第五話
私はまず、まどかを別荘の近くまで連れて行く事にした。どの道朝まで中に入る事は出来ないのだが、まずは現場に行かなければ奴らを殺す為のプランも練りようがないというものだろう。
「陽子ちゃんは、いじめられてる事、今まで誰かに相談したりしなかったの?」
歩きながら、まどかが私にそう問いかける。私より少し低めの位置にあるその顔は、悲しげな表情に彩られている。
「相談するだけ無駄よ。あの学校は完全に、赤澤に牛耳られているんだもの。生徒だけじゃない、先生達だってクビになりたくないからいじめを知ってても見ない振り。担任に至っては、私と目を合わそうともしないんだから」
「お父さんやお母さんは?」
「あの二人に私への関心なんてない。もうずっと前から、形だけの家族」
「……………………」
口にして、だんだん空しくなる。思えば、いじめに遭うずっと前から、私は他人に心を許す事がなかったと思う。
一応中学までは友達らしきものはいたけど、それも単に一人でいるとみっともないからという理由だった気がする。現に、いじめに関係なく、卒業以来彼女達とは一度も連絡を取っていない。
……惨めだ。我ながら。初めて自分の事をちゃんと話すのが、こんな訳の解らない相手だなんて。
「!?」
と突然、体を包んだ柔らかな熱に私は驚いて目を見開く。視線を下に遣ると、まどかが私を抱き締めているのが見えた。
「な、何……」
「泣いても、いいんだよ? 陽子ちゃん」
戸惑いながらまどかを見るとその目にはまた涙が滲んで。月明かりを受けて、それは微かにキラキラと光っていた。
「べ……別に、泣きたくなんか……」
「嘘。陽子ちゃん、とっても辛そうだもの」
一瞬その綺麗さに飲まれそうになったけど、すぐに今私を抱き締めてるのは包丁を持った殺人鬼である事を思い出し身を竦ませるとそれをどう勘違いしたのか、まどかがそう言ってきた。私はそれに、肯定も否定も返せない。
「今は、私がいるから。辛い事、我慢しなくてもいいんだよ?」
「……………………」
正直。まどかの言葉は、とても耳に心地好い。けど素直にそれに身を委ねられるほど、私は流されやすい性格じゃない。
心を許しちゃいけない。だって相手は、頭のおかしい殺人鬼なのだから。
「……ありがとう。でも本当に大丈夫だから」
「陽子ちゃん……」
「ほら、朝が来る前に別荘に行って、どうやってあいつらを殺すか相談しないと。でしょ?」
「……うん」
私がそう促すと、まどかは渋々、といった様子で私から離れた。その事に、安心と……ちょっとだけ罪悪感の混じった、息を吐く。
大丈夫。今はまだ何も起こってないから、たまの言動と包丁以外普通の子とまどかが変わりなく見えるからこんな気持ちになるだけだ。実際に殺戮が始まれば、こんな感傷は消し飛ぶ筈。
そう自分に言い聞かせながら見据えた前方に。間も無く、見覚えのある建物が姿を現した。