十六
パキーーーーーーーン
と音がした。
辺り一面が一瞬で真っ白になる。
「お、お嬢...?」
調理場の大半が凍っていた。
「あ、あれ?」
氷魔術は非常に難易度の高いものとして知られている。
水系と風系を掛け合わせて使う魔術で、どちらか片方しか使えない者や、使えても両方を掛け合わるなんて高度な技術のないものばかりだ。
クロエ自身も驚いていた。
手加減したつもりが、この有り様だ。
「す、すげぇ!」
一人のコックが声を上げると、あちらこちらから歓声が上がった。
「涼しい〜」「カチカチだな〜」「すげー迫力だったな!」
と。
しかしクロエは頭を抱えた。
「オーナー、ごめんね?」
さすがのオーナーも驚いて口があいたままになっていた。
「いや、すげぇよ!お嬢!」
ハッと気づいたオーナーは、クロエの肩をつかんだ。
「でも、みんな凍って....」
この有り様では、調理器具も今日は使えない。
「ほっとけば溶けるだろ。」
オーナーはなんでもないことのように言った。
「あ、あの!」
それを聞いていた一人のコックが手を上げた。そして深々と頭を下げる。
「こ、この氷、少し分けてもらえませんか!」
「氷?いいよ。」
クロエはいずれ水になるもの、くらいにしか思っていなかったが、氷がすごく高級品であるこの国では大変なことだ。
「お、おれも!」「俺も!」
「おい、こら、」
オーナーの静止も聞かぬまま、氷は全て切り出された。
何人かはそれを土産に一旦家へ戻ったほどだ。
「あ、クリーム!」
切り出された氷の中から、クリームの入ったものが見つかる。
みんながワクワクして見つめる中、クロエはどうにか蓋を開けた。
「ーーあれ?」
クリームは凍っていた。
カチコチに固まって。
「お嬢?できたのか?」
「し、失敗みたい...」
どうみても固まり方がおかしい。
一気に凍らせたせいか、なんだかザリザリと美味しくなさそうに見える。
コックたちが目に見えてがっかりした。
今まで色々な食べ物を成功させてきたクロエ。
それだけに、この失敗はみなの想像を大きく裏切ることになってしまったのだった。
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「まあ、クロエちゃん!」
リヒトに会いにきたクロエに、客がワラワラと詰め寄る。
「新しいデザートができたって本当なの?」
「冷たい氷みたいなデザートなんでしょう?」「楽しみだわ〜」「いつから食べれるの?」
あちらこちらからいっぺんに話しかけられる。
「く、クロエ様!」
騒ぎを聞いたリヒトが駆けつけた。
「あら、リヒトくん!」「リヒトくんとクロエちゃんが付き合ってるって、」「あら?婚約したって聞いたわよ?」
今度はリヒトにもわらわらと群がる。
さすがのリヒトもおばさまたちのパワーに圧倒されている。
「ちょ、ちょっと待って!」
なんだかちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
フードを被った怪しいリヒトにも、クロエとの噂を聞いたとたん心を開いた。
クロエの知り合いならどんな見た目をしていても大丈夫だろうと。
夏の暑さにやられていた客たちには、冷たいデザートとクロエの恋の話は盛り上がる要素しかなかったのだ。