60話 悪夢
迫ってきた車に私は怯んで動けなくなってしまった。車は信号無視をして走ってきたのである。どうして?信号は赤なのに・・・・・・
目の前が何故かとてもスローモーションに見えた。運転手が下を向いて何かをしている。もちろん私に気付いていない。私はこのまま引かれて死んでしまうんだろうか?そう思った。そんなの嫌だ。私はもう一度新瀬君に会って伝えなければならないのだ。
しかし私の想いを遮るかのように車は近付いてきた。私はもうダメだと思い目を閉じた。
そして次の瞬間ドンっという大きな音がして私の体は飛ばされたのである。
激しい衝撃と共に体が地面にぶつかった。痛い。しかし車に引かれたにしてはそこまで痛みを感じなかった。そして私が目を開けるとそこには信じられない光景が映っていた。
私は歩道の上に倒れていたのだ。いったい何が起こったのか、私は道路の方へ振り返るとそこには人が倒れていたのだ。その人は俯せに倒れていたが私には見覚えのあるシルエットだった。私は信じたくない気持ちでいっぱいだった。しかし羽野君の言葉で全て現実だということを突きつけられた。
『新瀬!』
私は新瀬君に押されて歩道まで飛んだのだ。そして私の聞いた音は私の代わりに新瀬君が車に引かれた音であった。
でも何故新瀬君がここにいたのだろう?いや、今はそんなことどうでもよかった。私は立ち上がり急いで新瀬君の元へ駆けつけた。
たどり着くと新瀬君は倒れたまま動かなかった。羽野君はすでに他に停車していた車に乗っていた人に救急車を呼ぶように頼んでいた。引いた車はやはりと言うべきか逃げていた。
『新瀬君?』
私は新瀬君に声をかけたが返事はなかった。しかし今回は前回と違いどこか大量に出血いるようには見えなかった。
『新瀬君!お願い目を覚まして!』
私は溢れそうな涙を堪えて新瀬君を呼んだがやはり返事がなかった。
それにしても人が引かれたというのに誰も助けに来ようとしないのは何故なんだろうか。これも私がいるせいなの?また私のせいで新瀬君がこんな目に遭ってしまったの?
しかし今悔やんでいる暇はない。そう思った。彼がどこを打ったのかが私にはわからなかったので迂闊に動かすことは出来ない。とにかく出来ることを考えた。
そして私は無意識に新瀬君の腕を持ちあげ脈を確認していた。
『脈がない!』
そのことで私は意識を戻した。新瀬君の脈がないのだ。つまり新瀬君の心臓が止まっている。私はそっと新瀬君の手を戻し羽野君のいる方へ顔を向けた。
『羽野君!新瀬君の脈がないの!』
『なんだって!?』
羽野君は慌てて私達の元へ走ってきた。
『おい、新瀬!死ぬな!』
羽野君の死ぬなという言葉を聞いて私は堪えていた涙が溢れてきた。新瀬君が死んでしまう。色君。私が新瀬君を選んだせいなの?違うならお願い新瀬君を助けて!
しかし何も起こることはなかった。時間だけが経っていく。救急車が来るまでまだ時間はかかる。どうすればいいの?
『どうしたんだ!?大きな音がして嫌な予感がしたから慌てて走ってきたんだが』
突然私の知らない男の人が声をかけてきて倒れている新瀬君を見て驚いた顔をした。
『もしかして彼・・・引かれたのか?』
私はこの人が誰かわからないけどとにかく頷いた。すると羽野君が
『卓戸先生!新瀬の脈がないんです!助けて下さい!』
卓戸先生?羽野君は知っている様子だった。
『新瀬さんのところの息子さんか!何てことだ!羽野君。彼はどこをぶつけたか覚えているかい?』
『車の影でよく見えなかったんで正確にはわかりません・・・・・・』
『そうか、ありがとう』
卓戸先生はそう言うとゆっくり新瀬君の身体をひっくり返した。やはり大きな怪我をしているようには見えなかった。そして新瀬君の脈を確認すると心臓マッサージを始めたのだ。
『私は医者です!彼を助けたい!でも今彼から離れられません!誰かAEDを取ってきてくれませんか?!近くのドラッグストアなどにあるはずです!』
お医者さん?それにAEDが私には何かわからなかった。私は羽野君の方へ顔を向けた。羽野君は笑顔で私を見た。しかし目には涙が溜まっているのが見えた。
『あの人は卓戸先生って言って俺達が小さい時からお世話になってるお医者さんだ。俺がAEDを取ってきたいところなんけど、直感で俺はここを離れてはいけない。そう思うんだ』
『じゃあ私が取ってくる』
しかし羽野君は首を振った。
『ダメだ。たぶんの今回のは佐久野さんの不幸だ』
どういうこと?事故に遭ったのは新瀬君なのにどうして私の不幸なの?私にはわからなかった。
『新瀬がいなくなる。つまり死ぬということが佐久野さんにとって不幸なんだと思う。だから今ここを離れるのは危険だ。佐久野さんに不幸が起こるかもしれない』
『じゃあ尚更私が離れた方がいいじゃない!』
『違うんだ。佐久野さんが助けようとAEDを取りに行くと新瀬がいなくなるかもしれない。それが佐久野さんにとっての不幸になるから』
そう言われて私は初めて納得した。助けたい人が目の前にいるのに何も出来ない。そんな自分に腹が立った。
結局AEDを持ってくる人は現れず救急車がたどり着いた。私達は一緒にそれに乗り込んだ。
『どうして誰も持ってきてくれないんだ!』
卓戸先生は怒りの声を出した。それは私達にも向けられた言葉なのであろうか。
『君達はAEDが何かわからなかったみたいだから仕方がないよ。声を大きくしてすまない』
そう言って卓戸先生は頭を下げた。
『新瀬君は助かるんですか?』
私は卓戸先生に尋ねた。
『わからない。出来る限りのことはしたつもりだ。あとは病院で彼の生命力にかけるしかない』
『そんな・・・・・・』
私はまた涙が出てきた。
『新瀬君。お願い生きて』
病院に着くとすぐに新瀬君は手術室へ運ばれた。私はその光景を見ると両手を合わせて祈った。
『お願いします。新瀬君を助けてください』




