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あの誕生日会から1週間後、今日は手術当日。
生憎、俺は仕事で病院には駆けつけられないが、蕾の様子が気になって仕方がない。
今もパソコンで作業しながら、頭の中では、行きたくてしょうがない。
「近藤君、蕾ちゃんの事が気になるのはわかるけど、仕事はちゃんとしなよ。全然進んでないじゃない」
誕生日会に協力してくれた先輩が声を掛けてきた。
パソコンのディスプレイには、ほんの数行だけの文字列が並んでいる。
「そうそ、俺達には蕾ちゃんの手術の無事を祈るしか出来ないんだから」
もう1人の同僚が、俺の肩を掴み、そう言った。
「だけど……」
言いよどんでいると、女の同僚がデスクに置いてあるカップを持ち、珈琲を飲む。
「まあ、私達が蕾ちゃんに会ったのはあの誕生日会だけど、近藤君は前からの知り合いだもんね」
「…はい……」
確かに蕾とは案外長くいた。俺が退院してからも蕾に会うために病院に行き、蕾と話したり、遊んだりする。というのがここ数年の習慣だった。
そんな事を考えていると、携帯がなった。マナーモードにしていなくて、慌てて見ると、蕾の母親から電話が掛かってきた。
蕾に何か合ったんじゃないかと思い、場所を気にせず電話を出た。
「もしもしっ、近藤ですけど……」
告げられたのは蕾の手術が成功した、という知らせだった。
思わず涙が溢れた。その様子にぎょっとする同僚に俺は先程の有無を告げる。
すると、同僚は「上手く言っとくから、病院行きな」と言った。
「いいのか?」
「いいの、いいの!蕾ちゃん、気になるんでしょ。あぁ、それと。退院したら、美味しいケーキをご馳走するって蕾ちゃんに言っておいて」
「ああ!すまない。ありがとう!」
礼を言うと俺は急いで鞄を持つと走った。
ビルを出ると、すぐにタクシーを呼び、病院名を運転手に告げる。
タクシーの中、俺は1人蕾の手術が成功した喜びを噛み締めていた。
病院に着くと料金を払い、蕾の病室へと向かう。
はやる気持ちを抑えながら、いつものように蕾の病室を開け、「蕾!」と言った。
そこには、ベッドの上で眠る蕾がいた。
「あ、近藤さん」
蕾の両親がベッドの傍にいた。
蕾を見つめる俺の視線に気づいたのか、母親が答えた。
「まだ麻酔が切れていなくて」
「そうですか……」
蕾の顔を覗き込む。
人の心配をよそにいい夢でも見ているのか幸せそうな表情をする蕾に笑いが溢れた。
「心配かけさせんなよな、バーカ」
寝ている蕾の頬を人差し指で押す。
ぷにゅとした柔らかな頬の感触を楽しむ。蕾は唸り声をあげながらもまだ起きない。
俺は顔をあげて、母親に軽く頭を下げる。
「それでは俺はこれで……」
「あら、もう行くの?もう少しいてくれてもいいのに。蕾も喜ぶわ」
「いえ…、仕事がありますので……」
俺は蕾の両親に会釈すると、病室から出ようとした。
だけど、「蕾!」という歓喜した声が聞こえて足を止めて、反射的に振り返る。
そこには、驚愕した様子で父親がベッドに眠る蕾を見ている。
低かったから、彼の声か?
いや、そんなことよりも蕾がどうかしたのか。
俺は母親と一緒に蕾のベッドに駆け寄ると、ゆっくりと目を開ける蕾の姿がある。
俺は喜びを噛み締めながら、出来るだけ優しい声音を作り、彼女に語りかけた。
「おはよう、蕾」
まだ焦点の定まらない目で天井を見ながらもにこりと笑みを浮かべた。
今回で本当に「蕾」を完結させていただきます。ここまで読んでくれてありがとうございました。