九
私の目から涙がこぼれ、
リヒトの目にも涙がたまる。
「やっぱり、シノさんだーー」
ぽろり、と涙をこぼした。
クロエとリヒトは抱き合って、泣いた。
「り、りひとくんいなくなっちゃって、さみしくてーー」
「私も驚きました、急にこちらに戻って来てしまって...」
リヒトはそのときのことを思い出した。
「ど、どうして、分かったの?私、もう全然違うのに...」
クロエの目の周りは赤くなり、化粧もくずれてしまったが、全く気にならなかった。
「プリン。」
「プリン?」
「あのプリンを食べて分かったんです。」
リヒトは恥ずかしそうに言った。
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貴族のご令嬢が、あの牧場に出入りしている。それを聞いた時は嫌な気分になった。
ご令嬢が何をしに来たかはしらないが、どうせ引っかき回して迷惑をかけていくだけだろうと。
牧場の持ち主とは長い付き合いだ。
隣国からこの国に来たときに、偶然知り合った。彼は、隣国へ行きたがっていた。
その頃、隣国との戦いは激しく、ただの人間ならば危険なことだった。
それでも行きたいという彼のため、共に隣国へ向かうことにした。彼はなんだか良く分からない機械を譲り受け、この国へと帰ってきた。
帰りも護衛としてついて行った後、その流れでここに就職するはめになった。
この国で初めての居場所を作ってくれた彼に、こっそり感謝している。
そんな大切な場所に、よそ者が入り込んでいるのだ。
私はすぐに確認しに行った。
そこにいたのは、少女だった。
一瞬、その美しさに目を奪われる。
(...どうせ男や親ににチヤホヤされて、甘やかされて育った女だ。)
初対面の少女に対して抱く感情ではないが、そう思わせるくらい、クロエは魅力的だった。
大切にしている牛に近づくことも嫌だったし、コックやオーナーと呼ばれる彼に可愛がられるクロエを見て、腹の中がドロドロしていた。
「お前、あの子のことなんでそんな嫌なんだ?」
ある日、獣人仲間かつ仕事仲間であるロビンに言われた。
俺は、答えようとした。
男をたぶらかしてるところ。
牧場に入ったところ。
親に甘やかされてるところ。
金持ちなところ。
そう、答えようとした。
しかし、できなかった。
(男をたぶらかしてる?本当に?コックやオーナーは娘のように可愛がっているだけだ...。
よそで男をたぶらかしてるに違いない!...見たことないのに?
牧場に入るな!...俺の牧場でもないのに?
親に甘やかされてる?ほとんどここにいるのに?遅くまでいても迎えに来ないのに?
金持ち?それはあの子と関係ない、の、に...?)
全部、思い込みだった。
自分が大切にしていた場所を、取られた気分になっただけだった。
そんな日、初めて少女に近づいてみた。
楽しそうに、コックと料理してる。
ただの、幼い、少女だった。
自分が嫌になって、涙が出た。
恐ろしかった。
なんの罪もない少女を、こんなに憎んでいたことに...
だから、そこから去ることを決めた。
自分がいていい場所じゃない、と。
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「そうしたら、お嬢様、いや、シノさんがプリンをくれたんです。」
「お、覚えてる...」
また涙がポロポロ零れ落ちた。
「それを見たとき、なんだか懐かしい気がしました。」
「忘れちゃってたの?」
「...20年近く経ってたんです。あの時のことは、もう夢だと思うようにしていました。」
リヒトの目からも、ポロリと涙が落ちた。
「それでも、食べた途端、思い出しました。ああ、これは、シノさんの味だって。」
頬に涙の川ができる。
「い、言ってくれたら、」
「シノさんが覚えてるとは思わなかったんです。見た目も別人だったし。だから、一人であなたを護り続けよう、そう自分に誓いました。」
クロエは顔を覆って泣き出した。
「うっ、うう、わ、私もあの時、りひとくんのことかんがえてた...プリン食べて、おんなじように、言って、くれた、な、って、、」
あの時の涙は、前世を懐かしむより、リヒトを思い出してのことだった。
リヒトとクロエは抱き合い、泣き通した。
前回でリヒトが白い犬の獣人だと思った方。
....うふふ