下
ドミニクの森の別荘に避難した私たちは、まだ戦況をよく理解していなかった。
頼りになるお父様とは離れ、情報も少なかった。
お母様たちは、避暑のようにとはいかないまでも、小さな社交場を作りのんびりと過ごしていた。
私もそんな雰囲気の中、ゆるんでいたのだろう。
よく晴れた朝だった。
私はヨウとスギを連れて探検に出掛けた。
森を散策して木の実を見つけたり、栗鼠を追いかけたりしていると、どんどん森の奥深くへ入って行った。
小さな祠を見つけたのは、妖精の森のすぐそばだった。
祠を辿るとそこは大きな洞窟で、自分たちの発見に大はしゃぎして、秘密基地ごっこを始めた。
その洞窟にいる時だった。
突然空が暗転して、暗闇に包まれた。
唸るように風が吹き、それは竜巻に変わり、豪雨になった。
いきなりの天異に私たちは、訳がわからず慌てふためいて、洞窟の奥へと逃げ込んだ。
その恐ろしい嵐は、二晩続いた。
後で聞いた話では、三人の勇者が激突した時に起こった天変地異だった。
雨水を少し飲んだだけで、何も口にしていない私たちは、衰弱していた。
それでも嵐が鎮まると、倒れ落ちた木や土砂を避けながら、別荘の方へと向かった。
そう、向かっているはずだけど……。
歩けども歩けども、何もなかった。
無くなっていた。
吹き飛ばされて崩れた瓦礫がそこに広がっているだけで、どんな建物も残ってはいなかった。
そして恐ろしいことに、人の気配も全くなかった。
「お母さまー」
ヨウとスギと、泣きながらその周囲を駆けずり回った。
足は擦りむいて傷を作り、跡形も無くなった場所で、私たちは一晩中泣いた。
泣いても泣いても涙が出てきて、でも泣きつかれて倒れ込んでいる私に、ヨウとスギは傷のついたりんごの実と、欠けたコップに入れた水を差し出した。
「これしか見つけられなくて」
「食べて下さい。ミズキお嬢様」
三日ぶりに口にした食べ物だ。
りんごの実は、甘く酸っぱかった。
生命の味がした。
「まだ何が起こるのか様子がわからないよ。しばらく、洞窟内にいた方がいいと思います」
「あの中にいたから僕たち助かったんだ」
「イヤだ。動きたくない。お母様を見つけないと!」
私は、ただただ首を横にふる。
「おじ様たちが助けにきてくれるまで、安全なところに居た方がいい」
お父様……。
その言葉に望みを抱いて、私たちは洞窟へ戻って行った。
何日過ごしただろう……。
髪の毛はゴワゴワになり、顔も体も薄汚れて。
ヨウとスギが取ってくる木の実や果実を少し食べて寝転んでいるだけの毎日だった。
何をする気力もなかった。
その日は、ヨウとスギが夜になっても帰って来なかった。
暗くなっていく洞窟の中で、二人まで消えてしまったら……そう思うと身震いがおきて、居ても立ってもいられなくなった。
闇の中、私は外に出た。
そこは、グリーンランドとドミニクの境の森。
小さな枝が伸びて、足首を掴まれた気がした。
転倒した私は、倒れたまま暗い夜空を見上げると、尖った牙が目の前で光っていた。
黒い獣が私を見下ろしている。
あぁ……これでお終いだ。
お父様……お母様。
私が目を閉じようとすると、ヨウとスギの声が聞こえる気がした。
「何あきらめてんだー!」
「バカーにげろーっ」
ハッとした時、尖った牙は鼻先にまできていた。
ヨウ……スギ……。
もうダメだ……。
次の瞬間、獣は吹き飛ばされていた。
肩で息をしながら喚いているヨウと、スギを背負った大きな男が私を見つめていた。
「魔王様が助けてくれたんだ。ククの実を取ってたら、スギが足を滑らせて。歩けなくなってたのを魔王様が助けてくれたんだ!」
魔王様?
世界を破滅に導き、あらゆる災難の源になると言われている魔王?
人を喰らい、目が合えば石に変えると言われている魔王?
この人が恐ろしい魔王?
大きな体のその男の目を見ても、私は石にはならなかった。
でもきっとその時に、囚われてしまったんだろう。
ものすごいオーラを纏っている男の目は、柔らかでどこか懐かしい気がした。
「魔王様が、テーゼ湾まで連れてってくれるって」
「父さんやおじ様のこと探してくれるって」
興奮してはしゃぐヨウとスギを、困ったような顔で魔王様が見ている。
「誰もいないかも知れない。それでも行くか?」
魔王様が、云わんとする事は理解できた。 それでも私は、この目で確かめたかった。
魔王様にはっきりと、そう言った。
翌日、スギを背負った魔王様と私たちは手を繋ぎ、飛び立った。
空から見下ろしたドミニクは、森よりも更に酷い惨状だった。
魔王様が湾の辺りをゆっくりと飛ぶ。
声も出なかった。
「生き者の反応は感じない。だが、オマエたちもそんな中で見つけた。何処かで生き延びているのかも知れない」
疲れ果てていた私は、もう何も考えられなかった。
ヨウとスギも黙ってだだ魔王様の体をきつく掴んでいるだけだった。
魔王様に促されて、私たちはテーゼ湾を離れた。
涙はもう出なかった。
お父様はここにはいない。
そう思うしかなかった。
ただ心が悲しかった。
それから私とヨウとスギは、魔王城で生活を始めた。
おだやかな日々が静かに流れた。
みんなで、庭を散歩して、ご飯を食べる。 しばらく鬱ぎ混んでいたヨウとスギも、大きな声で笑えるようになっていた。
傍らには魔王様がいた。
いつも優しい眼差しだった。
あたたかい……私のよく知っている眼差しだった。
だんだんと私も、自分のペースを取り戻していった。
ミズキ・ハンプトンとしての私を。
スミレちゃんと花冠を作っている。
魔王様にプレゼントする為だ。
魔王城は素晴らしかった。
お嬢様であった私の、想像以上だった。
ボサボサだった私の髪には、天使の環が戻っていた。
「スミレちゃんは誰にプレゼントするの?」
「魔王様と、にーに」
スミレちゃんのお兄さんはリーダーのオウノくんだ。
子供組の中では有望株だろう。
「スミレちゃんは、ブラコンなんだから、お兄ちゃんだけでいいんじゃない?二股はいけないよ」
「ブラコン?フタマタ?」
「私は魔王様オンリーだもの。オウノくんも悪くないけど、まだお子ちゃまだもんね。包容力と経済力を兼ね備えた、魔王様のような男じゃないと私を満足させる事は出来ないわね」
「仲良しの、ヨウさんとスギさんにはあげないの?」
「イヤ~ね。スミレちゃん」
私は鼻でフッと笑う。
「ヨウとスギは、私の子分だもの。まぁ、どうしてもって言うんなら作ってあげてもいいけど。私の本命は魔王様!私が狙うのは、魔王様の妻の座だけね!まだ子供のスミレちゃんには魔王様はアダルト過ぎるわ。優しそうなセンくんくらいがちょうどいいんじゃない?」
「スミレお子さまじゃないです。ミズキさんと二つしか、かわりません」
スミレちゃんは、可愛いほっぺを膨らませる。
「子供の二つは大人の10才以上の差があるの
よ」
「そうなんですか?」
目を丸くして驚いている。
ふふ。
ライバルは少ない方がいい。
出る釘は打っておかないと。
当面は、とかげ娘ティーナさんの動向に気を付けなければ!
ファザコンであることに全く気づいていない、ミズキお嬢様の野望は尽きない。
ミズキはお父様を待っている。
最後まで読んで頂いてありがとうございます。短編小説『魔王様が保父』から読んでいただけると更に嬉しさ倍増です。秘密ですが連載小説『ウエスリア大陸へようこそ』にも繋がっていきます。拙くてすみません。




