の不信感も抱いていないようだった。そして死体を抱き起こし、デジカメを構えるとぱしゃりとシャッターを切る。
暗闇の中、眩しいフラッシュの光が私の視界を奪う。思わず目を閉じると、ちかちかとした渦が瞼の裏にうねった。
その渦が収まるのを待ってから目を開ける。まどかは、既に死体を置いて大きく背伸びをしていた。
「んー……ふぅ。それじゃ陽子ちゃん、この子どうする?」
「海に投げ捨てておこう。沖まで流されれば発見される事はないと思う」
「解った!」
私の言葉にまどかは大きく頷くと、私より小柄なその体からは想像もつかないぐらい軽々と青柳の死体を担ぎ上げる。そしていらないゴミを投げ捨てるみたいに、そのまま海の中に放り込んだ。
波がこちらに向いたらと、そればかりを心配したけど青柳の体は上手い事沖の方へ沖の方へと流れていった。その事に、私はほっと息を吐く。
「……まどか」
「何? 陽子ちゃん」
「必ず、あいつらを殺して。私の為にも。だって……」
「うん、私達友達だもんね!」
屈託なくそう答えたまどかに、私は心からの醜い笑みを浮かべた。