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第一話 「序」

「おおぉおぉっ!」


「はあぁぁあぁぁっっ!!」




 …などと叫んでみたところで何も起こらないことは分かっていた。

炎を出せるわけでもないし風を起こせるわけでもない。

当然である。俺はただの田舎育ちの高校生なのだから。

魔法など見たことも無ければ使ったこともないのだから。



しかし試してみたっていいじゃないか。


 だって目の前の湖からは青い光がキラキラと幻想的に立ち上っているし周りの木々達は見たこともないくらい太く、逞しく、そして力強く天に向かって伸びている。

 そして大樹を超えてそのまま視線を上げれば薄紫に染められた空に月が二つ、赤く妖しく輝くそれと青く優しく輝くそれが、地球でよく見上げていた時とは考えられないくらいの大きさで浮かんでいるのだ。




どー考えたって日本では、てかもはや地球じゃねーだろ…


「さて。と」

なんやこれ…と心の中で溜息と共に悪態を一つ吐きながらも、眼前に広がる神秘的な湖のほとりに胡座をかき現状の把握に努める。





ふと気が付いた時には俺はここにいた。

ふと気が付く前には俺は間違いなく日本にいた筈である。

記憶もしっかりしているし自分の住んでいた家の住所も言える。確かにさっきまでいた、日本の俺の住む地域は記録的な嵐に見舞われていたことも覚えている。


自分で言うのもなんだが、かなりの田舎だと思う。

そして田舎に大雨とくれば心配なのは田んぼのことだ。


「ワシ、田んぼ見に行ってくるわ」


 案の定、というかなんというか、雨がっぱを着込んだ一つ屋根の下の爺ちゃんがそう言って外に行こうとするのを母が必死に止めていた。


「お義父さん!今は危ないからやめて下さい!

雨が上がってからゆっくりでいいじゃないですか」


もっともな意見である。

爺ちゃん、知らんかもしらんがそれアカンやつやで。


「しかし、今水を逃さんと稲がダメになってしまう。水路の調整だけしたらすぐ戻るからの」


「でも…」


しつこいジジイである。


「爺ちゃん、わかったよ、俺が行ってくるよ。爺ちゃんは危ないから家でゆっくりしときなよ」

「あんたまで何言ってるの!危ないって言ってるでしょう!」

「大丈夫、爺ちゃんが行くよりよっぽど安全だよ。爺ちゃんだったら足を滑らせてベーリング海まで流されていくのが目に見えてるよ」

「なんじゃとこのガキ!ベーリング海ってどこじゃ!?」


 などと、ジジイと孫のいつもの軽口を叩きながら母をしぶしぶ納得させ俺が外に出て行ったのだ。


 記録的とはよく言ったもので、実際外に出てみると雨の強さはとんでもなかった。服の上からビシバシと体を叩く大粒の雨は軽く痛みを与えてくるほどだった。

 稲光が走る空を薄目で見上げて水路の調整を始めた時、辺り一面を照らす閃光と共にバリバリッと一際大きな音を立てて遠くに雷が落ちる振動を感じた。


「すげーな、これ雨より雷の方がやばくない?」


さっさと帰ろう。

そう決めて、打ち付ける雨に邪魔されながら急いで調整を終わらせて家の方へと駆け出した瞬間だった。




まず光を感じた。

大雨の夜にはあり得ない、真っ昼間のような明るさだった。


そして頭の中で何かがピシッと鳴った気がした。

それ以外の音はすべて消えた。

前は見えているのに体は動かなかった。


なんだこれ?



体の感覚は無くなっていくのに視界は妙に研ぎ澄まされ、落ちていく雨の一粒一粒をはっきり認識できていた。

スローモーションの世界の中で熱いのか寒いのかの感覚すら分からなくなった体が前のめりに倒れこむのを頭で理解しながら…




 その一瞬後、世界の終わりもかくや、というほどの凄まじい轟音を響かせたのち、それから2度と雷鳴が轟くことはなかった。





ふと気が付くと幻想的な光景を作り出す湖のほとり立っていた。


「あの感覚はなんだったんだ?

俺は雷に打たれたのか?

だとしたらなぜ五体満足でこんなところに?」


そもそもここはどこだ?いや、ここはなんだ?

疑問が尽きることはないがまずは雷に打たれたのであろう身体の確認をする。


腕、ぐるぐる回すが問題ない。指も全て意思通りに動く。

その場で走ってみたり飛び跳ねてみるが全く問題ない。むしろ羽が生えたかのように体が軽く非常に調子がいい。


しかし何か違和感があった。

全身に何かが浸透していくような、うまく言葉にできない違和感だったが悪いものではない予感としばらくして収まったことによりあまり気にもならなくなった。



改めて周りを確認するが、いよいよ現実離れしている風景である。


「もしかして異世界とか?さっきの体に浸透していく感覚はもしかしてこの世界の魔力とか?てことは…」



なんてことを考えた結果、おおぉっ、とか、はあぁっ、とかの恥ずかしい姿に繋がるわけだったのだが…


「漫画や小説とは違うよな。何やってんだ俺。」



1人で呟いてみた後、仰向けに寝転がって空を見上げた。


「綺麗な景色だなぁ…爺ちゃんどうしたかなぁ…父さんも母さんも心配かけてるよなぁ…これからどうしようかなぁ…」


と、若干の現実逃避を交えながら二つの月を交互に眺めることしかできなかった。

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