四
誤字訂正しました。 9.2
一方、学園にはあまり行っていなかった。
今までに魔術以外で必要な単位は取れていたこともあり、行く気にならなかったのだ。
クロエは自分の店に顔を出したり、オーナーのところでチーズを開発したり、と忙しくしていた。
気づけば記憶が戻って以来の学園だった。
実技の授業でのこと。
クロエはいつも通り取り組んでいた。
実は魔術の授業はそう多くない。
なぜなら、魔力に左右されるので、いくら練習しても大きな魔術を使えない者は使えないままだからである。
生徒のほとんどは非常時に役立つ程度のいくつかの魔術を覚え、卒業していく。
巧みに魔術を操り、攻撃といえる程度になる者はほんの数名で、たいてい宮廷魔術師の息子や王族に近い者などであった。
今日は、炎を変形させる授業であった。
手のひらから出た炎を操る第二段階である。
ほとんどの生徒がお喋りをしながら遊び程度の炎を出し、一部の優秀な生徒の大きな炎や、縦に伸びるように出る炎を鑑賞していた。
教師も優秀な生徒にかかりきりになる。
優秀な生徒、すなわち筆頭貴族や王族は特に怪我をさせることができないからだ。
クロエは劣等生であったが、学園でも指折りの貴族である。
教師としても、一粒たりと魔術を使えないクロエには手を焼いていた。
今まで貴族でそんな者はいなかったか、もしくは闇に葬られていたからである。
そこで、クロエには道具が与えられていた。
炎が少しでも出たら分かるよう、手に紙を持ったり、水の魔術の授業でも水分を含むと色が変化する紙を持っていた。
たが、今日のクロエが持っていたのは丸薬であった。
これは起爆剤であり、間違っても手に握るようなものではないのだが、誰もクロエが魔術を使えるようになるとは考えていなかったので問題視するはずがなかった。
クロエは黒い丸薬を見つめた。
すると、不思議となにかが脳裏をよぎった。
火柱が上がり、上空で爆発する光景である。
(あ、花火だ...)
クロエの前世の記憶であった。
(あれっ、なんかいけそう...)
クロエもまさか魔術を使えない原因が、前世のイメージでカバーできるとは思っていなかった。
クロエの前世の記憶は、イメージの宝庫であった。
(これで魔術が使えるかも....!)
手始めに、火柱が上がり、上空で爆発する光景を再現してみることにした。
クロエの前世でも、さすがに花火の作り方は全く知らなかった。
火器はガスコンロくらいしか使ったことがない。
ボワッッと。
クロエの手から炎が出た。
それに誰も気づかないうちに、
起爆剤がバーーーーーーンッと、爆発した。
それはまさに花火のような形であった。
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「クロエ!魔術を使えたとは本当か!?」
教室までわざわざ王子が話しにやってきた。
「エドワーズ様、はい。おかげさまで。」
ニッコリと笑って言った。
その笑顔が前世とオーナーたちの影響を受けた可愛らしいものであることにクロエは気づいていない。
王子は驚いた。
名はエドワーズ、クロエの一つ年上の第一王子。
幼い頃から優秀であったクロエは憧れの的であった。
一人大人の感性を持った彼女は、姉のようで初恋の相手であった。
学園に来てからは忘れていたのである。
初めはクロエと学力で比較された。
クロエはとんでもなく優秀で、一学年上の王子より優秀だった。
クロエに嫉妬し、憧れていた。
しかし問題が現れる。
魔術が使えない。
そんなクロエの欠点ばかりが見え、クロエの魅力が見えなくなっていた。
「クロエ....」
「エドワーズ様?」
そしてクロエの中でもエドワーズは未来の政治の相手に成り下がっていた。
クロエがエドワーズに話しかけていたのは、数少ない友人としての意味もあった。
しかし、エドワーズはクロエが自分に好意を持っているものだと思い、その上に胡坐をかき、ぞんざいな扱いをしていたのである。
エドワーズへの信頼がなくなるのも仕方がないことだった。
(エドワーズ様、固まった...?)
エドワーズはクロエに一目惚れ、ならぬ二目惚れしていた。
「エドワーズぅー?」
そこに一人の生徒が現れた。
キラキラしたピンク色の髪と、空が映ったようなスカイブルーの瞳を持った女子生徒である。
彼女はクロエを視界に入れるや否や、苛立ちを隠せない表情をした。
(私、なにか彼女にしてしまったのかしら?)
クロエは身に覚えがなかった。
「マリー...?」
「エドワーズ!私と一緒にお昼食べる約束したでしょ!」
マリーと呼ばれた少女はエドワーズの腕をグイグイと引っ張った。
それでもエドワーズの目はクロエから離れない。
「クロエさん!エドワーズにつきまとわないでって言ったでしょ!」
「あの...?初めまして....?」
クロエがエドワーズ王子に話かける度にマリーは邪魔をしていた。
しかしクロエにマリーは認識されていなかった。
クロエには、これから関わる必要のある者と、それ以外しかなかったのである。
身分が低いだけでなく、礼儀作法が全くなっていないマリーは、クロエの対象外であった。
特に牛に熱中してからは、学園の誰にも興味がなかった。
「は、はじめまして!?」
マリーは衝撃を受けていた。
マリーはエドワーズ王子たちに近づくクロエを目の敵にしていた。
学園に出て来なくなり、安心していたら、急に久々に来て話題をかっさらったのだ。
しかし、今のクロエにはその他大勢としてしか認識されていなかったのである。
「あの、ごめんなさい、記憶力は良い方だと思っていたのだけれど...」
クロエのその言葉は追い打ちをかけた。
「マリー?エドワーズ王子いた?」
プラチナの輝きをもつ髪をもった少年である。
「ルカ...?」
その少年はクロエの義理の弟だった。
「マリー!姉上になにされたの!?」
ルカはマリーに駆け寄った。
「マリーの魔力を妬むのはやめて下さいとあれほど...!」
ルカもマリーもクロエより一つ年下であり、クロエが魔術を使えるようになったことも、そもそも魔力自体は巨大なものであったことを知らなかった。
「ルカ、クロエが魔術を使えたそうだ...」
「え...?」
ルカは目を見開いた。
そんなはずはない。
姉上は魔術を使えないはずだ。
「お、おかしいよ!そんなの!ズルしたんでしょ!」
マリーが吠えた。
いや、ズルができるはずがない。
魔術を使う部屋は試験対策のためそういう創りになっているのだ。
ルカとてそれくらいは知っていた。
しかし、認めることができなかった。