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第6話:竜の棲む森

「ルオォォオオォン!」

「この野郎っ!」


 魔力で強化された森林オオカミが、その凶暴な牙を剥き出しにして襲い掛かる。それをギロチンは、骨の拳で容赦なく迎撃する。だがオオカミは特にダメージを受けた風でもなく、猫のようなバランス感覚で空中で体勢を整えると、見事な着地を披露する。


「ギロチンさん! ど、どうし……! どどどうしよう!?」

「おおお落ち着け! れれ冷静になるんだ!」


 冷静さの欠片も無い口調で。ギロチンがカナリアを叱咤する。四匹の森林オオカミは、今のところ、牽制するように一体ずつ向かってくるから良いものの、こちらの戦闘能力を分析し終わったが最後、一斉に襲い掛かってくるだろう。


「た、倒すか逃げるかしないと!」

「それが出来りゃとっくにやってる!」


 視界の利かない森の中、魔獣化した森林オオカミ相手に後ろを向いて逃げ出すなど、それこそ自殺行為。かといってこのままではジリ貧。ギロチンの作戦が失敗した時点で完全に詰んでいた訳だが、今更そんな事を嘆いても仕方が無い。


「あああ……お父さんお母さんごめんなさい。先立つ不幸をお許し下さい……」

「諦めんなカナリア! まだだ! まだきっと何か方法があるはず!」

「何か方法……? そ、そうだ!」


 ギロチンの必死の――骨なので表情は分からないが、多分必死の表情を浮かべているであろう頭骨を見たその時、カナリアは天啓を得た。時間は無い。時を置かず、カナリアは即座に行動を開始する。


「ギロチンさん! いいアイディアがあるの! 協力して!」

「お、おう! で、何をすればいい!?」

「こうするのよっ!」


 カナリアは渾身の力を籠め、ギロチンの左腕の手首をいきなり毟り取った。ついでに服の隙間から数本のあばら骨も、木の枝でも折るみたいにべきべき引っぺがす。


「ちょおお!? カナリアお前何してんの!?」

「えいっ!」


 ギロチンの体から奪い取った骨を、カナリアは思いっきり遠くまで投げ飛ばす。森林オオカミ達はその投擲物を一瞬ちらりと見やったが、すぐに二人へ向き直る。


「駄目だわ! やっぱりあんな不味そうな骨じゃ惹かれないのかな!?」

「間抜けな野良犬でもあるまいし当たり前だろっ! つーか凄い失礼じゃねぇ!?」


 (ギロチン)で少しでも気を引こうという天啓は見事に失敗したが、それと裏腹に、森林オオカミ達のディナーの下ごしらえは順調に進んでいるようだ。こうなったら後の選択肢は二つのみ。即ち――戦って死ぬか、逃げて死ぬか。どっちにしろ死ぬ。


「仕方ねぇ、男ギロチン! 最後まで戦って死のうじゃねぇか!」

「ううぅ……おとーさん、おかーさん、おばーちゃーん」


 ギロチンがファイティングポーズを取り、カナリアは涙目で聖槌(メイス)を握る。二人とも半ば自暴自棄だ。しかし、ここで二人はある異変に気がついた。森林オオカミ達は二人の方など見ておらず、しきりにある一箇所の茂みを注視しているのだ。


「良く分かんないけど、今のうちに逃げましょうよ!」

「馬鹿! 今は下手に動くと不味い!」


 四匹の森林オオカミ、そして不死者と少女、誰も動かない奇妙な緊迫感の中、がさがさと音を立てる茂みに全神経を集中させる。そして、『それ』は姿を現した。


「ど、(ドラゴン)!?」


 カナリアは驚愕の余り目を見開く。この世界の頂点に属する種族――(ドラゴン)が目の前に現れたからだ。全身を淡く輝く白い鱗で覆い、薄闇の中でも紅く輝くその瞳、丸太のような太い四肢で大地を踏みしめ、これまた同じくらいに太く長い尾を持っている。大きさは象程もあるが、これでも相当小さい方だろう。


 突然の強者の乱入に、先程までの威勢はどこへやら、森林オオカミ達は恐れ慄く。耳を垂らし尻尾を巻き、まるで子犬のように怯えだす。


「グアアアアアアアアアアアアッ!!」


 白竜は空気をびりびりと振動させる雄叫びを上げ、巨人の鞭のような尾を振り回す。べきりと鈍い音がし、大木がマッチ棒みたいにへし折れた。その凄まじい威嚇に恐れを為した森林オオカミ達は、脱兎の如く何処かへと逃げ出す。


「ギ、ギロチンさん……」

「…………」


 後に残されたのは、白竜、カナリア、ギロチンの三者だが、ギロチンは一瞬の隙を突いて地面に転がって死んだ振り――既に死んでいるが、ともかく死んだ振りをしていた。完全に行き倒れた白骨死体にしか見えない。迫真の演技だ。


「ううぅ……来ないでよぉ……」


 役立たずの不死者を尻目に、白竜はずんずんと大地を踏みしめながら、カナリアに歩み寄ってくる。竜の中でも白竜は最強とされており、小山位の大きさになると噂されているが、目撃例が殆ど無いため『伝説の生物』と言われている。それが何故こんな場所にいるのか、疑問は尽きないが、ともかく現実は無情に進んでいく。


 オオカミが竜になっただけで、カナリアの状況が良くなったわけではない。寧ろ悪くなった。カナリアなど一口で飲み込んでしまいそうな、その大きな口をがばりと開ける白竜を見て、せめて苦しまずに食べられますように、という事を祈るしか無い。


「私、痩せっぽっちだし食べても美味しくないよ……って、あれ?」


 がたがたと震えながら死の刻を待つカナリアを、まるで迷子の子供を慰めるように、白竜が巨大な舌でべろりと舐めた。そして、まるで命令を待つ忠犬の如く、地面に伏せをする。


「え? え、え? 何? お座りなの? 何がどうなって……」


 カナリアは訳が分からず困惑した表情で、地面に伏せても、なおカナリアの背丈より高い位置にある白竜の顔を見る。ギロチンは死んだ振りを解除して立ち上がると、合点が行ったように手をぽん、と叩いた。


「ああ! こいつ白竜じゃねぇ、火炎蜥蜴(フレアリザード)だ」

「火炎蜥蜴? って、貴族が飼ったりするあの赤い奴ですか?」

「そうそう、俺は昔見たことがあんだ。色が真っ白で分かんなかったけど、間違いねぇ」


 火炎蜥蜴(フレアリザード)は竜の仲間ではあるが、白竜と比べたら全く別物だ。猫科の動物で言えば、ライオンとイエネコ位に違う。存在自体が伝説と言われている白竜と比べれば、比較的人間に馴染み深いが、それでも珍しい事に変わりは無い。極稀に、貴族が護衛代わりやペットとして飼ったりもする。


「でもこの子、色白いですよ?」

白化個体(アルビノ)って奴だな。恐らく、どこかの馬鹿な貴族が、飼いきれなくなって捨てたってとこか」

「あ、それで人間に忠実なんですね。君も寂しかったんだね、シロ」

「……シロって何だよ?」

「この子の名前、今決めました。白いから」

「安直だなおい!」


 カナリアは、甘えるように鼻面を押し付けてくる火炎蜥蜴を優しく撫でる。鱗は硬いが、すべすべしていて、良質な陶磁器を触っているような、ひんやりとした心地よさを伝えてくる。


「で、これからどうしましょう?」


 脅威も去り、疑問も解けた所で、ようやく頭がまともに働きだしたカナリアは、当初の『正体不明の異変調査』という依頼内容を思い出した。


「一応これで解決したわけですけど、この子どうしましょう?」

「うーん、ありのまま報告するしか無いんじゃねぇの?」

「……村に連れて行って騒ぎになりませんかね?」

「まぁ、なるだろうな……」


 証拠を連れて行かねば達成したことにはならない。だが、この事態をどう説明した物かと思いつつ、二人は帰路へと着いた。



◇ ◆ ◇



「ば、馬鹿な!?」

「伝説の白竜だと……! まさか、生きているうちにこの目で見られるとは!」

「しかもあんな小さな子が、たった二人っきりで竜を従えたなんて……信じられない」


 今、カナリア達の居る職業斡旋所は、人の海でごった返している。村人達は老若男女問わず、伝説の生物である白竜と、それを従えた途方も無い実力者を一目見ようと、押し合いへし合い大騒ぎだ。村で一番大規模な祭りでも、これほど人は集まらないだろう。


「あの……依頼達成したので、報酬金欲しいんですけど」

「……っ! す、すみません! 余りにも想定外で、ちょっとぼーっとしちゃって!」


 受付嬢は目を白黒させながら、慌てて報酬金の準備をする。小娘と虚弱な男二人で、オオカミ程度しか住まない森へ無謀にも突っ込んだと思ったら、数刻も経たずに白竜を連れて帰ってきたらそれは驚くだろう。ちなみに白い火炎蜥蜴――シロを見て、村人は伝説の白竜と勘違いしたようだ。


 火炎蜥蜴とて相当に珍しく、普通に生活していれば平民が見ることは殆ど無い。まして、火炎蜥蜴は赤いというイメージがあるので、白い竜=白竜というそのまんまの姿が浮かんだらしい。


「でも信じられません……まだ子供とは言え、まさか白竜を従えてしまうなんて……」

「だ、だからあれは白竜じゃ……!」

「ええ、分かっています。白竜がこんな小さな森に住んでいる事が公にされたら、この平和な村が戦火に巻き込まれるかもしれません。大丈夫です! この森に白竜は居ません! 私、この秘密は絶対にばらしませんから!」


 全く分かっていない受付嬢は、提示された金額より、遥かに多い報酬金を渡してきた。白竜などではなく、実は火炎蜥蜴です等とは、今更とても言えない雰囲気だ。最悪、村人全員に袋叩きにされてもおかしくない。冷静さを装いつつも、内心気が気ではないカナリア達は、報酬金を貰ってさっさと建物から出ようとする。


「ま、待ってくれ!」

「ん? 俺に話しかけてるのか?」


 一刻も早く虎穴を脱したいカナリアとギロチンであったが、野太い声に呼び止められた。仕方なく、声のした方を振り向くと、そこには依頼を受けた時、自分たちを馬鹿にしていた狩人達が居た。


「あ、あんた、その腕……まさか戦闘で?」

「腕? ああ、こいつのことか。これがどうした?」


 ギロチンは手首の無くなった左腕の裾を、ひらひらと男達に振る。その何でもないと言う軽薄な態度と真逆に、男達は顔を強張らせ、ごくりと唾を飲む。


「どうした……って、あんた腕無くなっちまったんだぞ!? 何でそんな平然としてられんだ!?」

「他にもアバラが何本か逝っちまったが、別に何ともねぇよ」


 ギロチンのこの言葉は強がりでもなく、本当に何でもないのだ。痛覚は無いし、不死者は時間が経ちさえすれば、欠損部分は再生する。しかし、ギロチンが不死者だと知らない男達は、そう取らなかったようだ。たかだかちっぽけな村のために、白竜という強大な存在に立ち向かい、己の体を犠牲にし、そして勝利する。そんな高潔な精神と、類稀な力を持つ者は、この国では中央都市お抱えの騎士団の、それも精鋭に匹敵する実力者のみだ。


「す、すまねえ! 俺達のあの言葉は取り消す! 頼む! 許してくれ!」

「ま、まぁきにすんなよ。おれたちはすこしてをかしただけだ。そ、そうだ。そろそろつぎのまちへいかねぇとな」

「え、ええ、そうですね。さぁギロチンさん。ようじもおわったし、はやくさきをいそぎましょう」


 ――二人とも凄まじい棒読みだ。


「あ、あの! 宴の準備もしているのに、もう行ってしまうのですか!?」


 村人達がこぞって英雄達を引き止めるが、カナリアとギロチンはそれ所では無い。一刻も早くこの場を立ち去らねば、カナリアは勿論、不死者のギロチンですら生きた心地がしない。


「申し訳ありませんが、私達は本当に大したことはしていないし、宴を開いて貰えるような立派な人間ではありません。お気持ちだけ頂いておきますね」


 カナリアは殆ど一言でそう言い終えると、ギロチンを従え、疾風の如く村を去った。まるでそんな人間など最初から居なかったように、痕跡を一つも残さずに――



 その夜、村の酒場にて。このような会話がひっきりなしに交わされる。


「俺は白竜なんて初めて見たけどよ、ありゃ凄かった! この酒場もでけえけど、その倍はあったぜ? あんなもんと対峙するなんて、聖女様か英雄じゃねえと出来ねぇよなぁ」

「いや、それ以上だぜ? あの子――カナリアとか言ったか? あれっぽっちの報酬金で文句も言わないどころか、申し訳なさそうな顔して、『私達は大したことはしてない』って宴も辞退して、まるで風の妖精みたいに去っちまった。立つ鳥後を濁さずってやつか? 聖女様だって、それなりの報酬があって奇跡を起こすんだ。あんな事は無理だぜ」

「それになんだ、あの背の高いガリガリの兄ちゃん。名前は分からないけど大したもんだ。白竜を捻じ伏せて従えちまうなんてな……付き人も超一流とは参ったぜ」


 大盛りの酒の肴と比例するように、尾びれ背びれをどんどん盛り付け、一人の聖霊協会員の少女と、それに付き従う謎の戦士に、村人達は感謝と畏敬の念を込め、夜が明けるまで語り続けた。後日、白竜の縄張りは、神聖な領域とされ立ち入り禁止区域になり、村人達は守り神の存在を多くは口にしなかった。


 けれど、人の口に戸は立てられず、風の噂で、この森は『竜の棲む森』と呼ばれるようになる。さらに時が経つと、森の入り口には、本人達より八割ほど美化された、背の高く美しい女性と、長身痩躯の美形の騎士の石像が立てられる事になるのだが、それはまた別の話――

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