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ズットモ  作者: 由希
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第二話

 それからどれぐらい歩いたのか。漸く辿り着いた別荘は、小洒落たデザインの二階建ての大きなログハウスだった。


「へー、なかなかいいじゃん」

「ホント、思ったより広そうだしさ」


 今まで不平たらたらだった青柳や黄原も、機嫌を直したように歓声を上げる。その声に、緑川がホッと胸を撫で下ろしているのが横目に見えた。


「綾子、鍵」

「あっはい」


 けれどその安心も束の間、赤澤の簡潔な命令に緑川は慌てて私に駆け寄り、自分のブランド物らしきバッグから鍵を取り出す。

 そして、今度は玄関まで走り急いでその鍵を開けた。


「どっ、どうぞ!」


 緑川が玄関のドアを開くとまずは赤澤が当然のように、それに続いて桃生、青柳、黄原が中へと入っていく。私も最後の力を振り絞り玄関へと向かおうとした時、中から赤澤が顔を出し緑川に何かを耳打ちした。

 一瞬、反射的に体が身構え足が止まる。するとその間に緑川が体を玄関の中に滑らせ、ドアを閉めてしまった。


「え……」


 呆然と、閉まったドアを見つめる。……私の両手は、完全に塞がっているのに。

 荷物を下ろしてドアを開ければいい。言うのは簡単だ。けど、もしそれで荷物に土が付けば果たして赤澤達が何を言うか。

 かと言って中に入らないままだと、何をトロトロしているとこれもまた不興を買うのは目に見えている。

 ……どっちを選んでも、赤澤達のいじめの口実が出来る。八方塞がりだ。赤澤達にこれ以上何も言われない為に、折角ここまで頑張ってきたのに。

 閉まったまま微動だにしないドアを、恨めしげに見つめる。あの糞女共。どこまで私をいたぶれば気が済むのか。

 本当に、纏めて、今すぐこの場で死んでくれればいいのに――。

 もう何度目になるか解らない呪詛を心に吐き、私はどっちの方が受ける仕打ちがマシかと思案を始めた。



 結局荷物を下ろす事を選んだ私は、その後、タオルで荷物をピカピカになるまで拭かされる羽目になった。

 その間に赤澤達は、少し遅めの昼食を摂っていた。保存の利くようにレトルトの食材が備蓄してあったようなのだが、恐らく私の知るレトルトとは別なのだろう、横目で見たそれは予想よりもずっとしっかりした食事だった。

 私の分? ある訳がない。この旅行は二泊三日。その間、果たして私は一度でも食事が摂れるのだろうか。そう不安になった。


「ご馳走様」


 最初に桃生が食事を終え、私が綺麗にしたやはりブランド物のバッグを礼も言わずに手に取り、二階に上がる。それを見た赤澤が、まるで自分がこの別荘の主だと言うように声をかけた。


「あ、好きな部屋使っていいから」

「……解った」

「あたしは菫の隣の部屋ね。後の部屋割りは勝手に決めて」


 桃生が二階に去ると、赤澤がこちらを振り返りそう言う。そして、視線を徐に私の方に向けた。


「あ、キモ井。アンタの部屋はないから」

「……え?」


 その宣告に、思わず言葉を失う。……部屋が、ない? じゃあ私はどこにいればいいと言うのだ。


「外で寝ずの見張りしててよ。ほら、万が一野性動物とかいたら危ないじゃない? アンタ、見張って追い返してよ」


 呆然とする私に追い討ちをかけるように、赤澤が続ける。口元に浮かぶ笑みは歪で、楽しそうでいながら見るに耐えない醜いものだった。

 無駄だと解っていながらも、縋るように他の奴らに視線を巡らす。けど同じだった。全員、赤澤と同じ笑みを浮かべている。


「あ、あの……」

「……まさか嫌とか言わないよね? ……雅美」


 なかなか肯定の返事を返さない私に業を煮やしたのか、赤澤が眉を寄せちら、と黄原に視線を遣る。黄原にはそれだけで通じたらしく、椅子から立ち上がると私の方に大股に近付いてきた。


「ひっ……!」


 黄原が私の胸ぐらを掴み、強引に膝立ちをさせる。そして力任せに、私の体を床へと叩き付けた。


「ぐえっ!」

「あはははは、蛙みたいな声!」


 堪らず声を上げた私に、心底楽しそうに黄原が笑う。……このサディスト。私をいたぶる時、黄原はいつもこんな風になる。


「ご、ごめんなさ……ひぎっ!」


 これ以上痛め付けられないうちに嫌でも謝ってしまおう。そう思って屈辱の謝罪を口にしたけど黄原はそれに構わず、私の脇腹を蹴りつけた。あまりの痛みに、思わず息が詰まる。


「んー、今誰か何か言った?」

「さぁ? あたしは聞こえなかったけど」

「あたしもー」

「わ、私も」


 わざとらしい大声を上げる黄原と、それに白々しい返事を返す赤澤達。嘘をつけ。お前ら聞こえている筈だろう。


「キモ井、ほら、謝れよ、ほら」

「ごめんなさ……ゆ、許し……がはっ!」

「何言ってるか全然、解んないし。謝る気ゼロ、って事だね」


 勝手な事を言いながら、黄原が私の胸や腹を蹴り上げ、踏みつける。黄原は目に見える部分は決して殴らない。もっとも見えるところを傷つけられたところで、赤澤の親に揉み消されるのが関の山だ。


「アハハ、いい気味」

「雅美ぃ、もっとやれやれー」


 薄れていく意識の中、赤澤と青柳の煽るような声が聞こえる。……死んで欲しい。けど、自分で殺せば社会の落伍者に……。

 そんな事を考えながら、いつしか私の意識は闇に落ちていた。

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