神様の頼み
とりあえず、この猫は神なのだろう。ぼけていた輪郭も、時間が経つと治るようになっているのか、いつの間にか輪郭がはっきりとしていたが、まだ、猫は日本語を流暢にしゃべっている。
「お茶淹れます」
神のプレッシャーというか、猫と、向かい合っていることが辛かった。それをごまかすために立ち上がる。台所に行って、お茶を入れ、買ってきたショートケーキを、来客用の綺麗な飾り絵皿に載せ、客間に戻ると、猫がいなくなっていた。
「どうだ?」
代わりに、同じ所に紫色で、薔薇をあしらった十二単みたいな服を着た、切れ長の女性が、扇子で自分の顔を仰いでいた。
「あぁ、声が一緒ですね」
「驚かないのか」
驚くとかそういうのを通り越して、もはや現実味がない。
「むふー」
ケーキを出すと、その人は扇子をパシっと閉じて、顔を近づける。
「菓子だ。カステラか?」
「あぁ、はい」
もちろん、ケーキはカステラではないが、あまり逆らいたくない。神様が人型になったらか、神々しさが増している。とりあえず美形だし、肌も白い。
おもむろに神様はケーキをガシっと掴み、ケーキがぐちゃっと潰れた。
「……ん?」
神様が顔を上げてこっちを見る。カステラだと思っていたのなら、手で掴むのも、そのまま潰れてしまうのもしょうがない。とりあえず頷いてみせたが、ごまかしきれなかったのか、神様は少し顔を赤くした。そして少し迷った後、まるごと口に含んだ。
「味はいいな」
手を舐めながら、気品を感じさせる声で、神様は味の感想を言った。そのアンバランスさが、無性におかしく、しかし、笑うわけにもいかないので、足をつねって耐える。
そうしていると、神様は、咳払いを一つして、つらつらと言葉を紡ぎだした。
「我、恋愛成就、縁結びの寄りしもの。相談役の滝上に告げん。言うなれば答えよ。他言は能わず。名と血に則り、言葉を承れよ」
まだ俺が中学二年生な精神状態だった頃、父から教えられた呪文の中に、そんなものもあった気がする。
「えっと確か、、、お願いを聞いてくださいか。嫌ですね。父が帰ってくるまでお待ちください」
「急を要する」
「嫌です」