十四
ぽかん。
クロエは口を開けたまま固まった。
頭のツノに、ひょろり、と長い尻尾。
ピコんと横に出た耳に、白黒の毛。
その特徴は正に牛を表していた。
「どうだ?クロエちゃん。」
「わあっ!」
クロエは目をキラキラさせて喜んだ。
(クロエ様ーー)
リヒトは、シュンと俯いた。
(これだから、見せたくなかった...牛好きのクロエ様のことだ。こうなることは予想できていたーー)
リヒトは自分を慰めようと努力した。
クロエはロビンの周りをぐるぐる歩いて回った。
リヒトは耳も尻尾も下がるほどしょげていた。それを見て、ロビンはにやにやと調子に乗る。
「ーーあれ?牛じゃ、ない?」
だが、クロエが次に発した一言に、ピコン!と耳が反応した。
牛柄だけに気を取られていたクロエも、何か牛とは違うことに気がつく。
「う、牛だぜ?ほら、クロエちゃんの好きな、な?」
「ーー違うわ。あなた、犬ね?」
クロエはじろり、とロビンを見上げる。
「ハッハッハッ!あーーおもしれぇ!」
ロビンは笑いが止まらなかった。
(まさか見破られるとは...)
ロビンは犬獣人だった。
牛柄の。
いつも牛と間違えられるので、牛獣人で通すことが多かったくらいだ。
(やっぱリヒトが選ぶだけのことがあるな、)
と、お腹を抱えて笑ってしまった。
(良かったーー)
リヒトはホッと胸をなでおろした。
クロエがロビンを見たとき、目がキラキラしていたことは忘れられない。
それでも、一瞬だけのものだったのでリヒトも気に留めないことにした。
牛でなく犬だと分かれば、と。
「本当に綺麗な牛柄ーー」
少女とイカツイお兄さん。
クロエの方がパクッと行かれそうな見た目だ。
だが実際迫っているのはクロエの方。
クロエはこの、白黒の模様が好きなのだ。
「アッハッハッハッ!クロエちゃんに食べられるんならーーイテッ、オイ!」
ロビンがガバッと手を広げ、リヒトに全力で蹴られていた。
(仲がいいのねーー)
クロエは優しげな眼差しで見つめた。
「ロビンさんがここの牛の世話をしてたのね!」
クロエは獰猛らしいこの世界の牛を、数人で世話していると聞いて不思議だったのを思いだした。
ロビンたちは牧羊犬のような意味で牛の世話を任されていた。
やはり獣人だと分かるのか、牛たちもまるで群れのボスのように、ロビンたちに従っていた。
「そうよ!今はだいたい弟と二人でな!前はリヒトもいたんだが、クロエちゃんの為に働きたい〜とか行ってーー、イテッ!」
ロビンのスネに蹴りが入った。
「り、リヒト?」
クロエに知られてしまい、リヒトは恥ずかしくてそっぽを向いた。
(それでお店の護衛に...)
クロエの心臓がきゅうん、と音を立てた。
「ーーおい!クロエ!」
良い雰囲気を壊すように、ドンドンと扉を叩く音がした。
「ゲッ...」
でっぷりとした下品な声。
ダモンズだ。
「とうとうここにまで...」
(店に来るだけでもうっとうしかったのに!)
クロエはうんざりとした。
「どうします?このままだと扉にーー」
ノック、といえる程度ではない。
確実に扉を殴っている。
「開けて。」
さすがのクロエも、疲れた体にイライラがピークになった。
「なんだよ、いたのか。あけろよ。」
ダモンズと後ろにデブリもいた。
その態度にクロエのこめかみがピクリと動いた。
「何の用?」
「なんの用だって?おれさまが会いに来てやったんだぞ!」
ダモンズはいつもこの調子だ。
正直もっとうっとうしい人を相手にしているクロエには、コバエ程度にしか思われてなかった。
「今、疲れてるの。また今度ね。」
クロエが扉を閉めようとすると、扉に足を挟んできた。
「クロエ様?」
耳の良いリヒトはクロエの声には特に敏感に反応する。
すぐに飛んで来た。
「私、恋人がいるの。だから、諦めて?」
ポカン、としたダモンズとデブリ。
すぐにその言葉の意味を取り、顔が真っ赤になる。
「な、なんだよ!そんな獣人!だいたいなあ、お前のことなんかなんとも...」
「お前のこと、なんかーー?」
リヒトの目がギラリと光った。
「ヒイッーー」
二人には少々強すぎる攻撃だったようだ。
小悪党風な捨て台詞を吐いて、去っていった。