第六話
「……さて、どうやって全員を殺すか……」
もう皆寝静まったのか、窓に反射する月明かり以外何の灯りもない別荘を見上げながら私は呟く。いくら武器があるといってもこっちの手駒はまどか一人。多勢に無勢でかかられてはどうしようもない。
「ねえ、この玄関から出てくる人をとにかく刺し殺していけばいいんじゃないかな?」
「駄目。それじゃすぐ気付かれて反撃されるか、逃げられるかすると思う。反撃されるのは勿論厄介だし、逃げられても、この隠れる所の多そうな島じゃそのまま逃げ延びられて迎えが来るのを許すかもしれない」
「そっかぁ……そうだね。陽子ちゃんって頭がいいんだね!」
考えなしもいいところのまどかの案にそう反論すると、まどかは輝く目で私を見た。……はっきり言って、ちっとも嬉しくない。
「でも、それならどうしたらいいの?」
「とにかく、一人ずつ確実に殺す。それも、なるべく他の奴には気付かれないように。ただ姿を見せないだけなら、あいつらの事だから、ただ自由行動してるだけと思って油断するかもしれない」
「解った! 一人ずつ確実に、だね!」
「……問題は、基本的につるんで行動してるあいつらをどうやって一人にさせるかなんだけど……」
そう。一番の課題になるのはやはりそこなのだ。いじめをするような卑怯な奴らは、とにかく群れる事を好む。例外は桃生だけど……桃生は赤澤のお気に入りだ。まず赤澤が、一人にはさせないだろう。
私が呼び出す、というのも考えたが果たして一人で素直に来てくれるか。望みとしては、やはり薄いだろう。
じゃあ一体、どうやってあいつらを一人ずつおびき寄せれば……。
「! 陽子ちゃん……」
不意にまどかが声を潜め、私の腕を引く。目を向けると、まどかは何やら不安げに上を指差していた。
視線を、まどかの指差す方に向ける。すると、さっきまで暗かった窓が一つ、中から微かな灯りを放っていた。
「誰か起きた……?」
無意識に、心臓が跳ね上がる。夏の熱気によるものとはまた違う汗が、掌に滲んでいく。
……いや、待って。これはチャンスかもしれない。今なら、他の奴をわざわざ起こしに行くとは思えない。上手く一人だけおびき寄せられるかもしれない……!
「まどか、その辺に小枝か何か落ちてる? なるべく沢山」
「うん、はい」
まどかから小枝の束を受け取って、輝く窓を見据える。あれが誰の部屋かは解らない、けど……この機会を逃したら次にいつチャンスが来るかなんて解らない!
「まどか、先に船着き場の方へ行ってて。一緒にいたら怪しまれるから」
「解った。気を付けてね、陽子ちゃん」
私が促すと、まどかは頷いて元来た道を駆けていった。それを見送ると、私は手にした小枝を思い切り窓に向かって投げた。
かつん、と小さな音が静かな外に響く。それを聞きながら、何度も、何度も小枝を投げて反応が返るのを待つ。
やがて、手の中から小枝がなくなる。面倒でも新しく拾わなければ、そう思ったその時。
「……何よ。うるさいわね……」
窓が開き、そんな不機嫌な声が聞こえた。逆光で顔はよく見えないけど、この声は……青柳?
しめた。青柳だとしたら、私はとても運が良い。青柳を誘う為のネタなら、すぐにでも思い付く。
「青柳……さん。青柳さん?」
内心の歓喜を悟られないよう努めながら、私は青柳に声をかけた。するとすぐに、青柳は下にいる私に気付いたようだった。
「あ? キモ井?」
「こ、こんな夜中にすみません。実は、青柳さんだけに相談があって……いいですか?」
「あたしに?」
「桃生さんの事なんですけど……」
「……桃生の?」
桃生の名前を出した途端、さっきまで寝ぼけたようだった青柳の声色が低くなったのが解った。その変化に、私は内心ほくそ笑む。
青柳が桃生に良い感情を持っていない事には、ずっと前から気付いていた。赤澤を恐れて口には出していないようだが、赤澤の一番の側近のように振る舞う青柳には、その赤澤がご執心である桃生の存在は面白くないように私の目には映っていた。
或いは、自分の地位が桃生に奪われるかもと不安なのかもしれない。馬鹿みたい。赤澤にとっては、青柳なんてただの取り巻きの一人にすぎないくらい私にでも解るのに。
「ここで話すと誰かに聞かれるかもしれないから、外でゆっくり話をしたいんですが……いいですか?」
「……解った。今行く」
私の誘いに青柳がそう答えて引っ込み、灯りが消える。それを見届けると、私は笑いを抑えきれなくなった。
普段私より上だという風に振る舞っていても、所詮は群れるしか能のない馬鹿だ。こんなに簡単に、誘いに乗ってくるなんて。
始めから自分に用があったと、その事を疑いすらしない。部屋決めの前に外に放り出された私が、青柳の部屋を知っていた筈がないのに。
間も無く玄関が開き、青柳が姿を現す。私は急いで笑みを消し、怯えた風を装いながら青柳に近付いていった。
――さあ。逆襲の始まりだ。




