十
ペンバーは焦っていた。
命令通り連れてきたはずのクロエが、どこにも見当たらないからだ。
「パーティー会場に入る前に見つけねぇと..」ぐるぐると辺りを探し回った。
馬車を降りたクロエを見て、他の男を見られたくないとおもったリヒトが物陰に連れて行っただけの話なのだが。
「っ!いたぞ!」
やっと落ち着き、会場に入ろうとするリヒトとクロエがいた。
ペンバーの声に、会場の護衛をしていた騎士たちも走る。
はっ、とリヒトが気配に気づいた時には、騎士たちに囲まれていた。
「何用だ...」
りひとはその異様な雰囲気に警戒を強めた。
「その女に用がある。大人しく引き渡せばお前には何もしない。」
ペンバーはリヒトを蔑むような目でみた。
リヒトはクロエを背に隠そうとしたが、クロエは自らペンバーの前に出た。
「何の用?」
「お前はマリーを痛めつけた罪で拘束命令が出ている。」
クロエは呆れた顔をした。
「私があの子に何かしたって証拠でも?」
「マリーがそう言った。切り裂かれた服をみたやつもいる。」
リヒトも呆れていた。
「そう。私が何を言っても、そこを通す気はないのね...?」
クロエの言葉尻が強くなった。
クロエが魔術を使えるようになったと知っているペンバーは、攻撃に対する姿勢をとった。
しかし、クロエからの攻撃はなかった。それどころか、丸腰のままペンバーの方に向かったきた。
「私、争いごとは嫌いなの。いいわ、拘束してくれても。」
ペンバーは驚きを隠せなかった。クロエならそんな扱いに抵抗すると思っていたからだ。
「そうか、話が早くて済む。」
ペンバーはクロエに手枷をはめた。
「ちょ、ちょっと、クロエ様!」
ちなみに、リヒトは先程クロエのことをそう呼ぶようになった。シノだと外では呼べないし、お嬢様だとよそよそしくて嫌だと言われたからだ。
「ごめんね、りひとくん。すぐ帰るってオーナーにも言っといてくれる?」
リヒトに静かな怒りが湧いた。
「俺も行きます。」
後日語る。
この時のリヒトはとてつもなく恐かったと。
騎士達も語る。
獣人の殺気は本物だったと。
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「りひとくんまで来なくてもよかったのに...」
クロエは申し訳なさそうな顔をした。
「クロエ様、腕は大丈夫ですか?」
クロエもリヒトも、腕を頑丈な手枷で拘束されていた。
ぴたん、ぴたん、
どこかで雨漏りの音がする。
「クロエ様は、私のことを、どう思っているのですか...?」
クロエはきょとん、とした。
「りひとくんのこと...?それは、もちろん大切に思ってるよ?」
「でも、さっきもオーナーだけに伝言を残そうとしたじゃないですか...」
怒りの収まったリヒトは、スネるように言った。
「りひとくん、可愛い!」
うふふ、と牢獄とは思えない明るい声が響き渡る。
リヒトは静かになった。
「りひと、くん...?」
「ーー俺、もう子供じゃないんですよ?」
リヒトは器用に、クロエに覆い被さった。
クロエは驚いた。
(りひとくん、大人になってる...)
獣人である証の耳に目を取られていたが、リヒトは精悍な顔つきに成長していた。
体つきもがっしりとして、もはやクロエの良くしる'りひとくん'ではない。
「リヒト、そう呼んで下さい。私はもう、あなたに守られるだけの存在ではいたくないのです....」
耳元でささやかれ、クロエの顔は真っ赤になった。
「ちょ、ちょっとま、」
手で止めようにも、手枷で後ろ手に固定されてて身動きが取れない。
ちゅっーー
「今はこれで許しといてあげます。」
真っ赤になったクロエをみて、リヒトはくすくす笑った。