喫茶店 (1)
雷が鳴っていた。
季節はずれの雷、でもまだ雨は降っていない。重くたれ込めた雨雲が、夕暮れの京都の街を薄暗く包んでいた。
その薄暗い街並みが、時折の雷で明るく照らし出されている。
東山の坂を少し上がった、いつもの喫茶店。
学校の帰り道、私は夏紀と一緒に紅茶を飲んでいた。
ダージリン。ミルクもレモンも入れない、もちろん砂糖もだ。
私はこの店で飲むダージリンが好きだった。
窓の外には枯葉を踏みしめて下校する生徒たちが、まばらに歩いている。
私が通っている高校、市立紫学園は、この坂をもう少し登ったところにあった。
「変な天気だね」
空を見上げて、夏紀が言った。
「ほんとにね・・・」
私は夏紀の方を見ないで答えた。目線は窓越しに見える黒塗りのベンツに向けていた。全面のガラスに黒いフィルムが張られている、どこから見ても怪しいベンツ。
「泉、あんまり気にしない方がいいんじゃないの」
遠慮がちの声で夏紀は私を気遣うように言った。
そう、ベンツに乗っている男達が私を警護・・・いや、監視しているのは私だった。
お爺様が私に付けた、黒いスーツの男達。学校の行き帰り、きっと授業中も学校の周りを回っているのだろう。もちろん外出先にも、その男達はついてきた。
「まったく、いい加減にして欲しいわ•••」
私は頭を抱えた。
訳が分からなかった。お爺様に突然呼び出されて、明日からこの男達がお前の身辺警護をするからと言われたのは、ほんの一週間前のことだった。理由は言われなかった。
「なーに、ちょっと気がかりな事があってな。気のせいだとは思うのじゃが、一応な」
お爺様はそう言って、くしゃくしゃの笑顔を私に向けたのだった。