二
一話分の適量が謎。
「メアリー....私人生で一番幸せだわ...!」
クロエ14歳、牛に囲まれてます。
「お、お嬢様、危険ですよ〜」
家から馬車で少しのところにあるお屋敷。
広い牧場付きです。
なかなか良い草の生え具合...
牛を見つけるや否や牛に向かって一目散に駆け出した私。
メアリーは少し離れたところから見守っています。どうやら牛が怖い様子。
こんなに可愛いのに...
のそのそと歩き、モサモサ草を食べる牛。
「クロエ様!?」
向こうから白ひげの男がやってきた。
彼がここのオーナーかな?
「良い牛ですね!ここで放牧しているのですか?」
「ええ、朝に4時間、昼に....エッ!?」
とても驚いた様子。
「私が牛に興味があっておかしいですか?」
「い、いえ、そのォ〜、あー、失礼ながら、お嬢様が放牧という言葉を知っておられるとは....」
なるほど。たしかに14歳の生粋のお嬢様は牛の存在さえしらないでしょう。
「お肉は木から生えるんではないの?」
なんて言い出しそうです。
それからオーナーと話を進めるうちに、どうやら私の牛への愛が伝わったようです。
14歳のご令嬢がなぜ?という疑問はどこへやら。
公爵家のご令嬢のお遊びかワガママだと思われていたようで、ご機嫌取りをしなくていいことを喜んでくれました。
下手をすればクビがチョンとなる可能性も考えていたそうで....
「オーナー?牛はお肉を食べるためだけなの?」
うちの料理では、牛乳もチーズも出たことがありません。
「そうだなあ、田舎では乳母のいない家が乳の代わりに牛乳を与えたりするって聞いたことがあるな。」
ちゃっかりオーナー呼びさせて貰ってます。
厳密にはオーナーではない、というかオーナーなんて言葉がないそうなのですが。
雰囲気がオーナーなので。
あ、これもご令嬢のワガママのうちに入りますかね?
「牛乳飲まないの?まあ、殺菌とかの問題があるからかなあ....」
オーナーがギョッとした顔をした。
「牛乳...? おい、お嬢は牛乳飲んだことあるのか!?」
顔を近づけコソコソと話をする。
「え、なんかマズかったですか...?」
「まずいってかあ、貴族様はあんなもん誰も飲まねぇぞ。」
えっ、そうなんだ。
「そもそも、乳をとるのが大変だ。」
「そうなの?」
「牛は乳取ろうとしたり、移動させようとしたらすげ怒るぞ。」
話を聞けば、私の知っている牛より荒っぽい.....
乳を取ろうと近づいたら突進してくるとかーー
「だが、いい協力者がいてな。そいつの言うことなら聞くんだ。」
じゃ、じゃあ、
「オーナーは飲んだことーー?」
「もちろんある!」
ニヤリと笑って言った。
いやあ、話の分かるオーナーだ。
「どうでした!?」
「初めは腹壊してたんだが、隣の国では美味しく飲まれてるって聞いてな。」
隣の国!?
たしか隣の国とは長い間敵対してたはず....
「行ってきたんですか!?」
「ああ、まあ良い護衛がいてな。」
またニヤリと笑った。
ワイルド〜。
「じゃあ飲めるんですか!?」
「ああ、機械ことかっさらってきた、見るか?」
「是非!」
私はむんっ、と拳を握った。
機械は敷地の一番奥、森に近い小屋の中にあった。
思った以上のクオリティー....すごい!
隣国は工業が発達していると聞いていたが、これほどとは....
私が前世で使っていたものよりは旧式であるが、十分なものがあった。
「オーナーこれは?」
機械の中で一つだけ使われていないものがあった。
「これか?これはえ〜っとなあ、なんか牛乳になる前の乳を分離されるなんかだって言ってたが、なにに使うんだか...」
え、遠心分離機!
これで生クリームが作れる!
「オーナー!すごい!」
ギュッと抱きつくと照れたように笑った。
「お嬢はすげえなぁ。こんなのどこで覚えたんだ?」
「秘密〜!」
出来たての生クリームを持って厨房に行った。
厨房ではオーナーのお兄さんも働いていて、すぐに借りることができた。
小さいビンを借りて生クリームを入れる。
「オーナーこれ振ってくれる?」
「あん?どれくらいだ?」
「ん〜10分?20分だったかな?」
「オイオイ、お嬢、おっさんにはちっとキツくねぇか?」
「14歳の女の子にやらせるの?」
オーナーがニヤッと笑って若手のコックたちをみた。
「あの、僕がやりましょうか?」「いや、俺が!」「いやいや、私が力...」
コックさんたちは私の作っているものに興味津々だったらしい。
私とオーナーがお喋りしているのを聞いて、気軽に話しかけてはいけない貴族様、から
厳つい見た目のオーナーとも喋れる可愛いお嬢ちゃん、に変わったそう。
みんなで順番にシャカシャカ振った。
よく知るバターの作り方である。
これと卵、蜂蜜を使いプリンを作った。もちろん泡立てた生クリーム付き。
(生クリームもコックの皆さんに頑張って貰った)
「....うまっ!なんだこれ!?」
オーナーが感激してる。
コックの人たちも夢中で食べている。
そうだよね、美味しいよね....
この国では食文化が発展していない。
肉と魚と野菜を焼くだけ、みたいな料理が多い。
特にデザートについては酷い。
砂糖菓子か果物が一般的だ。
王城に遊びに行ったときでさえ、綺麗な見た目の砂糖菓子や、麩菓子?みたいなものが出ただけだった。
ジャリジャリするだけで、あんなのお菓子とは言えない!
「ぷうりん?ってのすげぇうまいっす!」
厨房で下働きする青年にも好評だ。
唯一の甘味といっていいような砂糖は、価格が高い。
きっと果物以外の甘いものを口にするのも初めてなのだろう。
「おい、リヒト!お前も食ってみろよ!」
牛の管理をしている男にもプリンを勧めた。
「ぷりん、っていうんだぜ!まじやべぇ!」
「ーープリン?」
受け取ったものを不思議な目で見つめて、ぱくり、と一口食べた。
「美味しいーー」
「お嬢....?」
オーナーが手を止めて私を見る。
「なに?おかわり?」
プリンを堪能していたみんなの手が止まり、笑顔から悲しげな表情へと変わる。
「お嬢....どうして泣いてんだ...?」
泣いてる....?
頬を伝うものがあった。
心にひっかかっていたザリザリとした何かが流れ落ちていくーー
「私....泣いてる...?.」
オーナーは困った顔をしてぐりぐりと袖を私の顔に押し付けた。
「痛い、いたいってば!」
オーナーの兄が私から引き離し、そっとハンカチを差し出してくれた。
紳士だ....!!!
「ありがとうございます。料理長。」
オーナーの兄は料理長だった。
オーナーの厳つい顔に加えて無口な料理長だったが、これを期に私は料理長にも懐くことになる。