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第5話:世のため、人のため、そして金のために

「くっ! まずい……まずいぞ! 人生最大のピンチだ!」

「誰のせいだと思ってんですか……」


 年季の入った石造りの建物の一室、村の職業斡旋所のロビーで、ギロチンとカナリアは二人して古ぼけた長椅子に座り、前を行き交う人々を力なく眺める。目の前には背中に物々しい剣を背負った者から、カウンターの受付らしき女性と顔見知りなのか、特に何をするでもなく喋るおばさんまで、雑多な人々が古臭い建物の中を所狭しと動き回っている。


「いや、俺のせいだけじゃねぇだろ? カナリアだってペース配分滅茶苦茶だったろうが。そりゃ俺は豪腕無双、この世に並び立つ者の無い騎士になる予定だが、生憎と金銭管理だのみみっちい事は得意じゃねぇんだ」

「だって私、旅なんかした事無いし、一度寮に戻ろうかって提案したのに、『迷わず行けよ。行けば分かるさ』なんてギロチンさんが煽るから、こんな事になっちゃったんじゃないですかー!」

「お、落ち着け! それを何とかしようと金稼ぎに来てるんだ。済んじまったことより、前向きに行こうぜ、前向きに!」


 ギロチンが無理矢理カナリアを宥めようとするが、効果は余り無い。トボーソ村に旅立つ事を決めてから一週間が経ち、カナリアの住む街と、トボーソ村の中間地点にあるこの村まで来ることが出来た。道中大きなトラブルも無かったが、ここで問題が発生した。旅の動力源、早い話が路銀が尽きたのだ。


 巡礼をする事を協会に申し出たので、聖霊協会から一応の支度金は出たが、所詮は田舎の一支部、さらにそこの一般会員のカナリアに出る額など雀の涙程。カナリアは決して金遣いが荒い人間ではないが、旅の費用――宿代、食費、物資、その他諸々の経費が想像以上であった事と、さらに自分だけではなくギロチンの分が必要なため、どうしてもここらで一仕事して、金を稼がねばならない。


 ギロチンは不死者なので、食事や睡眠を必要としない。経費削減を考慮して、初日にカナリアだけ宿に泊まってギロチンを外に放置しておいた所、


『あら奥さん見てくださいよ! あの人、まだ寒いのにあんな所で捨てられた野良犬みたいになって……』

『可哀想ねぇ……しかも奥さん、聞いたところ、あの人は聖霊協会の護衛役って話じゃないですか。それを宿も取らず食事も与えず……嫌ねぇ、世のため人のための聖霊協会なんていっても、自分だけがぬくぬくして、辛い事は他人に押し付けてるのよ』


 等と、善良な奥様方に謂れ無き中傷をされてしまい、しかもギロチンが、ここぞとばかりに膝を抱えていじけだし、たまにちらちらと窓を見上げ、全力で部屋に入りたいアピールを必死にしたので、不本意ではあるが二人分の費用を稼がねばならない。


 そんな訳で、二人はこの村の職業斡旋所――地元民の依頼を解決することで、報酬が払われる仕事を提供してくれる場所へ来ているのだ。


「でも、やっぱり私達に出来る仕事ってあんまり無いですねぇ」

「俺達は別に狩人(ハンター)って訳じゃねえからな。害獣を殺す許可が無いとそういったもんは受けられねぇし、薬草集めだの荷物の運搬だのってのは、地元の連中だけで大体何とかなっちまうみてぇだしな」

「なるべく明瞭で、危険度の少ないものがいいんだけどなぁ……」


 カナリアは受付に張り出されている依頼を見て顔を曇らせる。ギロチンの言うとおり、地域に被害をもたらす害獣駆除は、国に実力を認めらた狩人(ハンター)と呼ばれる資格が無いと受けられない。というか、そもそも村の規模自体がそれ程でも無いので、依頼の数自体が少ない。その中で身元不明の覆面男と、下っ端の聖霊協会員に受けられる依頼など、推して知るべしだ。


「やっぱり一度帰って、お金貯め直すしかないかなぁ。多分、来年の今頃にはまた巡礼に行けると思うし」

「おいおい!? そんな悠長な話してたら、お前まで骨になっちまうぞ? つーか、ここで帰ったらカナリア、お前、絶対面倒くさくなって行きたくないとか言い出すだろ」


 図星だった。


「う……ま、まぁそうかもしんないけど。でも無い物は仕方な……あれ?」


 そこでカナリアは、掲示板の端に小さく張られている紙切れに気がついた。日付からして大分前の依頼らしいが、誰も受けた形跡は無い。依頼内容は『正体不明の異変調査』とあり、いかにも怪しさ爆発だ。この手の類の代物は大体碌な物では無い。


「お、受けられる依頼があるじゃねぇか。なぁ受付の姉ちゃん。これどういう内容なんだ?」

「あ、ちょっと! ギロチンさん!?」


 ギロチンはその紙を意気揚々と引っぺがし、軽い足取りで受付へ向かう。受付嬢は怪しげな覆面男が持ってきた紙に目を通し、表情を曇らせる。


「これは……あまりお勧めできませんが」

「とにかく内容だけ聞かせてくれよ。聞いてから判断するからよ」

「は、はい。我々の村で薬草を取りに行く森があるのですが、その辺りでここ最近、森林オオカミの群れが出るようになったんです。彼らは本来人間の領域には踏み込まないのですが、何故か最近森の奥から出てくるようになって、村人が襲われる事が増えてきたんです」

「別に森林オオカミ対象に討伐って訳じゃなく、あくまで『森の調査]って事にすりゃあ、俺達も受けられるって訳か?」

「そうなりますね。彼らの縄張りを狭めるような、何か強力な他の生き物が現れたのかもしれませんが、森の奥は未踏の領域、細かいことは分からないので誰も行きたがらないんです。原因究明まで行かなくても、せめて森林オオカミを近づかないように出来ればと思ってるんですが……」

「じゃあその依頼、俺達が受けるぜ」


 何の躊躇も無くギロチンが答えた。物理的にも頭脳的にも頭がからっぽの不死者を、カナリアが止めに入ろうとするが、それよりも先に、野太い男の声が割り込む。


「おいおい兄さんよ、命が惜しかったら危うきには近寄らずってのが、生きてく上で基本だぜ? ましてそんな小さなお嬢ちゃんと、病人みたいにガリガリな兄ちゃんのコンビじゃ、森の奥どころか、入り口のネズミに食い殺されちまうよ」


 病人をとっくに通り越して死人なのだが、そんな事とは露知らず、筋骨隆々な男達がからかうような視線でギロチンとカナリアを見る。男達は狩人のようであり、背中には木製の弓や、飾りの無い実用性を重視した、無骨な大剣を背負っている。


「命が惜しけりゃ危うきに近寄らず、そりゃ結構だ。けどよ、あんたの背負っている大層な剣は、大根でも切るために持ってんのか? 強者ってのは、弱者の安全を保証することで金や名誉を貰うもんなんじゃねぇの?」

「お前さんみたいなのは、勇気があるんじゃなくて無謀って言うんだよ。体だけじゃなく、頭まで病気なのか? 馬鹿でなかったら、そういう危険度の高い依頼は、中央から来るような実力者にやらせるべきだ」

「忠告してもらって悪いが、俺達は大馬鹿でね。世のため人のために働くのが大好きなのさ」


 小声で『何より金のために』とこっそり呟いたが、それは男達には聞こえなかったようだ。このやり取りの結果、カナリアもめでたく馬鹿の仲間入りをさせられ、一番受けたくない、不明瞭・危険度特大の依頼を受ける羽目になってしまった。確かに報酬金額は破格ではあったが、狩人ですら危険と判断した依頼を、二人だけで受けるのは無謀すぎる。


 とはいえ、売り言葉に買い言葉で、一度引き受けてしまったものを引っ込めることは難しく、二人は今、鬱蒼と茂る森の中を覚束ない足取りで歩き回っている。


「ギロチンさん、やっぱやめましょうよぉ……」


 まだ日は高いが、日の光のあまり届かない薄暗い森の中、覆面と外套ですっぽりと体を隠したギロチンがずんずんと前に進み、その後ろを数歩遅れて、カナリアが涙目でおっかなびっくり付いていく。


「心配すんなカナリア、俺が何の考えも無くこんな依頼を受けたと思うか?」

「思ってるから心配してるんです!」


 カナリアが怒りを含んだ声で、前を進む覆面の男、ギロチンを糾弾するが、ギロチンは肩を竦めるだけで、その態度が余計カナリアの神経を逆撫でする。


「まぁ聞けよ、森の異変の原因究明なんぞしなくても、要は森林オオカミの連中を追っ払っちまえば金は貰えるわけだろ? なら話は簡単だ」

「どういうことです?」

「いいか、俺は不死者だぞ? 連中に限らず野生動物ってのは。人間以上に『死』の臭いに敏感で嫌うもんだ。俺だって好き好んで猛獣なんかに近づきたくねぇけど、俺が近づけば奴等は自然とここを離れる。名づけて『こちらもビビるが、あちらはもっとビビる大作戦』だ!」


 聞かなきゃよかった。カナリアは心底そう思った。ただでさえ陰鬱な森の中、頭の中にまで暗雲が立ち込めはじめるが、理屈としてはそれ程間違っていない。それに、一応こんな奴でもギロチンは不死者だ、肉体の(くさび)から解放され、魔力を動力源に身体能力を行使できる不死者は、低級といえどそこらの野獣より余程強い。森林オオカミは群れで行動するが、戦闘力を持った人間ならば、単体はそれほど恐ろしい獣ではない。不死者なら尚の事だ。


「うう、でもやっぱり不安だよぉ。だって発案者がギロチンさんなんだもん……」

「前から思ってたけど、お前、たまに物凄い失礼なこと無意識に喋るよな……っと、奴さんのお出ましだぜ」


 そう言ってギロチンが足を止めると、物陰から一匹の狼が現れた。森の闇に溶け込むるような黒褐色の体毛に覆われ、骨太でがっしりとした大型犬ほどの体躯、その鋭く大きな犬歯で噛まれたら、カナリアの華奢な体など、乾パンでも噛むように骨ごとバリバリと噛み砕いてしまうだろう。


「グルルル……」


 低い唸り声を喉から搾り出し、黒褐色の狼は二匹の獲物を見定める。恐らく目の前の奴は囮で、周りに数匹はいるであろう。その恐ろしさに、カナリアは思わずギロチンの細い腕にしがみ付くが、ギロチンは鼻歌でも歌いそうな軽快な雰囲気で、そっと覆面をずらし、その真っ白い頭骨を露わにした。


「さぁワン公共! この不死者ギロチン様に楯突く気か? さぁ、この死の体現者である俺にひれ伏し、尻尾を巻いてどこへでも行くがいい! ふはははは!」


 ギロチンは威嚇するように両手を広げ、居丈高に目の前の野獣相手に高笑いをする。見た目は馬鹿っぽいが、これで森林オオカミたちが撤退してくれれば依頼完了だ。


「……あの、ギロチンさん。何か距離縮めてきてません?」

「えっ」


 森林オオカミはギロチンの威嚇など歯牙にもかけず、馬の耳、いや狼の耳に念仏と言った感じで、一歩一歩距離を縮めてくる。しかも、周りの気配が段々と濃くなっている所から、他のオオカミたちにも徐々に囲まれているようだ。


「な、何故だ!? お前らおかしいだろ!? 俺は不死者だぞ!? お前ら死ぬの嫌だろ? 俺も別になりたくてなった訳じゃないし、お前達も別になりたくないだろ? ほら、お前はまだ若い! 死の匂いなんかに近寄らないほうがいいぞ!? なっ!」

「グルオォォッ!」

「「ひゃああ!?」」


 ギロチンの悲痛な訴えを、『やかましいわこのボケ!』と謂わんばかりに森林オオカミが威嚇で一蹴し、ギロチンと、その影に隠れていたカナリアは同時に悲鳴を上げる。


「お、おいおい? 一体どういうことだこりゃあ? こいつら自殺志願兵か何かか!?」

「ギロチンさん、あれ見て!」


 カナリアが森林オオカミの口元を指差すと、何か黒い(もや)のような物が漏れ出しているのが見て取れた、さらに、よくよく見れば、その目はまるで血のように朱色に染まっている。カナリアの記憶が確かなら、森林オオカミの目は黄色かった筈だ。


「まさか……魔獣化してる!?」

「まじゅうか?」


 カナリアが驚愕の叫びを上げるが、ギロチンはいまいち状況が良く分かっていない。その時、茂みから三匹の森林オオカミが姿を現した。これで合計四匹、どれも最初のオオカミと同じ特徴を示している。


「ど、どういことだカナリア!?」

「多分、この辺りに魔力の溜まり場か何かができちゃってて、この子達もその影響を受けちゃってるんだと思います!」

「な、成程…………全然分からん!」

「だからぁ! 『魔力を持った獣』になっちゃってるってこと! 魔獣化しちゃうと、ギロチンさんみたいに強化された状態になっちゃうんです!」


 そこでギロチンはようやく合点が行ったようだ。不死者になることで、魔力を使い高い身体能力を得たギロチンだが、相手も同条件――ではなく、こちらは魔力を持った人間の死体と小娘、あちらは魔力を持った肉食獣が四匹。圧倒的に不利だ。


「カナリア……」

「な、何ですかギロチンさん!?」

「依頼を探してた時、『人生最大のピンチだ』って言っただろ? すまん、ありゃ訂正する。今この瞬間が人生最大のピンチに記録更新だ!」

「他に何か言う事ないの!?」


 笑えるほどに慌てふためく二人の声が空しく森の奥へと響き、それを合図に、森林オオカミたちが一斉に襲い掛かった――

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