第3話:不死者の願い
「で、どうしてこんな事したんですか?」
片手に聖槌を持ったカナリアがベッドに座りながら、床下に正座をする白骨を詰問する。その構図は、まるで悪ガキを叱る教師と、打ちひしがれてしょぼくれた生徒だ。
「その、俺も悪気は無かったんだけど、でもほら、俺の見た目こんなだし、まともにお願いするより脅かした方が話が早いかなー……なんて」
自称・高位不死者スケルトン・ロード、問い詰めたら実は不死者の中でも低級の、ただのスケルトンな不死者がしどろもどろに答える。
「そりゃ確かに怖かったけど、そういうことじゃなくて! 何で私の部屋に居て、何のためにこんなことしてるかって話をしてるんです!」
聖槌をぶんっと威嚇するように突きつけると、スケルトンは両手を挙げ、首を振り振り降参のポーズを取る。
「いやいやいや! 重ねて言うが決して悪気があった訳じゃねえんだ! この部屋が一番建物の角っこにあって入りやすかっただけだし、誰かを傷つけるつもりもねぇ! 結界を抜けられたんだから、それは嬢ちゃんにも分かるだろ?」
「確かに、ここの結界は不死者の『悪意』に反応するから、それはまぁそうだけど……」
不死者は死体に魔力が宿ることで生成されるが、程度の差こそあれ、生物ならば魔力は誰もが持っている。この寮に張られている結界は、不死者そのものに反応するのではなく、不死者が生者を傷つけようとする『悪意』を阻むように出来ている。それを抜けられるのは、高位の不死者か、悪意を持たない者のみである。最も、その仕様を知っているだけで、前者も後者もカナリアは見たことが無いのだが。
「……不死者なのに、本当に悪いことしないんですか?」
「なっちまったもんはしょうがねぇだろ? 他の不死者の連中は辛気臭く恨み辛みをぶつけてるみたいだが、俺は未来を夢見る好青年だからな」
「いや、もう貴方の人生終わってますけどね」
「いーや! まだ終わってねぇ! 俺の人生はともかくとして、俺はただ単に故郷に帰りたいだけなんだよ!」
「故郷?」
「そう! でも俺、見た目こんなんだろ? 一人で旅をするには流石にちょっと大変だと思ってさ、だから協力者が必要なんだよ」
「故郷って、どこなんですか?」
「トボーソ村」
「うわっ……またえらいド田舎ですね……」
「ド田舎とか言うな! 作りたての風車小屋2つもあんだぞ!」
比較対象に風車小屋を持ってくる時点であれなのだが、それはさておきトボーソ村――確かケツァール王国の最南端にそんな村があったはずだと、カナリアは頭の中で地図を開く。
「でも、何でトボーソ村の人がこんな所で死んじゃったんですか?」
「おお、嬢ちゃんよく聞いてくれた! これには恐ろしくも深い訳があるのだ!」
スケルトンは正座の姿勢からいきなり立ち上がると、両手を一杯に広げて感極まったように喋りだした。
「俺はさ、田舎で牛だの鶏だのを飼う生活に飽き飽きして、男ならでっかい夢を叶えようと思ったわけだ。そんで、男児たるもの首都の騎士だよなって思ったのよ。で、村を捨てて出て来たんだけど、途中休憩で寄ったこの村で酒呑みすぎて、階段から足滑らせて死んじまったんだ」
「別に恐ろしくも深くも無いし、そのまま死んでた方が良かったんじゃないですか?」
「嬢ちゃん結構キツいな……で、でもそん時俺は思ったんだよ! ああ、こんな間抜けな死に方で終わっちまったら、育ててくれた両親にも申し訳無いし、まだ騎士になってねぇと。その思いが通じたのか、俺は再び現世に舞い戻ったのだ!」
そこまで無駄に張りのある大声で演説すると、スケルトンはいきなりテンションをがた落ちさせ、頭を抱えながら唸る。
「でもよ、やっぱり何にも言わずに出てきちまった両親に申し訳ないと思うんだよ。だからさ、とりあえず故郷に戻って、両親に謝りてぇんだ。そのために協力してくんねぇかな?」
「嫌です」
「早っ! いや、ちょっと待ってくれよ嬢ちゃん! 確か聖霊協会には『巡礼』って制度があるだろ? そのついでに、ちょこっとだけ俺の村に寄ってくれればいいんだ」
「巡礼ですか? よく知ってますね……」
スケルトンの言う通り、聖霊協会には『巡礼』と呼ばれる制度がある。簡単に言ってしまえば、各地に出向いて怪我の治療や問題を解決するボランティアだ。巡礼を行うほど手当てが貰えるし、中央本部への貢献度アピールも出来る。田舎になればなるほど需要は高まるが、余りにも田舎だと、苦労して働いても、その功績を宣伝する人間がそもそも居ないため、結局誰も行きたがらないのが現実だ。
「なぁ頼むよ! 『生きとし生ける者に安らぎを与える』ってのが聖霊協会のモットーなんだろ? 俺にも安らぎを与えてくれよ」
「いや、貴方死んでますし、生きとし生ける者じゃないですよね?」
「確かに俺の肉体は死んだかもしれないが、俺の魂はまだ死んではいない!」
「ちょっといい台詞っぽい事言っても、駄目なものは駄目です。それに、トボーソ村なんかに行ってもなぁ……」
「だから、なんかとか言うな! どうせ嬢ちゃんここで燻って『生きる屍』みたいに生きてくだけだろ? 俺と一緒に行けばきっと楽しいぜ?」
――その台詞がまずかった。
「……っ! 放っといてよ!」
「おわっ!?」
カナリアはいきなり立ち上がると、持っていた聖槌を横薙ぎに振りぬく。すんでの所でスケルトンは回避したが、急に暴れだしたカナリアに対し、無い目を白黒させる。
「あ、危ねぇな! 何だよいきなり!?」
「どうせ私はここで燻り続けるだけよ! そんなにここから出て行きたければ、ナナイに頼めばいいじゃない! あっちの方がずっと遠くへ行けるわよ!」
「あ! おい待てよ嬢ちゃん! どこ行くんだよ!?」
カナリアはそう叫ぶと、聖槌を投げ捨てて部屋から飛び出す。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「はぁ……はぁ……」
カナリアは膝に手を突き、肩で荒い息をする。運動は苦手ではないが、ペース配分も何も無しに寮から走り通しだったため、額には玉の汗が浮かんでいる。けれどそれでも良いと思った、汗が涙の粒を紛らわせてくれるから。
(何なのよ……! 何で私はいっつもこうなんだろう……)
悔しさと空しさで再び目尻に涙が溜まっていく。今頃ナナイは豪華な宿舎で、家族や召使と共に、中央へ向かうための護衛の用心棒でも吟味していることだろう。一方、自分は一人ぼっちで、古臭い寮でスケルトンに田舎へ行けと迫られる。この差は一体何なんだ。
「あ……まずっ!」
考えに夢中で周りを全く気にしていなかったが、気が付けば随分遠くまで来てしまった。この辺りは田舎で、比較的治安が良い方であるが今は夜更け。決して女子供が一人歩きして良い時間では無い。辺りには誰も居らず、気を抜けば、闇が牙を向いて襲い掛かってきそうな錯覚に、不意に心細さを覚える。
「帰んなきゃ……」
カナリアは肩を落としながら帰路へ着く。結局、帰る場所はあの寮しかない。スケルトンを放置してきてしまったが、寮母に頼んで祓ってもらえば、それ程苦も無く退治出来るだろう。そんな事を考えていたその時、物陰から急に何者かが飛び出し、カナリアを闇へと引きずり込んだ。
(なっ……! 何!?)
訳も分からず引っ張り込まれた路地裏には、三人の男が立っていた。二人掛でカナリアを羽交い絞めにし、声が出せないよう口元に猿轡を嵌められる。
「へへっ……悪いな嬢ちゃん」
酒臭い息と共に耳元で囁かれる、くぐもった声にカナリアは身震いする。必死になって暴れるが、男二人に拘束されていては、華奢な少女の力ではどうにもならない。
「兄貴ぃ、このガキ、一銭も持ってないみたいですぜ?」
「チッ……! ハズレか」
一人の男に背中から羽交い絞めにされ、もう一人が無遠慮にカナリアの服をまさぐるが、狙いであった金目の物を何も持っていない事に気付いて忌々しげに声を上げると、道の奥に居た、兄貴と呼ばれた大柄な男が舌打ちする。
「あれぇ? 兄貴、このチビ、聖霊協会の制服着てますぜ? さすがに天下の聖霊協会に手を出すのは不味いんじゃねぇですかい?」
カナリアを後ろから羽交い絞めにしている、もう一人のひょろひょろした男が間延びした声を出す。三人とも分厚い覆面をしているため、顔も分からず声も不明瞭だったが、兄貴と呼ばれたリーダー格の男が近寄り、へっ、とカナリアを侮蔑するようにあざ笑った。
「こいつは問題ねぇ。この街で絶対手を出しちゃならねぇ貴族の娘は、確か金髪の娘だったはずだ。こいつは多分下っ端だ。一人消えても大して問題にはならねぇだろ」
「そんじゃ、こいつは処分しちまっていいすかね? 逃がして騒がれたら面倒だ」
「ああ、構わん」
カナリアの意思など無視し、まるで野良犬か何かを処分するみたいな下卑た口調で男たち――恐らく盗賊達が勝手に話を進める。カナリアは恐怖に身を竦め、必死で抵抗するが、奇跡でも起きない限りこの状況は逃れられない。
「じゃあなお嬢ちゃん、まぁ運が無かったと思って諦めてくれや。暴れると余計苦しいぜ?」
目の前に立ち塞がる男が、月の光をぬらりと反射する、分厚いナイフを逆手に持ち、思いきり振り上げた。今のカナリアに出来る事は、ただ目をぎゅっと閉じ、襲い来る激痛を待ち構えることしか出来ない。
だが、予想に反して痛みは中々やって来ない。恐る恐る目を開くと、男達はカナリアなどまるで眼中に無く、三人ともただ一点を見つめていた。
「何だてめぇは? 見せ物じゃねぇぞ!」
リーダー格の男が、大声で恫喝した方へ目を向けると、そこには白いマントで全身をすっぽりと覆い、頭には白い筒のような物を被る、全身白ずくめの人影が立っていた。