毒婦と追放されたモテ令嬢、王宮人事で才能を見抜く
2000字程度のショートストーリーです。
社交界で最も多くの男を虜にした令嬢リリアーヌは、たった一人の友人に嫌われたせいですべてを失った。
「リリアーヌは殿方を弄ぶ毒婦よ。私の婚約者まで誘惑したの」
親友だったマリアンヌの涙ながらの訴えを、社交界は疑わなかった。
確かにリリアーヌはよくモテた。
ある男性が新しい上着を着ていれば、誰より早く似合っていると伝えた。口数の少ない男性には、彼が得意とする馬の話を尋ねた。菓子が苦手な男性には、給仕が来る前に塩味のパイを頼んだ。
「相手をよく見て、行動すること」
それは母からの教えだったのだ。それにリリアーヌは、相手が喜ぶ顔を見るのが好きだった。
けれど一部の人間は、それを媚びと呼んだ。
「女は少しくらい抜けているくらいが可愛いのよ。あなたは何もかも分かっているような顔をして、殿方の懐に入り込もうとする。恥を知りなさい!」
そう言ったマリアンヌの婚約者が、彼女の誕生日さえ覚えていないことを、リリアーヌは知っていた。
(私が見ているのは、男性に限った話じゃないわ)
特別な日を特別にしてもらうことが大好きなマリアンヌだが、もう彼にそれを教えてあげることはできない。
王都を追われたリリアーヌが領地の屋敷に閉じこもって三か月。訪ねてきたのは、王太子アルベルトだった。
「君に選んでほしい人材がいる」
「……毒婦の私に、ですか?」
「私は、君が誰を誘惑したかには興味がない。」
王宮の一室に連れ出されたリリアーヌの前に、
アルベルトが連れてきたのは、王宮に勤める三人の男性だった。
一人目は、弁舌の巧みな若い文官。
二人目は、勲章を持つ元騎士。
三人目は、青ざめた顔で何度も眼鏡を直す、小柄な会計官だった。
「君はこの3人をどう見る」
「横領が疑われる王宮会計局を調べる監査官を、この中から選べ」
「そんな重要なことを、私に?」
「肩書は忘れろ。彼らを見て進言せよ」
(いきなりやってきて、人にものを頼む態度なのかしら…殿下のご命令とあらば仕方ないけれど)
リリアーヌは三人に茶を勧め、仕事とは関係のない話をした。
若い文官は、自分の功績を語るたびにアルベルトの反応を窺った。
元騎士は立派だったが、給仕が茶をこぼしても気づかなかった。
一方、会計官は会話に加われず、しきりに室内を見回している。
「落ち着かないか?」
アルベルトが問うと、会計官は震え上がった。
「も、申し訳ございません。ただ、あちらの花瓶が昨日までと違うことと、殿下の机の帳簿が日付順に並んでいないことが気になりまして……」
文官が吹き出す。
「そんな些細なことばかり気にするから、君は出世できないんだ」
けれどリリアーヌは、会計官の袖口を見た。三色のインクが染みつき、爪は短く整えられている。卓上の焼き菓子には一つも手をつけていないが、皿の数が足りないことには最初に気づいた。
「この方です」
リリアーヌは会計官を示した。
「彼は臆病なのではありません。人が見落とす違いを、無視できないのです。自分を大きく見せることにも興味がない。隠された数字を追う仕事なら、誰より誠実にやり遂げます」
「そんな印象だけで――」
「それに、帳簿の乱れにも、唯一気づきました」
「畏れながら、殿下がわざとやったのでしょう?」
アルベルトの口元が、わずかに上がった。
「…正解だ」
三週間後、会計官は帳簿の紙質の違いから偽造を見抜き、十年続いていた横領を暴いた。
その知らせとともに、再びアルベルトが屋敷を訪れた。
「王宮に人事局を新設する。初代人事官として君を任命したい」
「ですが私は、男を惑わせるしか能のない毒婦です」
「まだ、他人の言葉を信じるのか?」
アルベルトは彼女の前に、一冊の手帳を置いた。
そこには、リリアーヌが社交界で話した人々の好みや悩み、家族の名前まで記されていた。忘れないために、毎晩書き留めていたものだ。
「君がたのは、美しいからだけではない。誰より人を見て、覚え、喜ばせるために動いたからだ」
胸の奥に押し込めていたものが、一気に熱くなった。
誰かに好かれたかったのではない。
喜んでほしかった。そのために重ねた努力を、誰か一人にでも認めてほしかった。
「……殿下は、お疲れですね」
涙をこらえながら、リリアーヌは言った。
「なぜそう思う?」
「以前お会いしたときよりクマが濃くみえます。私を試すために帳簿を乱したのに、今日は机の上が整いすぎている。眠れない夜ほど、殿下は物を几帳面に並べるのでしょう?」
アルベルトは目を見開き、やがて困ったように笑った。
王太子ではなく、一人の青年の顔だった。
「恐ろしい女だな。私が隠しているものまで見つけてしまう」
「やはり、毒婦だからでしょうか」
「いや」
アルベルトはリリアーヌの手を取り、その甲に唇を寄せた。
「これからも、私を見ていてほしい。誰より近くで」
大勢の男に愛を囁かれてきたはずなのに、その一言だけで、リリアーヌの頬は初めて真っ赤に染まった。
こうして“毒婦”は王宮へ帰還した。
人の才能を見つける人事官として。
そして、誰にも本心を見せなかった王太子が、唯一見つめ返す女性として。
〈Fin.〉
お読みいただきありがとうございます。
短いですが、好きなテーマで書きました。




